1曲目5
薄暗い廊下を抜けると、半分屋上みたいになったスペースに出た。
そのスペースの上にどどんと乗っかっているのが、
「防音室?」
「そ。我らが軽音学部の部室。とは言ってもボクらは人数がめちゃくちゃ多いから、部活棟三階の廊下は全部ボクらの部室みたいになっちゃってるけど。ほら、入って」
「アッハイ。失礼しまぁす……」
二重になった防音扉を開こうとすると、
「ぐすっ……ぐすっ……」
中から泣きはらした様子の女子が出てきた!
「アッスイマセン」
僕が慌てて飛びのくと、女子はそそくさと去っていく。
「今の何デスカ」
「あー。落ちた子だろうねぇ」
アオ先輩がさらりと言う。
「えっ、落ちることあるんですか!?」
「そりゃ入部テストだからね。けどモヤシちゃんなら大丈夫」
何を根拠にそんな……。
僕が震えながらドアを開くと、ちょうど次の入部希望者がハイハットを鳴らしはじめたところだった。
部室の中は、広い。
普通、音楽スタジオだと六畳くらいの広さしかないのに、この部屋はその三倍はある。
けど、それほどの広さを持つはずの部屋が、今はひどく狭く感じる。
たくさんの上級生たちが、壁際にずらりと立ち並んでいるからだ。
「ヒッ……」
昨晩は和気あいあいとしていた上級生たちが、鬼気迫る表情で部屋の中心――テストを受ける入部志望者を見据えている。
青い顔でドラムを叩いているのは、昨日見かけた覚えのある新入生。
上級生らしきボーカル、ギター、ベースが一緒に演奏している。
曲は流行りのJポップ。
ボーカル、ギター、ベースは、かなり上手い。
夏野のバンドよりも、圧倒的に上手い。
プロ並みだ。
対する新入生ドラムスの方はというと、うん……まだ、ちょっと、うーん、という感じ。
エイトビートは叩けているけど、フィルイン(繋ぎ目の即興フレーズ)でもたつく。
リズムキープもできてない。
――ドワワァァアア~~~~ンッ!
突然、ドラのような音が部室に鳴り響いて、僕は飛び上がった。
見れば部屋の隅で、Zildjanのチャイナシンバルを叩く男性がいる。
筋肉モリモリマッチョマン。
『ザ・ドラマー』って感じの男性だ。
「そこまで!」
その男性が言った。
「そんな!? まだ時間はあるはず――」
入部志望者が立ち上がる。
「そんだけ見りゃ十分だよ。残念だが他を当たってくれ」
「せっかく推薦人を五人集めたのに!」
「悪いな。次は――…おっ」
筋肉先輩が僕を見た。
「例の貧乏ゆすりボーイだな? 推薦状は持ってきてるか?」
「エッスイセンジョウ!?」
「もちろん」
と、アオ先輩が紙束を取り出す。
「はい、ドラムパートリーダーさん」
なるほど、この筋肉先輩が軽音学部におけるドラムのパートリーダーらしい。
いかにも『ドラムやってます』風な筋肉だ。
うらやましい。
僕がこの人くらい筋肉モリモリだったらきっと、夏野も僕をクビになんてしなかったんだろうな……。
「推薦人はアオにイナズマ、シロにくれなゐ。おわっ、くれなゐのヤツ、二枚とも貧乏ゆすりボーイにぶっこんでんのか!?」
くれなゐ、紅、赤ちゃん先輩のことか。
変わった名前。
でも、なんだか懐かしいような。
「さて、貧乏ゆすりくん。入部テストのルールは簡単。制限時間の十分以内に、俺をうならせるドラムを叩ければ合格だ」
でも、お粗末な演奏だと十分を待たずに銅鑼を鳴らされるわけだよな。
さっきの新入生、聞くに耐えないほど下手くそってほどじゃなかったと思うけど……厳しい試験になりそうだ。
「ウチはご覧のとおり大学イチの強豪で、本来は飛び入り参加は許可しない方針なんだ。けどくれなゐとアオがやたら推すから、こうしてねじ込んだ。だからお前さんには、追加でハンデを負ってもらう」
「エッ!?」
「課題曲は、アオが作詞作曲した中で最も難易度が高いモノを選ばせてもらった。さらには、この場で曲を受け取って、覚えて、演奏してもらう」
「十分の中で、ですか!?」
「そうだ」
な、何てこと……。
早速、楽譜を渡される。
ドラム譜というヤツだ。
だけど……あぁぁぁ!
「ほらほら座って座って。椅子の高さ調整して」
アオ先輩が僕をドラムの席に座らせる。
「スティックはコレ使ってね。タムの角度は大丈夫? シンバルの高さはどうかな」
慣れているらしく、アオ先輩は僕の体格に合わせてドラムの高さ・角度を手早く修正してくれる。
隣ではシロ先輩がシンセサイザー(キーボード)の電源を入れ、アンプの音量を調節しはじめる。
イナズマちゃん先輩もドでかいベースをベベベベ、と鳴らしはじめる。
僕は気が気でない。
だって、だって僕は、僕は――!
「それじゃ、始めよう。ワン・ツー・スリー・フォー」
♪ ♪ ♪
(…………は? はぁぁぁああああっ!?)
ドラムパートリーダーはびっくり仰天した。
アオが連れてきたドラム志望者の、あまりの下手くそ振りに。
辛うじて8ビートは叩けている。
が、そもそもこの曲は8ビートではなく16ビート。
しかも単純に右・左の順にハイハットを叩けば良いような単純なシロモノじゃない。
アオの癖が前面に出た、ドラマー泣かせな超テクニカル16ビート。
多彩なルーディメンツを駆使してハイハット部にライトシンバルを織り交ぜ、スネア部もスネアとタムタムを交互に叩き、裏拍やさらにその裏、32ビート拍にキックを織り交ぜるようなエグさを極めたオシャレビートだ。
(軽音イチ上手い俺ですら、簡略化させないと叩けないビート。そんなエグいビートを叩ける逸材が現れたって聞いたから、無理やりねじ込んだってのに……)
見れば、さきほど十分を待たずに不合格にされた新入生が、鬼の形相で貧乏ゆすりボーイを睨んでいる。
それはそうだろう、とパートリーダーは同情する。
彼は入学初日から入部を希望していて、自分の手で推薦状を五枚集めてきたのだから。
新歓コンパ当日に突然現れて、推薦状も二回生に任せっきりなぽっと出がこんなポンコツだったら、そりゃ怒りたくもなる。
(こりゃ、炎上する前にさっさと中止させたほうがいいか)
パートリーダーがチャイナシンバルに向けてスティックを振り上げた、そのとき。
♪ ♪ ♪
ダメだ! このままじゃ、僕は確実に不合格になる。
せっかくアオ先輩に拾ってもらえたのに。
セッションしたいって言ってくれたのに!
諦めたくない!
どうしよう、どうすればいい!?
――そうだ!
「あっ、あのっっっっっっっっ!」
僕は演奏を止め、あらん限りの声で叫んだ。
こんなに強く叫んだのは、多分、人生で初めてだ。
「僕、楽譜が読めないんです!」
「「「「「…………は?」」」」」
ドラムパートリーダー先輩、周囲の上級生、アオ先輩に至るまでのほぼ全員が、ポカーンとした顔になる。
そう、僕は楽譜が読めない。
今までのバンドでは、音源を渡されて聴いて覚える方法、『耳コピ』しかしたことがなかったから。
「だから、耳コピさせてもらえませんか!? 先輩は先ほど、『この場で曲を受け取って』と言いました! だったら音源を『受け取る』のはルール範囲内のはずです!」
「残り七分だぞ」
ドラムパートリーダー先輩が顔をしかめる。
「できるのか?」
「やらせてください」
「分かったよ。――アオ」
「うん」
そのときにはもう、アオ先輩はスマホを取り出し、音楽再生アプリを起動させていた。
イヤホンを僕の耳に差し込んでくれる。
「ありがとうございます」
僕は曲を再生させる。
テクニカルな16ビート。
確かなベースと暴れ回るギター。
ギターとユニゾンして一緒に暴れ回るドラムのフィルイン。
動画再生時間は三分五十七秒。
間に合わない。
二倍速で聴く。
集中する。
音の一粒一粒に至るまで聞き逃さない。
いつしか左足が貧乏ゆすりをしている。
テンポを足で取っている。
この曲、めちゃくちゃテンポが速い。
でも、何だか聴き覚えがある。
人間が歌うことを前提にしてない、早口な曲。
そう、YouTubeやニコ動で人気のボカロP『青子緑子』。
これは、青子緑子の曲によく似た早口アップテンポなテクニカルロックだ。
推定、216bpm。
一般的なJポップが160bpmなのを思えば、ちょっと異常なほど早い。
しかも16ビート。
手数は単純に二倍。
一昔前の僕なら、とてもじゃないけど出せないかったスピードだ。
「残り五分だ」
パートリーダー先輩がわざわざ時間を知らせてくれる。
優しい人なんだな。
さらに数十秒して、僕の方も演奏を聞き終わった。
もう、残り時間は四分と少ししかない。
「――いきます」
僕は短く告げて、カウント代わりのハイハットを四回。
演奏が、始まった。
まず、最初の二小節でベ-スがぐいんぐいんと暴れ回る。
音源を聴く前は意味が分からなかったけど、今なら分かる。
今日不在のギターの代わりを務めているんだ。
続く二小節、ベースに絡み合うようにして、ドラムのフィルインがベースとユニゾンする。
四小節目でシンセサイザーが乗り、それでイントロは終了。
アオ先輩が、鋭く息を吸った。
マイクが拾ったその音が、ドラムの返し(スピーカー)から僕の耳に襲いかかる。
すごい。
ブレスまで可愛いだなんて。
歌が、始まった。
僕は夢中になった。




