13曲目2
「離婚する」
いつもは家にいない父が珍しく帰ってきたと思ったら、その一言だった。
「母さんは入院することになった。お前は私が養育する。悪いが転校してもらう。大阪の小学校だ」
「そんな、急に――」
「すまんな」
こうして母がいなくなり、私は晴れて一人ぼっちになった。
一人になって初めて気付いた。
あんな母でも母だったんだ、って。
閑散とした部屋。
相変わらず家に寄りつかず、仕事一筋の父。
いざ、誰とも会話しない生活が何日も続いてみて、会話のない日々がこんなにもつらいものなんだと気づいた。
……やっちゃんとも別れてしまった。
それも、連絡もせず、私の方から一方的に。
私のすべてを支配したがっていた母と離れたことで、母が管理していたスマホも失った。
新しいスマホを父がくれたけど、電話番号は変わってしまった。
それでも、私はやっちゃんの番号を知っていたから、こちらから連絡すれば繋がりを維持することは簡単だった。
けど、そうしなかった。
なぜ、そうしなかったのか?
あれほど大好きだった彼を、一方的に切るような真似をしたのか?
……怖かったんだ。
やっちゃんとの遠距離恋愛をちゃんと続けることができるのかが。
怖かったんだ。
動画投稿の喜びが、積み上がる再生数をニヤニヤしながら眺める時間が、やっちゃんと過ごす時間に匹敵するほど楽しくなりつつあるのを認めるのが。
やっちゃんへの興味が、あれほど強かったはずの執着が、愛が、日に日に薄れつつあるのを自覚するのが!
やっちゃんと出逢ってから、幸せだったんだ。
幸せだった。
生まれてからずっと、青と緑のハザマをフラフラ歩いていた私の手を、やっちゃんが握ってくれたんだ。
強く握ってくれて、曖昧な世界から引っ張り上げてくれた。
だから、私の『一番』は、やっちゃん。
けれど――。
承認欲求。
承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求承認欲求!
この、悪魔みたいな欲求は、私の『一番』をいともたやすく侵食していった。
このままでは喰い破られる。
私が一番大切なモノが、私が世界で一番愛してるモノが、覆されてしまう!
やっちゃんが私を承認してくれるだろう、って?
そうさ、あの子はいつだって私を承認してくれる。
けれどあの子はあくまで『一』だ。
私の目の前には、『一万』もの承認が横たわっている。
例えばクラス全員に。
学年全員に。
何十人、何百人に嫌われても、たった一人愛する人がそばにいればそれでいいだろう、って?
あはは、それはそう。
けれどそれは、百レベルでの話。
『万』の喜びを――抗いがたい快感を知ってしまった人間は、その快感から逃れ難くなる。
それ以外のことに、時間を割きたくなくなってしまう。
今は表面上、仲良くできているやっちゃんとの関係を、決定的に『面倒』と感じる瞬間が、きっと来る。
来てしまう。
だから、逃げた。
あらゆる連絡手段を絶って、一方的に絶縁した。
私の世界から私の『一番』を――やっちゃんを消した。
代わりに『青子緑子』を作って、新たな私の『一番』にした。
私は、最低だ。
最低の人間だ。
そうして、八年もの年月が過ぎた。
私は――『ボク』は、高三になっていた。




