14曲目2
あっという間に一ヶ月が過ぎた。
そうしてついに、運命の十一月五日――学祭当日。
「どうですか、アオ先輩? お父さん、来てました?」
最後の練習の合間、息抜きに中庭のライブ会場を見に行っていたアオ先輩が、部室に戻ってきた。
「う、うんっ。来てた、来てた。目が合いそうになって、逃げてきちゃった」
「いや、そこは目ぇ合わせましょうよ。アイコンタクトを俺に教えてくれたの、先輩でしょ」
「うん……」
もじもじしているアオ先輩の背中を、
「シャキっとしてください、アオ!」
くれなゐ先輩がバシーンと叩いた。
「いよいよ、新生『青子緑子』が始まるんですから」
「痛っ、痛いってくれなゐ! このっ」
くれなゐ先輩に逆襲するアオ先輩。
「うりゃうりゃ」
美女・美少女がじゃれ合う姿を、俺は微笑ましい気持ちでいっぱいになりながら眺めている。
あれから、くれなゐ先輩とアオ先輩は、何と言うか仲良くなった。
一ヶ月前――あの、告白劇の前まで存在していた見えない溝のようなモノが、なくなった。
一方の俺とは、二人とも適切な距離感を保ってくれている。
距離を取られているというわけではなく、男女のカンケイを想起させるような過剰なスキンシップは取らないでいる、という意味で。
どちらかと付き合うにせよ、付き合わないにせよ、結論を出すのはライブの後だと三人で決めたからだ。
「さぁ」
アオ先輩がパンっと手を叩いた。
途端、全員が私語を止めてアオ先輩に注目する。
「最後の通し練習、始めるよ」
「「「はいっ」」」
♪ ♪ ♪
あいにくの曇り空だった。
天気予報によると、大雨・落雷の予想まで出ている。
が、中庭は観客で溢れ返っていた。
「モヤシちゃん。アレ、何だか分かるかい?」
舞台袖での待機中、アオ先輩が小声で聞いてきた。
先輩が指差す先にあるのは、巨大な、黒光りする、一メートル四方の物体だ。
「何ですか? 分かりません」
「アレはね、バッテリーさ。万が一、電柱やら何やらに異常が発生して給電できなくなったときに、五分間だけ給電してくれる装置なのさ」
「これだけの量のマイクとスピーカーを五分間も? それはすごい」
「この曇天だ」とイナズマちゃん先輩。「そこらの電柱にでも落雷して、そのバッテリーのお世話になったりしてな。イナズマだけに――もがっ」
「こーら、イナズマちゃん。そういうフラグっぽい発言は禁止やで~」
大柄なシロ先輩が、イナズマちゃん先輩の口を塞いで抱え込む。
「何すン……もがもが」
シロ先輩に抱っこされて、大人しくなるイナズマちゃん先輩。
やっぱり百合の波動を感じる。
そうして数分後、前のバンドの演奏が終わった。
「次は、『キング・ホワイト・ストーンズ』の皆さんでーす!」
MCに紹介されながら、俺たちは舞台に上がる。
「お集まりの皆様、『ボーカロイド』って聞いたことありますか~? 初音ミクや――」
俺たちは手早くセッティングを行う。
俺はドラム椅子の高さを調整し、タム・タム・タム・スネアの高さと角度、ハイハット・左クラッシュシンバル・右クラッシュシンバル・ライトシンバルの高さを調整。
「――それで、こちらのお美しいボーカルさんが、何とその、伝説のボカロP『青子緑子』その人なのです!」
やはり『青子緑子』の知名度は抜群らしく、客席がざわめいた。
『青子緑子って、ニコ動でしょっちゅうランキング入りしてる、あの?』
『可愛いイラストのやつか』
『有名人じゃん』
『え、マジ本人?』
『わっ、可愛い!』
『え、めっちゃ美人じゃん。動画アップしたろ』
ってな感じの声が上がり、一斉にスマホを向けだす人・人・人。
わっはっはっ。
アオ先輩のお父さんよ、これが『青子緑子』のパワーですよ。
良い感じだ。
あとは、この日のために練習に練習を重ねた、珠玉の五曲をお父さんの耳に届けるだけだ。
「それでは、どうぞ!」
MCが舞台袖にハケていく。
人生最初で最後の、最高の二十分間が始まる。
小雨が降りはじめていた。
俺はスティックを振り上げる。
カウントを――
――ピシャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!
瞬間、視界が白で染まった。
視界はすぐに戻ってくる。
が、
「お、音が出ねぇ!?」
「こっちもや!」
慌てるイナズマちゃん先輩とシロ先輩。
他のメンバーも同様だ。
もしかして、落雷?
構内の電柱に雷が落ちて、停電した!?
「そ、そんな……アオ先輩の人生が懸かった二十分間が!」
ここまで来たのに。
たくさんの困難を乗り越えて、ようやくここまで来れたのに!
「大丈夫!」
声の方を見れば、アオ先輩がいた。
落ち着いた様子で、
「すぐに外部バッテリーが作動するから」
良かった……いや、全然良くない。
五分しかない!
五分じゃ足りない!
五曲もあるんだぞ!?




