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【証拠はいらない×ホラー】普通の人

事務所のドアが開いた。


「……相談、いいですか?」


男だった。

三十代くらい。スーツ姿。どこにでもいそうな、普通の男だった。


「どうぞ。愚痴でも人生相談でも歓迎」


男は椅子に座ると、少し黙ってから言った。


「妻が浮気したんです」


「そうか」


「許せなくて」


男は静かに話した。


「だから、妻のスマホを見ました。位置情報も見られるようにして、誰と会ってるかも調べて」


「うん」


「仕事も辞めさせました。浮気する時間がないように」


俺は黙って聞く。


「友達とも会わせてません。また変な男を紹介されるかもしれないから」


男は続ける。


「家にいれば安心なんです。私がちゃんと見ていられるから」


「なるほど」


「これって、そんなにおかしいですか?」


俺は少し考える。


それから言う。


「普通じゃない」


男は少し驚いた顔をした。


「でも、浮気したのはあいつなんです」


「そうか」


「私は悪くないですよね?」


俺はコーヒーを飲む。


「悪いかどうかは知らない」


「でも、仕方ないですよね?浮気されたら、普通そうしますよね?」


しばらく黙る。


それから言う。


「普通って何だと思う?」


男は黙る。


「ニュースに出ない人だ」


男は何も言わなかった。


「ニュースに出るようなことをしたら、普通じゃない」


「出なければ、普通だ」


男は小さく言った。


「……私は、普通ですよね」


俺は言う。


「ニュースに出てないなら、普通だろうな」


男は少し安心したようにうなずいた。


「ありがとうございました」


帰っていった。


ドアが閉まる。


奥から相棒が出てくる。


「今の人、普通?」


「普通だろ」


「奥さん閉じ込めてるみたいな話だったけど」


「ニュースには出ない」


「じゃあ普通?」


「ああ」


相棒は少し黙る。


「ねえ」


「なんだ」


「この相談所に来る人ってさ」


「うん」


「みんな普通の人だよね」


「ああ」


「怒鳴る人もいないし、殴る人もいないし、めちゃくちゃなこと言う人もいない」


「そうだな」


「みんな、ちゃんと働いてて、ちゃんと生活してて、ちゃんとした格好してて」


「そうだな」


相棒は言う。


「でも、なんか変だよね」


俺はコーヒーを飲む。


「変じゃない」


「え?」


「普通だ」


相棒は黙る。


俺は机の上のノートを開く。


来訪者記録。


ページをめくる。


恋愛相談。

離婚相談。

仕事の相談。

親の介護。

人間関係。


どこにでもある相談ばかりだった。


名前も、どこにでもありそうな名前ばかりだった。


「ニュースに出るようなやつは、ここには来ない」


相棒が言う。


「じゃあ、ここに来るのはどんな人?」


俺は答える。


「ニュースに出ないやつだ」


「……それって普通の人じゃん」


「ああ」


「でもさ」


相棒はノートを指差す。


「この人、浮気してる」


「この人、奥さん殴ってる」


「この人、会社の金使い込んでる」


「この人、ストーカーしてる」


「この人、子供捨ててる」


「この人、親を見捨てたって言ってた」


相棒は言う。


「全然普通じゃないじゃん」


俺は言う。


「でもニュースには出てない」


相棒は黙る。


俺はページをめくる。


「人はな」


少し考える。


「ニュースに出たら、悪人になる」


「出なければ、普通の人だ」


相棒が小さく言う。


「……怖いね」


俺は言う。


「人間はだいたい普通だ」


「だから怖い」


相棒は何も言わなかった。


ノートを閉じる。


表紙には、小さく書いてある。


『証拠はいらない』


外を、普通の人たちが歩いていた。

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