表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/37

上の人

 上の階の人は、静かな人だった。


 足音もあまりしないし、話し声も聞こえない。

 住んでいるのかどうかも、よく分からないくらいだった。


 でも、夜になると、音がした。


 水の音。


 ザーッという、何かを流しっぱなしにしているような音。


 最初は、風呂だろうと思った。

 夜に入る人もいる。


 でも、その音は毎日した。


 時間も、だいたい同じだった。


 夜中の二時。


 目が覚めると、水の音がする。


 ザーッ。


 ザーッ。


 何十分も、止まらない。


 長すぎると思った。


 風呂にしては、長い。


 シャワーというより、何かをずっと流している音だった。


 ある日、ふと気づいた。


 昼間にも、水の音がすることがある。


 夜中にも、昼にも、長い時間、水を流している。


 何をしているんだろうと思った。


 ⸻


 ある夜、いつものように水の音で目が覚めた。


 ザーッ。


 しばらく聞いていると、急に音が止まった。


 シン、と静かになる。


 そのあと。


 ゴン。


 何か重いものを置くような音がした。


 少しして、また水の音が始まった。


 ザーッ。


 そのとき、変なことを考えてしまった。


 何かを、洗っているんじゃないか。


 そう思った。


 思った瞬間、急にその音が怖くなった。


 それまで、ただの生活音だったのに。


 ⸻


 数日後、マンションの前にパトカーが止まっていた。


 近くで、事件があったらしい。


 帰宅途中の人が、行方不明になったと、噂で聞いた。


 私は、それ以上は聞かなかった。


 その夜も、水の音がしていた。


 ザーッ。


 ザーッ。


 ⸻


 ある日、昼間にマンションの階段で、上の階の人とすれ違った。


 初めて顔を見た。


 普通の人だった。


「こんにちは」


 そう言って、軽く会釈をした。


「……こんにちは」


 いい人そうだと思った。


 静かで、普通の人だった。


 ⸻


 それからも、毎日水の音がする。


 夜中の二時。


 ザーッ。


 ザーッ。


 私は、その音がすると、目が覚めるようになった。


 耳を澄まして、音を聞いてしまう。


 何をしているのか、知らない。


 ただ、水の音がするだけだ。


 証拠は、何もない。


 ただの生活音かもしれない。


 でも私は、夜中に水の音がすると、息を止めてしまう。


 上の階の人は、今日も静かだ。


 会えば、軽く会釈をする。


 普通の人に見える。


 証拠は、何もない。


 でも私は、たぶん、この音を一生忘れないと思う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ