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2曲目2

「好きなミュージシャンはボク自身」


 アオ先輩の話を聴いていて、僕はとある可能性について考えている。

 今日聴かせてもらった、アオ先輩が作詞作曲したという歌。

 感じがすごく似てるんだよ。


「スリーサイズは上から――」

「待て待て待て!」


 イナズマちゃん先輩がアオ先輩の口を塞ぐ。


「もがっ、何で止めるの?」

「てめーが言ったら、俺様たちまで言わなきゃならない流れになるだろーが!」

「恥ずかしがり屋だねぇイナズマちゃんは。性格はおっさんなのに中身は乙女」

「てめーはデリカシーがなさすぎるンだよ!」

「ア、アノゥ……」

「どうしたのかな、モヤシちゃん? やっぱりボクのスリーサイズが気になるのかい?」

「アッアッアッ、ソウデハナクテ」

「違うのかい。悲しくってお姉さん泣いちゃう」


 と言って、手指で涙を作ってみせるアオ先輩。

 顔は真顔のままなのに。


「……エッアッ、ヤッパリ気ニナリマス」

「おい、モヤシ」


 イナズマちゃん先輩が僕の首に腕を絡ませてきた。


「ヒッ!?」


 いい匂いする!

 アルコールの臭いも混ざっていて、何だかクラクラしてくる。


「コイツの発言は九割テキトーだから、真に受けなくていいぜ。ほら、言いたいことがあるなら言ってみな」

「アッソノゥ……アオ先輩って、もしかして『青子緑子』様ですか!?」

「様ぁ!?」


 と驚くイナズマちゃん先輩。


「モヤシ、お前『青子緑子』のこと知ってンのかよ」

「そりゃもう!」


 青子緑子といえば、YouTubeや各種動画サイトでその名を轟かせている超・超・超大物ボカロP!

 ボカロPとは、『初音ミク』を始めとするボーカロイドのための曲を作り、『歌わせてみた』動画をUPする人たちのことだ。

 歌う機能を持たないはずのボイスロイドに歌わせる猛者なんかもいる。

 AIきりたんが流行して以降は、むしろボイスロイドの方が主流まである。


「知ってるも何も、超・超・超有名人じゃないですか! YouTube(つべ)やニコ動で万バズしてる常連様! 僕、大ファンで。全曲、暗記するまで聴き込んでます! 曲調が似てるから『まさか』と思ってましたけど、ご本人様だったとは! っていうか、今日聴いたのって新曲ってこと!? ファァアアアアアア!?」


 僕はもう、天にも昇る心地だ。

 雲の上の人、敬愛して止まない大スターに声を掛けてもらえたなんて。

 一緒にバンドができるなんて!


「何。その、ちいかわみたいな声」


 青子緑子ご本人様が妖しく微笑む。


「作詞の青子、作曲の緑子って言ってましたけど、本当はお一人だったんですね!」

「ヒミツにしておいてね」

「もちろんです!」


 伝説のボカロPとヒミツを共有!

 うわあああ、何だコレ何だコレ!

 控えめに言って最高なんですけど!?


「をいをいをい、モヤシが少年みたいな目をしはじめちまったじゃねぇか」

「アッスミマセン! 自己紹介の途中だったのに……」

「いいってことよ!」


 イナズマちゃん先輩が、その薄っすらとした胸をどんっと叩いて、


「俺様の名は、天晴(あっぱれ)イナズマ! 母ちゃんからは『女の子らしくない』って言われてるけど、俺ぁオヤジが付けてくれたイナズマって名前が気に入ってンだ。好きなミュージシャンはモンパチ、ハイローズ、ウルフルズ。素晴らしき90年代~2000年代Jロック」

「はえ~」


 と言いながら、僕は何のことだかよく分からない。

 バンド名だけは、何となく聞いたことがあるような、ないような……?

 失礼な話かもしれないけど、僕はリアル方面のミュージシャンにはまったく興味がない。

 聴くのは、それこそ『青子緑子』のようなネット配信のボカロ・ボイロ曲や、その『歌ってみた』がメイン。


「ふっる!」


 とアオ先輩が笑う。先輩が口開けて笑ってるの初めて見たな。


「さすがはお父さん譲りの、いにしえのバンドマン! 平成か」

「一部、昭和も混じっとるで~」とシロ先輩。


 なるほど、イナズマちゃん先輩はお父さんっ子なんだな?

 こんなにも可愛らしい娘さんが夢中になって話に付き合ってくれるんだとしたら、さぞかしお父さん冥利に尽きるだろう。

 イナズマちゃん先輩は全体的に小さくて、なのに身振り手振りが大げさで、何というか小動物が全力で生きている感がある。

 先輩だけど、年下を見ているような、守ってあげたくなるような気持ちになるんだ。


「あぁん!? なぁにが古いだ! 一周回って新しいだルルォ!?」

「一周じゃ済まないって」


 アオ先輩が指を折りながら、


「90年代、2000年代、2010年代、2020年代。ほら、四周回ってる」

「イナズマちゃんは、お父さんからベースと音楽魂を受け継いだからなぁ~」

「ということは、そのベース」

「おう! オヤジのをパク――借りてるんだぜ!」


 今、パクったって言いかけなかった!?


「最後はウチやね~。ウチは白玉シロ。気軽にシロちゃんって呼んでもろて」

「「シラコ」」

「……よっぽど死にたいみたいやなぁ?」

「「ひえっ!?」」

「モヤシちゃんはこんな悪い子になったらあかんで~」

「アッハイ」


 僕はシロ先輩に頭を撫でられる。


「ウチの好きなミュージシャンは、ショパンやな~」

「ショパン」


 これはさすがに、僕でも知っている。

 超有名なピアニスト、作曲家だ。

 確か、数百年前か百数十年前に、オーストリアだったかポーランドだったかで生まれた人。


「ショパンはな、めぇっちゃ性格悪いねん。ほら、ウチって体とか手ぇとかでかいやろ?」


 でかい。

 一八〇センチ以上はあると思う。

 ついでに言うと、胸もでかい。


「あ。モヤシちゃん今、エッチなこと考えたでしょ」


 アオ先輩がにやりと笑う。


「か、カンガエテマセン!」

「イケナイんだぁ」

「ショパンはな」


 酔ってるのか、いつもこんな感じなのか、シロ先輩が構わず話し続ける。


「一オクターブ越えを要求する曲ばっか書いてんねん。幻想即興曲、別れの曲……」


 シロ先輩がぱっと両手を開いてみせる。

 うん、でかい。

『一オクターブ』というのは確か、下の『ド』から上の『ド』までのことだったっけ。

 二つの『ド』を同時に弾くには、相応の大きさの手が必要になる。

 例えばイナズマちゃん先輩みたいに小さな手だと届かないだろうと思う。

 っていうかイナズマちゃん先輩の手、ちっちゃ!

 小学生か!


「んあ? なぁにを人の手ぇジロジロ見てやがる?」

「ヒエッ、見テマセン!」

「ベースはな、ピアノやギターほど手の大きさがクリティカルじゃねぇンだよ。そりゃあもう一周り、二周り小さなベースの方が俺様にゃ合ってるのかもしれねぇけど、買う金ねーしよ」

「バイトすればいいのにね」とアオ先輩。

「オヤジと母ちゃんから禁止されてンだよ」

「イナズマちゃんとこは過保護やからなぁ~。何の話やったっけ。そう、ショパンや。ショパンは自分の手がでかいんが自慢やったんか、やたらとオクターブ越えの曲ばっか書いたもんやから、世の中のピアニスト――特に女性ピアニストからめぇっちゃ嫌われてんねん」

「そうなんですか?」

「そう。ガチでピアニスト目指す女性って」


 シロ先輩が僕の手を掴む。

 もう片方の手をハサミに見立てて、


「この、指の間の水かきの名残りを手術で切断してまで指伸ばすんやで~?」

「「「……ヒッ」」」

「ボク、ボーカルで良かった……」

「俺もベースで良かったぜ」

「僕もです。ドラムは指の長さとかぜんぜん関係ないですから」

「ん、そうなのか?」とイナズマちゃん先輩。

「アッハイ。それに、実を言うと腕力も要りません」

「「えっ!?」」


 イナズマちゃん先輩とシロ先輩が驚く。

 一方のアオ先輩は静かに微笑んでいる。

 どうやら彼女はドラムの演奏スキルも高いっぽい。


「ドラムは重力と遠心力とリムで叩くので。というか、下手に力むとリズムがズレます」

「その点」とアオ先輩。「キミのドラムは本当に素晴らしいよ、モヤシちゃん。是非とも細マッチョなままのキミでいてほしい」

「じゃあ、ドラマーがみんなムキムキなのは何でなンだ?」

「あー、あれはポーズです」

「「えっ!?」」

「だってほら、筋肉質なほうがカッコイイし、いかにも大きな音出せそうじゃないですか」

「「た、確かに……」」


 そう。

 ドラマーは、筋肉ムキムキなほうがカッコイイ。

 そして、前のバンドのバンマス・夏野太陽もまた、そういう世間一般のドラマー像を僕に求めてくる奴だった。


「キミは」


 アオ先輩が僕の腹筋を撫でさする。


「そのままでいいんだ。今日の演奏も本当に素晴らしかった。リズムキープ力も本当に素晴らしかったけど、それ以外もまた、素晴らしい。例えばスネアドラムだ」


『スネア』とは、いわゆる小太鼓のこと。

 8ビートの『ツ・ツ・チャ・ツ・ツ・ツ・チャ・ツ』の『チャ』に当たる、ドラムスの根幹を成す最重要の太鼓だ。

 ちなみに、本来は『ポーン』という音しか出ないはずのスネアが『チャッ』『ジャッ』『ダッ』という音になるのは、スネアの裏面に『スナッピー』と呼ばれる金属製の網が張られているからだ。


「AメロBメロと、スネアの音量がそれほど必要ない場面ではノーマルショットで控えめに叩きつつ、サビに入った途端、鮮烈なオープンリムショット! カーンッ、というあの音は最っ高に胸に響いたよ!」


 胸を撫でさするアオ先輩。

 お酒も入っていて、何というかものすごくエロい……って、ダメだダメだダメだ。

 アオ先輩は敬愛する青子緑子先生なんだ。

 性的な目で見るべからず!


「それも百発百中だってんだから恐れ入るよ。リズムといいショットの角度といい、本当に、機械のように精密な手足だ」


『リム』というのはスネアドラムの革を抑えている枠部分のこと。

 そして『リムショット』とは、革の中心をスティックの先端で叩くのと同時にスティックの中ごろでリムを叩くこと。

 つまり一本のスティックによる一振りで、異なる二ヵ所を同時に叩くというそれなりの高等テクニック。

 僕もドラムを始めてからの数年はなかなか安定しなかったけど、ここ最近は百発百中で出せるようになった。


「それにしても」


 アオ先輩が僕にもたれかかってきて、


「ものすごく早い貧乏ゆすりだね」


 言われて気付いたけど、テンパった僕は、いつの間にか貧乏ゆすりをしてしまっていた。


「あっ、すみません――」


 慌てて止める。

 この癖は、前のバンドで夏野にさんざん『キモい』『ウザい』『止めろ』と言われてきたんだ。


「え、なんで止めちゃうの?」

「なんでって……キモいでしょう?」

「キモくないよ。可愛いよ」


 アオ先輩が僕の太ももを撫でさする。


「良い脚だ。それに、なんて柔らかな足首。優れたドラマーは、ハイハットを踏んだ左足をゆすることでリズムをキープする。ゴッド先輩も貧乏ゆすりが早かった。けどキミはゴッド先輩以上だ。いったい、何bpmの曲まで叩けるのかな?」

「今日の曲は216bpmでしたね」

「「「えっ!?」」」


 仰天する三人の先輩方。


「キミ、メトロノーム使ってなかったよね? どうして216bpmだと分かったんだい?」

「え、聴いたらだいたい分かるものじゃないですか? リズムキープこそがドラムの最大の仕事なんですから。でも」


 僕はうつむく。


「僕にはそれしかできなくて。……夏野からは『寒い』『独創性のない』『奴隷みたいな』ドラムだって言われ続けてきて」

「「「…………」」」


 ヤバい。

 空気を暗くしてしまった!


「っていうかアオ先輩、ドラムにお詳しいんですね!」


 僕は慌てて話題を変える。


「あはは。そりゃあ、作曲家だからね」


 アオ先輩も話題転換に乗ってくれる。

 アオ先輩が僕の手を取る。

 そのままアオ先輩の胸に押し当てて、


「キミが望むなら、各種楽器や作詞作曲回りのことも教えてあげるよ。もちろん、それ以上のことも」

「アオ! こらこらこら」


 シロ先輩が、僕からアオ先輩を引き剥がす。


「冗談だよ」


 真顔で笑うアオ先輩。


「そもそもボクは、バンド内恋愛を禁止しているからね」

「エッアッソッ」


 アオ先輩の胸の柔らかさが忘れられない僕はキョドり気味に、


「ソウナンデスネ。っていうかガールズバンドだったのに恋愛禁止?」

「あるらしいよ。百合営業してたらガチ恋しちゃう系」

「へ、へぇ」


 でも確かに、シロ先輩とイナズマちゃん先輩の間には、百合の覇道を感じる。


「何の話だったっけ。あぁそう、シロが水かき切断する話だったね」

「ウチは切らへんって。ピアニスト目指しとるわけでもないし。ピアノも別に好きやないし」

「えっそうなんですか?」

「家業がなぁ」

「この子、ピアノメーカーの娘なんだよ。超お金持ち」

「傾きかけやけどな~」

「でもレクサス持ってるじゃない。成人と同時に親に買ってもらったって」

「あれは税金対策やで~」


 いつの間にか自己紹介が終わり、話題がクルクル回転し始める。

 三人ともよく飲む。

 アオ先輩は飲めば飲むほどスキンシップが過激になってくる。

 今もしな垂れかかってきている。


「飲め飲めぇ!」


 騒がしいのはイナズマちゃん先輩だ。


「俺のウーロン茶が飲めねぇのか!?」

「と、トイレ」


 たまらず僕は避難する。ふー、やっぱり陽キャなノリは体力を消耗する。

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