14曲目『もやしマシマシロックンロール』
その日の午前中、いつもの部室にて。
「モヤシこの野郎、お前――」
俺がビートを叩きはじめた途端、額に絆創膏を貼ったイナズマちゃん先輩が飛び上がった。
演奏を止めて駆け寄ってくる。
「グルーヴを覚えたのか!?」
「はい。俺、ちゃんとできてますか?」
「できてるも何も――」
イナズマちゃん先輩が『キング・ホワイト・ストーンズ』の面々へ視線を巡らす。
皆、嬉しそうに頷いてくれている。
「完璧だ! メトロノームどおりでありながら、グルーヴ感に満ちた、最高のビート! 最っっっ強じゃねぇか。わははっ、いきなり覚醒しやがって。マンガかラノベの主人公かよお前この野郎。昨日、何かあったのかよ?」
「いやぁ、あはは」
アオ先輩と目が合った。
アオ先輩は、小さく笑った。
くれなゐ先輩とも目が合った。
くれなゐ先輩は、肩をすくめた。
イナズマちゃん先輩とシロ先輩が、首を傾げた。
さぁ、いよいよ決闘だ。
ラスボス・本山先輩を、最高の演奏でぶっ飛ばそうじゃないか。
♪ ♪ ♪
午後、再び部室にて。
「よう、モヤシ」
ラスボスこと本山先輩が獰猛に微笑みかけてきた。
「準備は万端か?」
昨日の今日だ。
たったの二十四時間しか経っていない。
けれど、本山先輩の顔も、初音先輩の顔も、決闘のために集まってくださった三・四回生の顔触れも、まるで十年振りかと思うほど懐かしく感じた。
「はい」
俺はしっかりと頷く。
事実だ。
できるだけのことはやってきた。
くれなゐ先輩も、アオ先輩も、そして俺も。
きっと、イナズマちゃん先輩とシロ先輩だって。
皆が皆、全力で戦って、準備して、今、ここに立っている。
「始めます」
俺はスティックでカウント二回、三拍目から三連符のフィルイン。
曲が始まった。
『血とくれなゐ』。
この曲は、三角関係の歌だ。
一人の少年と、二人の少女。
少女たちは幼馴染で親友同士。
少女たちは同じ少年を好きになってしまうが、少女の一人が親友のために身を引く。
けれどその少女は後から猛烈に後悔して、一人、雨の中で泣き叫ぶ。
その、壮絶な悲しみを、慟哭するようなギターソロが表現する。
失恋の歌なのだ。
いつになく、歌がよく聴こえる。
歌声だけじゃない。
ギターも、ベースも、シンセサイザーも。
すべての演奏が、音の一粒一粒が、しっかりと耳に届いてくる。
俺はそれらの音と調和する。
そうだ、これが、これこそが、バンドメンバーと音を合わせるってことだったんだ。
俺は今まで、本当の意味では音楽のことが分かっていなかった。
心のどこかで、音と演者を分けて考えてしまっていた。
アオ先輩にはいろいろあった。
くれなゐ先輩にもいろいろあった。
イナズマちゃん先輩とシロ先輩とはまだ、それほど深い絆は結べていないが、きっとたくさん、いろんなことを抱えているのだろう。
演者は音を奏でる装置じゃない。
演者は人間で、そこには人生があって、悩みとか問題もあって、いろいろなことを抱えながら、生きている。
生きて、ここにいて、こうして楽器を演奏している。
それが、音楽なんだ。
俺は今、先輩たちと音を合わせている。
以前の俺なら、四拍子の三拍目、『ツ・ツ・チャ・ツ・ツ・ツ・チャ・ツ』の『チャ』のタイミングで体を揺らして音を合わせつつ、〇.〇数秒だけ遅らせて……とか何とか、必死に理屈で考えていたことだろう。
もちろん理屈も理論も大切だ。
教本や解説動画で勉強するのも大事なことだ。
けれど最終的には、音楽は人の心に訴えかけるものだ。
魂で奏でるものなんだ。
今なら、夏野ともちゃんと音を合わせられるような気がする。
アイツの、
『魂でビートを刻むんだよ! こう、ぐわーって感じで』
みたいなふわっとした言葉にも、
『はいはい、魂でね。こんな感じで良い?』
って上手い具合に対応して、アイツと俺の双方が納得できる演奏を――落とし所を披露できるかもしれない。
『成長』と呼ぶにはまだまだ全然ショボいかもしれないけど、俺は確かに、この半年間で変わることができた。
今回のことで、俺はいろいろと学んだ。
けど、俺はまだまだ未熟だ。
きっとこれからも、たくさん失敗するだろう。
それもまた人生であり、音楽だ。
気が付くと、曲が終わっていた。
俺たちは、万雷の拍手に包まれていた。
♪ ♪ ♪
結果は、圧勝。
本山先輩は、『やれやれ』という顔をして、肩をすくめてみせた後、俺に握手してくれた。
やっぱりガチのリア充イケメンってのは、すごいな。
敵わないや。
こうして俺たちは、学祭中庭ライブの出場権を手に入れた。




