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【証拠はいらない×ホラー】いい職場なんです

事務所のドアが開いた。


「……相談、いいですか?」


男だった。二十代後半。

スーツは少しくたびれているが、整えてはいる。


「どうぞ」


椅子に座ると、男はすぐに言った。


「会社のことなんです」


「転職か?」


「……はい」


少し間があった。


「でも」


男は続ける。


「いい会社なんです」


俺はコーヒーを飲む。


「残業も少ないし、有給もちゃんと取れるし、上司も優しいし」


「それで辞めるのか」


「……分からないんです」


正直だ。


「不満はないのか」


「ないです」


「給料は?」


「普通です」


「人間関係は?」


「いいです」


沈黙。


「じゃあ何だ」


男は少し考えてから言った。


「……みんな辞めるんです」


俺は黙る。


「いい会社なのに?」


「はい」


「どのくらい」


「一年で、半分くらい入れ替わります」


沈黙。


「理由は?」


「分からないです」


「聞いたことは」


「あります」


男はうなずく。


「でも、みんな同じこと言うんです」


「何て?」


「“なんとなく合わなかった”って」


沈黙。


「他には」


「“いい会社なんだけどね”って」


俺はコーヒーを置く。


「あんたはどうなんだ」


男は少しだけ目を逸らした。


「……同じです」


「なんとなくか」


「はい」


沈黙。


しばらくして、男がぽつりと言った。


「……誰も、本音言わないんです」


俺は顔を上げた。


「怒らないし、否定もしないし、優しいんですけど」


男は言葉を探す。


「何考えてるのか、分からなくて」


沈黙。


「ミスしても“大丈夫だよ”って言われるだけで」


「うん」


「何がダメだったのか、誰も言わないんです」


「……」


「相談しても、“無理しなくていいよ”って」


「……」


「でも、何も変わらなくて」


男は少しだけ笑った。


「……優しいですよね」


俺は何も言わない。


「辞めた人も、誰も悪く言わないんです」


男は続ける。


「最後まで、“いい会社でした”って」


少し間が空く。


「……それで終わるんです」


沈黙。


「怖いか」


男は少し考えてから、うなずいた。


「……はい」


俺は言う。


「じゃあ、辞めろ」


男が顔を上げる。


「理由も分からないのに?」


「分からないからだ」


沈黙。


「人はな」


コーヒーを置く。


「“なんとなく”が一番正確なときがある」


男は黙っていた。


「今はまだ、それを感じてる」


「……」


「それがなくなる前に出た方がいい」


男の喉が鳴る。


「……分かりました」


立ち上がる。


「ありがとうございます」


帰っていった。


ドアが閉まる。



相棒が奥から顔を出す。


「今の人、何の相談?」


「会社辞めたいって」


「いい会社なんでしょ?」


「ああ」


「じゃあ何が問題なの?」


俺は少しだけ考える。


それから言った。


「問題はない」


「でも、違和感はあるみたいだな」


相棒は首をかしげる。


「そんなんで辞めていいの?」


「どうだろうな」


俺はコーヒーを飲む。


沈黙。


相棒は何も言わなかった。



ノートを開く。


来訪者記録。


名前の横に書く。


『会社 違和感 解決済』


ノートを閉じる。


「証拠はいらない」


相棒が言う。


「なんで?」


俺は、少しだけ考えた。


「……答えは、もう出てる」

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