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【証拠はいらない×ホラー】夫を探しています

事務所のドアが開いた。


「……相談、いいですか?」


女だった。


年齢は三十前後。

落ち着いた服装で、静かな話し方をする人だった。


「どうぞ。愚痴でも人生相談でも歓迎」


女は小さく頭を下げて、椅子に座った。


「ありがとうございます」


少し間を置いてから、鞄の中から写真を取り出した。


「夫を探しているんです」


差し出されたのは、白黒写真だった。

スーツ姿の男が写っている。

古い写真だった。


「仕事に行ったきり、帰ってこなくて」


「いつから?」


「……だいぶ前です」


曖昧な言い方だった。


「警察には?」


「ええ。お願いしました。でも、見つからなくて」


写真を受け取る。


裏を見る。

名前が書いてあった。


「この人が、ご主人?」


「はい」


女は写真をじっと見ている。


「真面目な人なんです。仕事もちゃんとしてて、急にいなくなるような人じゃないんです」


「喧嘩とかは?」


「いいえ。仲は良かったと思います」


「最後に会ったのは?」


「朝、いってらっしゃいって……」


そこで女は少し黙った。


「それで、そのまま……帰ってこなくて」


俺はうなずく。


「分かった。少し調べてみる」


女はほっとしたように頭を下げた。


「ありがとうございます」



女が帰ったあと、相棒が奥から出てきた。


「相談?」


「ああ。人探し」


「また探偵みたいなことしてる」


「相談所だからな」


写真を机に置く。


相棒が覗き込む。


「……これ、古くない?」


「白黒だからな」


「名前は?」


写真の裏を見せる。


相棒はスマホを出して、少し調べていた。


そして、手が止まる。


「……あれ」


「どうした」


「この人、出てくる」


「見つかったか?」


「うん。見つかった」


スマホをこちらに向ける。


古い新聞の記事だった。


『○○会社員、交通事故で死亡』


日付を見る。


五十年前。


「……死亡?」


「うん。五十年前」


俺は写真を見る。

もう一度、記事を見る。


「同姓同名じゃなくて?」


「住所も同じ」


相棒がスクロールする。


「……奥さんの名前も出てる」


そこに書かれていた名前。


今日来た女と、同じ名前だった。


記事の端に、小さな写真が載っていた。


白黒の写真。


そこに写っている女は――


今日、ここに来た女と同じ顔だった。


若いままの顔。


俺は少し黙る。


相棒も黙る。


「……どうするの?」


「どうもしない」


「次来たら?」


「相談に来たなら、相談に乗る」


「それだけ?」


「それだけだ」



次の週。


事務所のドアが開いた。


「……相談、いいですか?」


同じ女だった。


同じ服。

同じ顔。

同じ声。


「どうぞ。愚痴でも人生相談でも歓迎」


女は座る。


「夫を探しているんです」


同じ言葉だった。


俺は言う。


「見つからないよ」


女は少し困った顔をした。


「でも、帰ってこないんです」


「帰ってこないよ」


「どうしてですか?」


俺は少し考えてから言う。


「――もう、帰れないからだ」


女は黙る。


写真を見つめる。


長い間、黙っていた。


それから、ゆっくりうなずいた。


「……そうですか」


小さく息を吐く。


「どこかで、生きてるかもしれないって、ずっと思ってました」


何も言わない。


「でも、帰れないんですね」


「ああ」


女は写真を鞄にしまう。


そして、立ち上がって頭を下げた。


「ありがとうございました」


「どういたしまして」


女は帰る。


ドアが閉まる。


相棒が奥から出てくる。


「……いいの?」


「ああ」


「本当のこと、言ったの?」


「言ってない」


「でも、帰れないって」


「同じだろ」


俺はノートを開く。


来訪者記録。


そこに書く。


『夫を探している 解決済』


相棒が覗き込む。


「解決したの?」


「本人が納得したなら、解決だ」


「……そういうもの?」


「そういうものだ」


ページを閉じる。


閉じる前に、少しだけ前のページが見えた。


同じ名前が並んでいた。


来訪者記録


昭和四十八年

昭和五十二年

昭和六十三年

平成十二年

平成二十四年

令和○年


相談内容は、全部同じ。


『夫を探している』


俺はノートを閉じた。


「証拠はいらない」


相棒が言う。


「なんで?」


コーヒーを飲む。


「――残す必要がないからだ」


事務所の外を、誰かが通り過ぎた。


ドアの前で、少しだけ足音が止まった気がした。

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