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空白を埋めてくれる人

最近、記憶が曖昧になることが増えた。


仕事のこと。


昨日の夕飯。


誰と話したのか。


思い出そうとしても、途中で途切れる。


最初は、疲れているだけだと思った。


でも、違った。


記憶がなくなったところに、必ず――

あの人がいる。


 


最初に会ったのは、会社の帰りだった。


ベンチに座っていると、声をかけられた。


「疲れてるみたいだね」


優しい声だった。


知らない人なのに、不思議と警戒心はなかった。


「少し話す?」


そう言われて、なんとなく頷いた。


その人は、ずっと話を聞いてくれた。


仕事の愚痴。


人間関係。


子どもの頃のこと。


全部。


否定もせず、ただ「うん」と頷いてくれる。


それだけで、胸の奥が軽くなった。


 


次の日。


仕事のことで悩んでいたことを思い出そうとした。


でも、思い出せなかった。


 


あれ?


 


確か、昨日まであんなに悩んでいたのに。


 


その夜、またあの人に会った。


「少し、軽くなった?」


優しく笑う。


私は頷いた。


「うん」


「よかった」


あの人は嬉しそうだった。


 


それから何度も会った。


会うたびに、何かを話した。


何かを忘れた。


 


嫌な記憶は消えていった。


つらかったこと。


悲しかったこと。


怒り。


全部。


 


でも、ある日。


ふと気づいた。


 


母の顔が思い出せない。


 


写真を見ても、知らない人に見える。


 


怖くなって、あの人に聞いた。


「私、何か忘れてる気がする」


あの人は少し考えてから言った。


 


「うん」


 


「忘れてるよ」


 


優しい声だった。


 


「でも大丈夫」


 


「空いてるところ、埋めてあげてるから」


 


意味が分からなかった。


 


「埋める?」


 


あの人は笑った。


 


「記憶ってさ」


 


「空くと寂しいでしょ?」


 


「だから」


 


私の肩に、そっと手を置く。


 


温かい手だった。


 


「俺が入るんだよ」


 


その瞬間、気づいた。


 


最近の記憶。


思い出せる顔。


 


全部。


 


あの人しかいない。


 


優しい人だった。


 


私の空白を、


全部埋めてくれた。

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