2曲目3
「さて」
イナズマが酔っぱらいながらも理性を残した目で、
「やったなアオ。あのモヤシ、お前にぞっこんラブだぜ」
「ぞっこんラブて。平成か」
「昭和やろ~」
「あいつはお前に惚れてるね。少なくとも『青子緑子』には惚れてる。それに、声にも」
「そうかな」
「気付いてねぇのか? あいつ、お前が喋るとうっとりしてるぜ」
「それは嬉しいね。色仕掛けでバンドに縛りつけるのもアリかな?」
「そっ、それはぜぇったい止めといたほうがええって~。そんなことしたら、赤ちゃんが真っ赤っかになってまう」
「私が、何?」
「「「げっ」」」
♪ ♪ ♪
「おまっ、何なンだその格好!? イメチェンか!?」
「地雷系やんか~」
「しーっ、しーーーーっ! やっちゃんが来ちゃうでしょ!」
「似合ってるよ、赤ちゃん」
トイレから戻ると、何だか空気が変わっていた。
というか、人が増えていた。
ゴスゴスロリロリ、いわゆる『地雷系』ファッションに身を包んだ超絶美少女が、僕を見つめながら目を見開いている。
リストカットの傷でも隠しているのか、少女は両の手首に包帯を巻いている。
少女が座る席の横には、ギターケース。
つまりこの人が、ギターパートの『赤ちゃん』先輩なのだろうか。
ツインテールの黒髪、マスカラモリモリの目、泣きはらしたあとのような涙袋の赤いシャドウ。
いや、泣いてる。
実際に、目に涙を溜めている!
赤ちゃん先輩がガタッと席を立って、
「会いたかったぁ~~~~! 会いたかったよ、やっちゃん!」
僕の胸に飛び込んできた!
……ど、どどどどどういうこと!?
「ドチラサマデ!?」
こんな美人の知り合いなんていない。
いたら、モテたくて必死に夏野のバンドにしがみついたりなんてしなかった。
「元カノのくれなゐです!」
「元カノ!?」
確かに、小学生時代の僕には彼女がいたと記憶している。
でもこんな感じの子だったっけ?
なにしろ十年近く昔のことで、記憶が曖昧だ。
「ひ、人違いでは……?」
「そんな、将来を誓い合ったのに……うううう!」
手首の包帯をぎゅっと握るくれなゐ先輩。
「あーあーあー!」
シロ先輩がくれなゐ先輩を抱きしめて、
「ほら、飲もう! な!?」
♪ ♪ ♪
くれなゐ先輩は早々に酔いつぶれてしまった。
「んーとまぁ、変な子だけど悪い子じゃないんだ。この子は灯くれなゐ。ウチのギター兼サブドラマー」
「エッ、ドラマー!?」
「あくまでサブだけどね。ギターはバツグンに上手いけど、ドラムの腕はキミほどじゃない。さて、これからの話をしよう。ボクらの最終目標は世界征服」
「えっ!?」
「モヤシ、コイツの話は半分だけ聞いておいたらいいぜ」
さっきも言われたな、それ。
「何さ。夢は大きく持たなきゃ」
「でも、青子緑子の力があれば、あながち妄想とも言いきれへんのよなぁ。ニコ動とYouTubeの常連ランカーさん」
「当座のマイルストーンは、十一月の学祭ライブで大成功することだよ」
運ばれてきたホッケの目玉を箸で突き刺すアオ先輩。
それはマイルストーンではなく目玉です。
「そのための小マイルストーンが、夏ライブへの出場。露出の多いバンドの方が、学祭も盛り上がるからね」
「じゃあ今から練習して、夏ライブに出るってことですか?」
「簡単に出られると思うかい?」
「エッドウイウ」
「単純な話さ。バンド数がものすごいことになっているから、オーディションで出演枠を奪い合うことになるんだ。我らが軽音学部に存在するバンド数は、百を超える」
「ひゃくぅ!?」
「二回生以上はほぼ全員、自分のバンドを持ってるからね」
「えっじゃあイナズマちゃん先輩とシロ先輩も?」
「俺様のバンドは『あっぱれ800』! モンパチのコピーバンドだな」
「ウチはオシャレ系ジャズロックのコピバン『白玉ぜんざい』のバンマスをしとるで~。椎名林檎とかEGO-WRAPPIN’とか」
「モヤシちゃんも」とアオ先輩。「二回生に上がったら、自分のバンドを持つといいよ」
「一回生は持たないんですか?」
「持つ子もいるけど、ライブ出場を狙うガチ勢は持たないかな。学年ごとの出場枠なんて存在しないバトルロイヤルな世界だから、一回生が中心のバンドがオーディションに受かる例は稀なんだ。だから皆、二回生、三回生が主催するバンドに拾い上げてもらうのを期待してる」
「えっでも『キング・ホワイト・ストーンズ』は去年からやってたんですよね?」
「ボクは天才だからね」
無言で頷くイナズマちゃん先輩とシロ先輩。
「一回生にして夏ライブに出場できた、唯一のバンドさ。でも、そのボクをもってしても、学祭ライブには出られなかった。厳しい戦いになる。期待してるよ、モヤシちゃん」
これは、責任重大だ。
「わ、分かりました!」
「まとめようか」
アオ先輩がノートPCを取り出した。
イナズマちゃん先輩とシロ先輩が、慣れた様子で皿を端に寄せる。
アオ先輩が開いたのはExcelの新しいファイル。
真っ白なシートの中に、先輩が歴戦のピアニストのような指さばきで入力していく。
ブラインドタッチなのはもちろん、『怒涛』という言葉がぴったり当てはまるような勢いだ。
ものの数分で、長大なスケジュール表が出来上がってしまった。
「これはWBS――ワーク・ブレイクダウン・ストラクチャといってね。縦軸にToDoと課題を洗い出し、横軸をガントチャート――スケジュールにしたものだよ。チームで仕事を分担するときに便利なのさ」
大目標:学祭中庭ライブ出場(十一月五日)
中目標:夏ライブ出場(八月一日)
小目標:夏ライブオーディション合格
・オーデ動画撮影・提出(担当:全員、期日:六月三十日)
・新曲作成(担当:アオ、期日:五月中旬)
・モヤシちゃんの最高bpm確認(担当:アオ、モヤシ、期日:ASAP)
・作詞作曲(担当:アオ、期日:四月下旬)
・各パート編曲(担当:全員、期日:五月上旬)
・譜面起こし(担当:アオ、期日:五月中旬)
・新曲練習
・各自練習(担当:全員、期日:五月下旬)
・全体練習(担当:全員、期日:六月中旬)
・衣装準備(担当:シロ、期日:六月下旬)
・…………
僕は感動する。
やるべきこと、やるべき人、達成すべき時期が一目瞭然だ。
『何を達成するためには何と何をする必要があって、それを達成するためにはさらに何と何を――』
というふうに、大きなタスクが小さなタスクに細分化されて、それぞれの担当と期日も明記されている。
「すごいすごいすごい! すごくバンマスっぽいです!」
「あはは。こう見えてもバンマスだからね」
夏野の場合は、こうじゃなかった。
『熱くいこうぜ!』とか『気合だ気合!』みたいな威勢の良いことばかり言って、具体的な指示なんて出てきた試しがなかった。
しかも、夏野がその場のノリと思いつきで抽象的かつ意味不明な指示を出すものだから、バンドはいつも迷走していた。
苦労人の駿河くんが、胃を痛めていたっけ。
それにしても、こうして見てみると、やることがたくさんあるな。
今日は四月四日。
六月末なんてまだまだ先だと思っていたけど、こうやって線を引いてみると、意外なほどタイトなスケジュールであることが分かる。
新曲完成から各自練習に半ヶ月。
全体練習に一ヶ月弱を掛けたら、もうオーディション動画提出期限の二週間前になる。
アオ先輩なんてメチャクチャ大変で、今日から三週間以内に新曲を書き上げなきゃならない。
「ん? この、僕の最高bpm確認って何ですか?」
「言葉のとおり、モヤシちゃんが最速で何bpmを叩けるかの確認だよ。それによって作れる曲の幅が変わるだろう?」
そりゃそうだ。
「で、実際のところ、どうなんだい?」
「ご、ごめんなさい。そこまで厳密に調べたことがなくて。でも、この前バズってた新曲『青と緑のハザマで』は叩けましたよ。あの曲は確か――」
「「184bpm」」
アオ先輩と僕の声が重なった。
思い返せば、今日の課題曲は『青と緑のハザマで』のリミックス版だったんだ。
道理で、聴き覚えがあるはずだよ。
「さすがだ。これも、聴いただけで分かったのかい?」
「え? はい」
ドラムスなら、聴けば分かると思うけど。
「すごいねぇ! 今日のドラムパートリーダー氏とサブリーダー氏も白目を剥いていたけれど、今の話を聞いたら、世の中のドラマーはみんな卒倒したくなるだろうね」
「え、んんん……?」
イナズマちゃん先輩とシロ先輩も、うんうんと頷いている。
僕、何か変なこと言ったかな?
「こっちの話さ。他に疑問点はあるかい?」
「あ、じゃあ。学園祭って確か中庭以外でも演奏があるって話だったと思うんですけど、どうして中庭限定なんですか?」
「少年、キミは■■大学の学祭に参加したことはないのかい?」
「ごめんなさい、ないです」
「謝る必要はないさ。ここの学祭は毎年、大トリにプロミュージシャンを呼ぶんだけど、それを目当てに、それはもうたくさんの人が集まるんだ。通常、学生のライブなんて集客力はたかが知れてる。座席を十数席用意したとして、埋まらない日の方が多いくらいさ」
それは、知っている。
プロでもない僕らの演奏のためにチケットを買ってくれるような殊勝な人なんて、身内以外にはいない。
たとえ無料で演奏したって、忙しい中でわざわざ足を止めて、椅子に座って演奏を聴いてくれるような人なんて滅多にいない。
ライブというヤツは、赤字でやるのが大前提。
高いライブハウスを借りて、家族や友人にチケットを売りさばき、それでも足らないから自爆営業して、それでもなおお金が足りないから、『対バン』という形で複数バンドでお金を出し合って共演するものなんだ。
学生バンドが身内以外に曲を聴いてもらえる機会というのは本当に、本当に少ない。
皆無と言ってもいい。
「だけど、学祭中庭ライブは違う! キミも既に何度か歩いただろう? あの、芝生が敷き詰められた広大な中庭を! 学祭中庭ライブ当日は、あそこに隙間もないほど人が集まるんだ。数百人? いや、もっとかな? それだけの人数に生演奏を聴かせられる機会というのは、大人気プロミュージシャンにでもならない限り、二度と訪れないだろうね」
「おおおおお!」
理解した。そして了解した。
目標は、十一月の学祭中庭ライブだ!
「だから、ね」
アオ先輩が僕の手をぎゅっと握る。
「キミの力が必要なんだよ、モヤシちゃん。ボクの、ハイテンポでルーディメンツマシマシでドラマー泣かせと言われるビートを難なく叩ききったキミの力が。1bpmのズレすら生まずに叩ききった、メトロノームも裸足で逃げ出すほどのリズムキープ力が! キミを手に入れるためなら、ボクは何だってするよ」
そう言ってまた、アオ先輩が僕の手を胸元に引き寄せようとする。
「あわ、あわわわわ」
アオ先輩のバストの柔らかさを思い出した僕は、気を紛らわせようと、そばにあるコップをあおった。
「うっ!? コレ、中身――」
途端、目が回った。
そこから先の記憶はない。




