11曲目4
翌日の午後、アオ先輩は退院した。
『キング・ホワイト・ストーンズ』総出でお出迎えだ。
意外だったのは、アオ先輩のお父さんはおろか、お母さんも出迎えに来なかったことだ。
父親との間に問題を抱えていることは二つ目の『隠し事』で明らかになったが、母親とも何かあるのかもしれない。
いや、余計な詮索はしないほうが良いだろう。
いったん家に戻り、着替えてすぐに、アオ先輩は部室前の広場に向かった。
俺たちも先輩の後ろに続く。
部室前は、先客がいた。
一人は、ドラムパートの本山先輩だ。
彼の後ろには、ボーカル、ギター、ベース、キーボードの男女がいる。
本山先輩のバンドメンバーだろう。
そして、少し離れたところに立っているのは、ひときわ強烈なオーラを放つ女性。
「集まったね」
その女性が口を開いた。
「私は四回生の初音だ。軽音楽部の学祭オーディション委員長をやっている」
初音先輩は、何度も見かけたことのある、ボーカルの先輩だ。
軽音楽部最強バンドのバンマスで、部で最も歌が上手い。
正直、俺の中で最強と認定しているアオ先輩よりもさらに上手い。
夏ライブでは大トリを務めていたし、学祭ライブでも堂々一位入選で中庭ライブのトリを務める予定だ。
ちなみに中庭ライブの大トリは、アオ先輩の父親がやっている事務所が連れてくる超一流プロミュージシャンだ。
「これより、臨時オーディション会議を始める。議題は中庭ライブの六枠目についてだ。昨日、軽音サークルの『サンオブサン』から連絡があってね。彼らが持っていた中庭枠と、軽音楽部のライブハウス枠をトレードしたいとの申し出だった。キミたちは中庭枠を希望していた。その認識で合っているかな?」
「「合ってます」」
アオ先輩と本山先輩の声が重なる。
……やっぱり、そう、か。
そうなる可能性に思い至らなかったわけではなかったのだが、あえて希望的観測ばかり見ていた。
中庭枠が一つ空けば、『キング・ホワイト・ストーンズ』が中庭で演奏できるのではないか、と。
けど、その願いは外れてしまった。
俺たちは、『六位タイ』だった。
タイならば、もう一組六位がいる。
そう、それが本山先輩のバンドだったのだ。
「双方とも、譲る気はないかな?」
「ありません」
本山先輩が首を振る。
「アオには悪いが、こっちだって真剣なんだ」
「望むところだよ」
アオ先輩が獰猛に笑う。
ここまで感情を露わにするのは、先輩にしては珍しいことだった。
本当に、とても。
「実力で、轢き潰してやる」
「ふっ、ふふふっ」
初音先輩が笑った。
「ま、そうなるよね。では」
初音先輩が防音扉を開く。
「タイマン勝負をしてもらおうじゃないか」
中には、三・四回生がズラリと並んでいた。
来られる人は全員来たんじゃないかってくらい。
彼ら彼女らの視線の、あまりの鋭さに、俺は震え上がりそうになった。
♪ ♪ ♪
「ルールは簡単だ」
突如始まったタイマンバンドバトルについて、初音先輩が説明してくれる。
「各々一曲ずつ演ってもらう。で、ここにいる一人ひとりに、どちらの演奏がより素晴らしかったかを選んでもらう。人数の多かったバンドが、勝ち。六枠目の中庭ライブ枠を手にすることができる。あぁ、贔屓とか裏取引とか忖度とか、そういうのは一切存在しない。ここにいる奴らは全員、『■■大学軽音楽部の名に誓って、厳正な評価を下す』という誓約書に署名しているからね。これは、古式ゆかしき、軽音楽部伝統の決闘方法なんだ」
壁際から俺たちを伺う先輩たちの視線がいつになく鋭いのは、そういう理由からか。
「さぁ、先手はどちらから?」
本山先輩は、全身からやる気を立ち上らせている。
一方のアオ先輩は病み上がりで、立っているのもやっとという様子だ。
「俺たちからだ」
本山先輩が、一歩前に出た。
「良いだろう。セッティングを始めたまえ」
さすがは歴戦の先輩たち。
本山先輩のバンドメンバーは、ものの数分でセッティングを終えてしまった。
特に本山先輩のドラムセッティングの速さと正確さと言ったらすさまじく、たった一度の高さ・角度調整で、彼が最も叩きやすいドラムを作ってしまった。
ただの一度も叩きすらせず。
俺なら実際に叩いて、二度、三度調整が必要なところだ。
本山先輩の、カウント代わりのハイハット四回。
『青子緑子』の影響をモロに受けた様な、変則的な16ビート。
だが、俺のビートと違って、本山先輩のそれには『グルーヴ』がある。
こんな、これほどまでに上手かったんだな、本山先輩。
俺があの日勝てたのは、『スーパーモヤシモード』のお陰だった。
ギリギリ、紙一重の勝利だったんだ。
驚くべきことに、ボーカルが歌いはじめたのはオリジナル曲だった。
『青子緑子』を彷彿とさせる。
が、単なるパクリ、リスペクトの域から大きく昇華された曲。
ボカロ風の曲を見事に生演奏のロックとして昇華させている。
上手い。
とんでもなく上手い。
俺は自信がなくなってくる。
オリ曲バンドは、『オリ曲である』という、ただそれだけの理由でオーデの評価が下がりがたちだ。
インディーズレベルの大物バンドでもなければ、オリ曲は客ウケが良くないからだ。
だから、一段階は評価が下がると言われている。
A評価ならBに、B評価ならCに。
俺たち『キング・ホワイト・ストーンズ』の今回の評価は、『Aマイナス』。
前回の、夏ライブのときと同じ評価だった。
バンド全体としての完成度は格段に上がっているはずだが、新曲突貫工事の影響および俺のグルーヴの無さが足を引っ張ってしまった形だ。
しかも『「青子緑子」はセミプロ。
よって「キング・ホワイト・ストーンズ」はオリ曲バンドではなくコピーバンド』と判断されているため、俺たちの評価にはマイナス補正が掛かっていない。
一方の本山先輩のバンドは、マイナス補正が掛かった上で俺たちと同等評価の『Aマイナス』。
つまり実質、『Sマイナス』。
軽音楽部一、二位を争う実力というわけだ。
果たして、本当に勝てるのか……。
俺が思案しているうちに、曲が終わった。
三・四回生――審査員たちによる万雷の拍手。
「準備するよ、モヤシちゃん」
真っ青な顔をしたアオ先輩が、気丈にも俺の背中を叩いてくれた。
「はい」
ここまで来たらもう、全力でぶつかるだけだ。
俺は手早くドラムの角度・高さを調節し、16ビートとフィルインを一回ししてセッティングを完了させる。
「いきます!」
スティックを二回鳴らし、三拍目から三連符のフィルイン。
曲が始まった。
ロックバラード『血とくれなゐ』。
アオ先輩の歌声は、いつになく艷やかだ。
体調の悪さが、むしろ色艶になっている。
良い傾向だ。
くれなゐの切ないギターは、素晴らしいの一言に尽きる。
イナズマちゃん先輩は、バラードだけど暴れ回る。
それで良い。
低音がうねればうねるほど、曲に重厚感が増し、切なさが増す。
各々好き勝手にやっている演奏を、シロ先輩のシンセサイザーが優しく包み込む。
そして、彼女たちが三拍目の『チャ』の部分で『ビタッ』と合う。
グルーヴだ。
いつもの、完璧な、『キング・ホワイト・ストーンズ』だ。
だが、審査員たちの顔は険しい。
『ビタッ』の部分に至った瞬間に、露骨に顔をしかめる人たちが多数。
彼ら彼女らはみな、俺を見ている――睨んでいる。
そう、か。
俺だけがノれていないから、グルーヴを出せていないから、浮いてしまっている……悪目立ちしているんだ。
俺は焦る。
冷や汗が額に浮かぶ。
何とかしてグルーヴを出そうとして、イナズマちゃん先輩を真似して体を揺らそうとした。
が、やはり体の揺れと左足の振動が上手く噛み合わない。
それを必死に抑え込もうとするから、演奏が上ずったみたいになってしまう。
アオ先輩が、不安そうな顔でこちらを見ている。
その、目。
アオ先輩の目を見た途端、俺はあの、夏ライブの恐怖を思い出す。
俺を最悪の形で裏切った海野アオ。
何も説明してくれない海野アオ。
「あっ」
リズムが崩れかける。
まずい、瓦解する!
演奏中に決定的にリズムを崩すなんて、どうしようもないマイナス点だ。
俺の所為で決闘に負けてしまう。
俺の所為で『キング・ホワイト・ストーンズ』が終わってしまう!
ダメだ、それだけは絶対に――!
――ベェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエンッ!
「いってぇええええええ!」
突如、イナズマちゃん先輩が叫んだ。
演奏が止まる。
全員の注目がイナズマちゃん先輩に集まる。
た、助かった!
お陰で俺は、リズムが完全に崩れ去る直前で演奏を止めることができた。
いや、今はイナズマちゃん先輩の心配をすべきだ。
何があった!?
「イナズマちゃん!?」
シロ先輩がシンセサイザーを倒しかねない勢いで立ち上がり、イナズマちゃん先輩のもとに駆け寄る。
見れば、イナズマちゃん先輩が額から血を流している。
そして、光の鞭が彼女のそばで暴れ回っている。
あれは、弦だ。
ベースの一弦が根本から外れてしまったのだ。
その弦に、イナズマちゃん先輩は額を叩かれたのだろう。
「あーあ、ペグがぶっ壊れちまってる」
流れる血を適当に拭いながら、イナズマちゃん先輩が言う。
「これじゃ演奏になんねぇ。直したいから、一日だけ時間をもらえねぇか?」
「別のを手配することは可能だけど」
と初音先輩。
「悪いけど、使い慣れた楽器で挑みたいンだ。ダメかい、初音先輩、本山?」
「あはは、今年のオーデは何から何まで異例尽くしだねぇ。だ、そうだけど。どうする?」
本山先輩は、血を流すイナズマちゃん先輩と、ハンカチで止血しようとしている真っ青なシロ先輩と、病み上がりでフラフラなアオ先輩を見て、
「いいぜ、ただし――」
と、ここで、本山先輩が俺を見た。
いや、俺を睨んだ。
『刺すような』なんて表現も生ぬるいほどの、殺すほどの視線を俺にぶつけてきた。
「モヤシ、俺はお前を認めている。あの日、272bpmを1bpmのズレもなく叩ききったお前のドラムを認めている。だから身を引いたんだ。けど」
本山先輩の声には、抑えきれない怒気が含まれている。
「次に腑抜けた演奏してみろ。俺は一生、お前を許さない。いいな?」
「わ、分かりました」
恐怖で足が震えた。




