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五月のビスコッティはとても硬い

「外回り、行ってきます!」


 あああああ、ものすごくムカつく。理不尽。


 そう思っていても表には出さずに、せめて会社から遠ざかってから吐き出すことにして。

 笑顔で会社を飛び出したら、超特急で誰もいなさそうな場所まで走っていこう。


「はあ、はあ……。ここまでくれば、会社の人は誰もいないよね」


 若干、通行人がいるけれども。誰かわからない人の視線なんて気にしない。

 たまりにたまった不快な気持ちごと、大絶叫で吐き出してやる。


「……あんのクソ上司があっ!会話にいっちいちセクハラ挟んでくんじゃねえよ!キモイ!!!!」


 湿気がまとわりつく五月の青空に向かって、お腹の底から思いっ切り叫んだ。


「ぜえ、ぜえ……」


 わたしの突然の罵倒に、たまたま居合わせただけの善良な通行人は、ものすごい顔で引いていた。でも絶対にわたしの今日あったこと、っていうか入社以来の上司の度重なるセクハラ発言を聞いたら、ものすっごく賛成してくれるはずだ。


「はあ……。ちょっとだけスッキリした」


 スッキリしたついでにお腹が鳴った。お腹の底から声を出したことで、反応してしまったらしい。

 ……お腹の音こっちのほうが、恥ずかしいな。


 少しお腹をさすりながら、外に出たついでに喫茶店を探すことにする。


 あんなクソ上司のセクハラに、今日も耐えたんだ。少しくらい休んでも、バチが当たるはずがない。




「うーん?意外とないんだなあ」


 オフィス街だからか、コンビニはあるけどカフェがない。

 緑が茂ったこの公園にも、自販機一つ見当たらないとは……。


「みんなエコだか節約だかで、水筒持参なのかなあ」


 自販機を置いても売れなくて、撤収されてしまったんだろうか。


 いつもなら、わたしも水筒を持って来ている。けれど連日のこの暑さで、すでに午前中で飲み切ってしまったのだ。


「それもこれも、あのクソ上司のせいだけど」


 思い出して、むかっ腹が立ってくる。

 今時、セクハラは言葉でだって適用されるっていうのに。


 手頃な枝を拾って、ブンブンと振りながら文句を言い続けてやる。


「入社からトップの成績がなんなの?外部で問題なかったら、クビに出来ないってわけ?だったら被害者の女性陣に、セクハラ手当を寄越せっつーんだよ」


 ああ、どんどん口が悪くなってくる。


 機嫌が悪くなると口が悪くなる癖、親には直すように言われたし、気を付けてもきたんだけれど。


 上に何度お願いしても無視される、改善する気もない上司くそったれのせいで、こっちのストレスはマックスだ。

 誰も聞いていない独り言くらい、言いたいことを言いまくりたい。


「あー、やっぱりムカつく!!」


 カンッ


「げっ!?」


 途中で拾った枝を思いっ切り投げたら、どこかのお店に当たってしまった。


「……」


 マズイ。十三時なら営業時間だろうし、まだお客さんも中にいるはずだ。


「……」


 枝はわたしが投げたものだけれど、名前がついているわけではない。

 風で飛んできたんだと思ってくれないかなとか卑怯な考えが浮かんでしまって、それじゃあ見て見ぬふりを決め込んだ、会社のお偉いさんと同じだと気が付いた。


「あんな卑怯なヤツらと一緒なんて、絶対に嫌だ。……すみません!」


 たのもーと時代劇のように勇ましく、ちょっと古めかしいこげ茶のドアを開けていった。




 チリン


 扉も古いなあと思っていたけれど、開けた時に鳴るベルもやけに古めかしい。


 チリンという音はベルのそれでも、見た目が古すぎて鐘に見える。何というか、お寺の鐘を小さくしたみたいだ。


 そんなことを考えながら入ったお店には、小さい幼女がいるだけだった。


 あれ、ここってお店じゃないのかな?


「いらっしゃいませ。まだ営業時間ですので、謝らなくってもいいですよ」

「へ?」


 いらっしゃいませと言うことは、お店で合っているみたい。

 けれどクスクスと笑う幼女は小柄なだけで、大人の女性なのだろうか。


 落ち着き払ったまま、静かにわたしをテーブルまで案内していった。


「メニューは生憎、コーヒーしかありません。しかしあなたにピッタリのデザートをお付けいたしましょう」

「あ、はい。いえ、あの、わたしが入ったのはコーヒーが飲みたいんじゃなくて」


 枝をぶつけてしまったことを謝るためだったんだけれどと続ける前に、サッサと女の人がカウンターの中に消えてしまった。


「……」


 まあ、いいか。

 ちょうど休憩をしようと考えていたんだもんね。


 帰り際のお会計の時に、ちょっと多めに支払っておこう。もちろん謝罪の言葉もきちんと伝えて。

 枝だからかすり傷もついていないとは思うけれど、わたしたちの意見を無視する上層部とは違うのだ。修繕費を払えと言われたら、……高くても払います。




「お待たせしました」

「ありがとうございます」


 座ってすぐに出た水は、すでに飲み切ってしまった。

 手持ち無沙汰にコップを振っていたら、ふわんと甘い香りと一緒に熱そうな湯気が目の前に現れた。


「……」


 コーヒーしかメニューにないって言っていた通り、目の前の黒い液体はコーヒーなんだろう。

 けれどコーヒーが飲めないことに、いまさらながら思い出してしまった。


「……」


 どうしよう。

 最初に断らなかったのに、ここで飲まないことはとても失礼だ。


 店内は冷えていることでの、ホットコーヒーなのかもしれないけれど。ミルクや砂糖が見つからないテーブルと、カップの中身を見ながら固まってしまった。


「ああ、ご安心ください」

「え?」

「そちらは、カフェインが入っていないコーヒーです。チョコレートに近い味が、コーヒーの苦手な方でも飲みやすいと評判なんですよ」

「……ありがとうございます」


 水は一気に飲んだのに、コーヒーは躊躇っているわたしに気が付いたみたい。

 カフェインが入っていないことも助かるけれど、チョコレート味のコーヒーには興味が湧いてきた。


「いただきます」

「はい、どうぞ。こちらと一緒に召し上がってください」


 コーヒーと一緒にデザートが出るという言葉通りに、茶色くて硬いパンのようなものが、カップの横に置かれていった。


「こちらはビスコッティです。硬いですから、コーヒーに浸して食べてください」

「わっ!……本当に硬い」


 ガリガリと、流行りの柔らかいスィーツとは真逆の音が口の中で響いていった。

 触感も面白いけれど、味も甘さがあんまりないところも新鮮かも。


 ちょっとほろ苦い味なのかな?

 思いっ切りググッと力を込めたら、何とか割れてくれたけれども。噛み砕くにはなかなか大変なお菓子で、次からは浸そうと思うくらいに硬いね。




「……それで、ワタシに何か謝ることがあるのでしょうか?」

「ぐっ!?」


 ゴリゴリと触感を楽しんでいるわたしに、店主の女性がポツリと呟いた。


 いきなりでむせてしまったけれど、本来の目的を忘れるところだったよ。


「ゴホッ……はい。実はむしゃくしゃしていて、最初は拾った枝を振り回していただけだったんです。でも耐え切れなくなって投げた結果、こちらのお店に当たってしまいまして……」


 こんな話を昼間から、素面シラフでするのは我ながら微妙だなあ。

 事実なところがまた悲しい。というか恥ずかしい。


「おやまあ、それはそれは」


 店主は目を見開いて、ポカンとした表情をしていた。もしかしなくとも大の大人が何をやっているんだと、心の底から呆れているのかも。


「お店に当たったことは事実です。傷んでいたら弁償をします」


 椅子から立ち上がって、精いっぱい頭を下げる。


 この仕事をしてから、何度となく下げてきた頭だけれど。今日は気持ちが違う。だってわたしは間違ってももみ消そうとする、上層部ではないのだ。


「……ふぅむ。なかなか今時、殊勝な方ですねえ」


 呆れているのかと思ったら、ふんふんと頷きながら時代錯誤のような口調で感心していた。


 失礼ながら見た目より、もっと年上の人なんだろうか。


「まあまあ、とりあえず座ってください。このコーヒーは、温かいうちに飲み切ることが一番、美味しいんですよ」


 話は飲んでからだとわたしを座らせたら、食べかけのビスコッティもずずいっと近付けていった。


「どうですか?ものはついでと申します。枝を投げてしまうほどの理不尽なお話、ワタシにしてみてはいかがでしょう?」

「えっ」


 ……枝を投げつけた原因を話せとは。


 これ以上、恥の上塗りはしたくないと首を振るわたしに、「まあまあ」となだめるように、両手を振って言った。


「枝を投げたからと店にまで入る人はまあ、なかなかおりません。それに、ここ・・に入ってきたということは、理由があるんですよ」

「え?」

「さあさあ、これも縁というではありませんか。手元にはちょうど、憂さ晴らしができる硬いものもあることですし」

「……」


 確かに、とても硬いビスコッティを割ろうと頑張った時は、ムカつく上司の顔を思い浮かべれば一発だった。


 お菓子に八つ当たりはしたくなくても、店主がそういうものとして選んだなら、叩き割る勢いで割ったほうが良いのかも。


「はあー……あんまり思い出したくも、口に出すこともムカつくことなんですよ」

「おやまあ。穏やかではなさそうですね」

「そりゃあ、もう。会社の女性たち全員が被害者ですから」

「それはそれは」


 カウンターの中に戻った店主が、お皿を拭きながら相槌を打ってくる。


 他には誰もいないことをいいことに、ぽつりぽつりと、入社から今までにあったことを話していくことにした。




「わたしの教育係の伊藤さんは、問題の上司と同期なんです。でも上司は上に取り入るのがうまくて外面が良いことから、わたしのいる課のトップなんです」


 古くから会社に貢献していることは、数字でしか上は把握していない。

 わたしたち女性陣の意見は、上とは正反対だ。


「ふん?」

「伊藤さんはとっても優しくて人当たりも良いんですけど、話し下手なんですよ」


 よくある、本番に弱い人が伊藤さんだ。


「それでわたしみたいな新人の、教育係を押し付けられたりしてるんですけどね。これで少しは評価されれば納得できるんですよ。ただ、わたしたちがいくら成績を上げても給料に響かないことと一緒で、伊藤さんの評価にも繋がらないんです」

「それはまた、実力主義の世の中と真逆ですね」

「上層部はふっるい思想に凝り固まったオッサンばかりですからね」


 フンッと鼻息も荒く言い切って、口が悪くなっていたことに慌てて口元を覆っていった。


「……すみません。汚い言葉は周りの人の気持ちもすさむから、使わないようにって言われているんですけど」


 いくらわたししかいない店内でも、言っていい言葉と悪い言葉くらいはわかっている。


 けれど謝るわたしに、店主は相変わらずニコニコしていた。


「構いませんよ。そういう言い方のほうが、本音を話しやすいのでしょう?ワタシの知り合いには、普段からもっとひどい口調で話す人がいます。お気になさらず」

「……すみません」


 店主が良くても、少しでも人を不快にする口調は改めないといけないよね。

 コクリとコーヒーを一口飲んで、気持ちを落ち着かせよう。


「……このコーヒー、ほんのり甘くて美味しいですね」

「ありがとうございます」


 豆からいているのかな?全然苦いところがなくて、熱いのに飲みやすい。


 飲みやすいところも、気持ちを落ち着かせる手助けをしているみたいだ。




 カチャリとカップを置いたことで、ビスコッティが目に入ってきた。

 叩き割ろうかと思ってしまったからか、見やった途端に上司のムカつく薄笑いが浮かんできてしまう。


 ガッと勢いよくつかんだら、真ん中から割ってやろうと手に力を込めていった。


「伊藤さんは素敵な紳士な分、上司がもう、本っ当に最悪で……」

「おや、まあ」

「女はみんなスカートを穿くべきだの、お茶は二十代が淹れるに限るだの」

「ふんふん」


 ああ、まったく。こんな言葉を毎日言う神経もどうかと思うけど。

 この言葉を録音した物的証拠を叩きつけても、「成績は良いし、外では問題だと言われたことがない。実害がないならいいのでは?」なんて……


「どーこーが実害がないって!?セクハラは立派な犯罪だろーが!実害ありまくりだっつーの!!!」


 バキィッという音とともに、ビスコッティが真っ二つに割れていった。


「ぜえ、ぜえ……」

「ふむ、お見事」


 かなり硬いビスコッティを、綺麗に真っ二つにした人はなかなかいないらしい。

 店主に拍手を送られて、ようやく意識を取り戻した。


「はっ」


 ああ、穴があったら入りたい。いや、こんなに迷惑を掛けたのなら、穴を掘ってでも入りたい。っていうか、埋まりたい。




 思いっ切り割ったビスコッティは、欠片があちこちに飛んでしまったらしい。

 そして浸して食べ切るにはコーヒーが足りないということで、淹れ直してもらうことになってしまった。


「重ね重ね、本当に申し訳ありません」

「いいえ、気にしないでください。そういうデザートですから」


 おかげでスッキリしたわたしの気持ちを理解しているのか、ふんわりと穏やかな微笑みを浮かべている店主。


 何だかもう、迷惑かけ過ぎじゃないだろうか。

 わたしには、もう少しこういう落ち着きがないとダメだね。


 淹れ直してもらったコーヒーは、やっぱりチョコレートの香りと味がして甘い。

 全部、こういうコーヒーだったら飲みやすいのにと考えながら、ビスコッティを浸して食べていくことにした。


 ジュワッと口の中にコーヒーの甘さとビスコッティの苦さが広がって、不思議な味わいだ。


「……それにしても。存在自体がセクハラな上司を処分しないなど、よほど成績が良いってことなんですね?」


 ふぅむと考え込みながら、いくら会社の利益になる人でもそんな性格じゃあ他の人が困るだろうと、首を傾げながら呟いた。


「成績はそれこそ入社以来トップですよ。それより上に取り入ることがうまくて、上司を昔から可愛がっている人が上層部に集団でいるんです。弱みを握られているわけではないようですけど、昔を知っている分、強く言えないことも原因ですね」


 この旧体制もどうにかして欲しいところだ。


「本当に、上司が伊藤さんだったら女性社員は全員喜ぶんですけどね。もちろん、男の人でも教育係の伊藤さんを慕っている人は多いんですよ」


 あちこちの部署の教育係な伊藤さんは、上司の尻拭いをしている人でもある。

 女性相手にセクハラをかます上司は、無茶振りしたり成果を横取りすることで、部下の男性陣にももれなく嫌われているのだ。


「そういうところを、上は全っ然見てくれないんですよね。むしろ伊藤さんを悪く言えないのは教育係だからで、その分、上司の悪口を言いやすいんじゃないかって勘違いをされる始末で……」

「それはまた、困った悪循環ですねえ」

「はい」


 男女関係なく人気の伊藤さんは、どちらかというと社内の同僚や部下に人気で。

 かたや、そんなわたしたちに嫌われまくっている上司は、上層部と取引先の会社に重宝されているのだ。


「ああ……。それでは余計に色眼鏡が掛かって、評価されにくいでしょうねえ」

「そもそもプレゼンが致命的に下手なんですよ、伊藤さん」


 伊藤さんから習ったわたしたちは、かなりいい成績を上げているというのに。

 当の本人がまったく出来ないことで、教育”だけ”は出来る人という評価になってしまっている。


「何とも残念な人ですねえ」

「そうなんです」


 自分を売り込むことはしない、部下の手柄を自分の物にするわけでもない。

 とことん謙虚な、謙虚すぎる伊藤さんは、仕事という面では残念な人なのだ。




「でも、みんなをまとめる力はあるんですよ。だからクソ上司……失礼しました。ソレより伊藤さんが上司だったら、会社全体も良くなるはずです」


 ビスコッティをゆっくり浸しながら話していることで、わたしの気持ちも段々、落ち着いてきた。


 理不尽だと思うことはあるけれど、納得いかないこともあるけれど。

 伊藤さんは仕事ができる人なことは知っているし、わたしたちは誰より尊敬しているところは変わっていない。


「伊藤さんが会社を辞めて新しい会社を作るってなったら、絶対に八割以上の人がついていきますよ」

「それはそれは、すごい人ですね」

「はい、伊藤さんはすごいんです」


 わたしみたいな新入社員にも懇切丁寧に、粘り強く指導をしてくれて。

 成果を上げたらお祝いしてくれて、意味不明なことでいきなり怒ることもない。


「人望は、お金では買えませんからね」


 まさに店主が言うように、伊藤さんの良いところは目に見えないだけなのだ。


「それだけに、実にもったいない」

「はい……」


 気持ちは落ち着いた代わりに、気分が落ち込んできた。


 いかん。こんなに弱気では、今日こそ怒りに任せて上司をぶん殴りそうだ。


「みんなはきっと、スッキリするでしょうね。でもそれでクビになるのは、絶対にわたしなんですよね」

「理不尽ですねえ」


 伊藤さんがいなかったら、こんな会社は絶対に辞めている。

 そう思っている人も絶対に多いはずだ。


 それでもわたしたちの生殺与奪権を持っている、上層部を敵に回すようなことはできないと諦めているのが現状だ。


「はあ……色々と吐き出せて、かなりスッキリしました。ありがとうございます」

「いえいえ。少しでも気持ちが軽くなったのなら、それで良いんですよ」


 ピカピカに磨いたグラスを掲げながら、幼女に見える店主はニコリと微笑んだ。




「あ、そうだ。お代と弁償金はおいくらですか?」


 古い建物だから、どこにわたしが傷つけたのかがわかりにくい。しかしぶつけた事実はあるんだから、しっかり弁償をしないといけない。


 立ち上がって返事を待つわたしに、店主が一本の棒切れを差し出してきた。


「あなたが放り投げた木の枝は、こちらでしょうか?」

「え!?……ええと、たぶん」


 まるで童話の『金の斧 銀の斧』みたいな問い掛けに、曖昧に頷いていく。

 確か小さい葉っぱがついていたから、この枝で間違いないはず、だと、思う。


 頷いたわたしに、やっぱりニコニコと笑顔を向けている店主が口を開いた。


「お代も弁償も、こちらの枝をくださるだけで結構ですよ」

「そういうわけいはいきません!」


 二杯もコーヒーを飲んだし、お菓子も食べたのだ。

 さすがに飲食代は支払わなければと言いながら、鞄に手を突っ込んだらスマホが振動していた。


「げぇ……、上司から電話だ」


 これが伊藤さんからだったら、こんなに顔を歪ませることもないのに。


「会社からの連絡なのでしょう?それでしたら、急ぎませんと」

「い、いえ。それと支払いをしないことは別ですよ!」


 小柄なわりに力が強い店主に、グイグイと出口まで押し出されてしまった。


「電話が終わったら必ず戻ってきます!」

「それは無理ですねえ」

「え?」


 チリンと来た時と同じく小さなベルが鳴って、扉が開いていく。


 振り返りながら上司との通話が終わったら支払うと言うわたしに、やんわり首を横に振って言った。


「ワタシのお店は悩みがある人しか辿り着けない、特殊な場所なんですよ」

「え?」

「本日はご来店、誠にありがとうございました」


 優雅にお辞儀をした店主に追い出されるような形で、わたしは大絶叫をした公園の中に戻っていた。




「へ?」


 手元には、さっきまで振り回していた枝がない。


「投げたっけ?細かったから、折れて捨てたんだっけ?」


 まあいっかと手を振ったら、鞄の中からヴーヴーとスマホが揺れていた。


「誰だろう……あ、上司・・だ」


 画面の名前を見て、すぐさま通話をオンにする。


「もしもし、伊藤さん・・・・?……はい、今は外にいます」


 何に対してかは覚えていないけれど、ムカつくことがあって外に出たわたしの、気持ちが落ち着く頃にこうして連絡をしてくれる。


 伊藤さんが教育係で、わたしのいる課の上司で本当に良かった。


「はい、今から戻ります。すみません、ありがとうございます」


 まだ仕事は残っているとたしなめつつも、「ゆっくり帰ってきなさい」とか。


「あー、伊藤さんが上司で良かったあ」


 大きく伸びをしたら、急いで会社に戻ろうっと。




 ……チリン


 本日のお客様を見送ったら、『CLOSE』の札にくるりと変えて鍵を閉める。


「やれやれ。本日のお客様も、なかなか愉快な人でしたねえ」


 散らかったビスコッティの欠片を綺麗に掃除しながら、カップとお皿を片付けていく。


「現代社会の典型的な悩みですね、あれは」


 ふむ、と一つ頷いたら、本日のお代の小枝をビンの中へ入れていく。


 大きさは、このビンには関係ない。

 カランという音とともに、小枝がすぐに角砂糖に変わっていった。


「うーん。一つは一つ、というところがまた、なんともはや……」


 大きいものは三つくらいになっても、バチは当たらないというのに。”お代一つで角砂糖は一つ”と決まっている通りに、ビンの中の角砂糖が一つ増えただけだった。


「仕方がありません。地味にコツコツ、頑張りましょうか」


 コキッと首を鳴らしたら、本日の営業を終わらせようと思います。


「またのご来店、お待ちしております」


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