11曲目3
「んだよ、いきなり呼びつけやがって」
キャンパスに呼び出された夏野は、不機嫌そうに言った。
「下らねぇ用事だったらぶっ殺すぞ」
「ごめん」
俺は素直に謝る。
まっすぐに、頭を下げる。
数秒してから頭を上げ、夏野の目をちゃんと見て、言う。
「急な呼び出しに応じてくれて、本当にありがとう」
嫌いな相手だが、嫌いな相手だからこそ、誠意を持って接しなければ。
「っ!?」
夏野は、俺の正々堂々とした振る舞いに、若干驚いたようだった。
思えば俺は、コイツに対していつもオドオドとしていて、ちゃんと目を見ることもできずにいた。
そんな俺の態度が、夏野を苛立たせ、嗜虐的な言動に拍車を掛けさせていたのだと、今なら分かる。
「……おう。何だよ」
「単刀直入に言う。アオ先輩――海野アオのバンド『キング・ホワイト・ストーンズ』が学祭ライブのライブハウス枠を手に入れたんだ。けど、俺たちはどうしても、何が何でも中庭で演奏がしたい。『サンオブサン』が中庭枠を掴んだって聞いた。トレードしてくれないか?」
「はぁ? 俺に何の得があって、そんなことしなくちゃならねぇんだ」
「頼む。この舞台に――」
俺はばっと手を広げる。
ここは、キャンパスの中心。
学祭で巨大なステージが設営される、憧れの中庭だ。
俺は夏野を、中庭に呼んだのだ。
「この舞台に、アオ先輩を立たせてあげたいんだ」
「それなら、『サンオブサン』でもできるだろ。海野はウチのドラマーだ。自慢のな」
「それは知っている。けど、アオ先輩はどうしても、彼女がバンマスをやっている『キング・ホワイト・ストーンズ』で中庭ライブに出演しなくちゃならないんだ。事情があるんだ」
「はっ。事情ならどのバンドにだってあるだろ」
「お願いします」
俺は、その場に膝をついた。
頭を深々と下げる。
土下座だ。
「どうか、お願いします! 『キング・ホワイト・ストーンズ』に中庭枠を下さい!」
数秒。
数十秒。
「あー……」
夏野が何か言いそうだったので、軽く頭を上げてみると、
「ぎゃっ!?」
眼の前に火花が散った。
額が痛い。
どうやら、額を蹴り上げられたらしい。
気が付くと、俺は無様に引っくり返っていた。
「はっ。はははっ」
見れば、夏野が笑っている。
俺を馬鹿にするように?
いや、違う。
心底楽しそうに笑っている。
「ロックじゃねぇか。お前、どうして俺とバンド組んでたときに、その顔ができなかったんだ?」
「え?」
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
あまりの痛みに、涙目なのは確かだが。
夏野がおもむろにスマホを取り出した。
何か操作して、
「あ、軽音の渉外さんっすか。自分、学祭ライブに出させてもらう『サンオブサン』の夏野っす」
な、何だろう?
夏野がすごく礼儀正しく会話している。
「っす。っす。はい、ライブハウス枠と。っす。了解です。すぐに証跡としてメッセージ送らせてもらいますんで。っす。あざまーす」
通話を終えた夏野が、たぽぽぽぽぽ……と何かを打ち込んでから、
「ほらよ」
と、スマホの画面を見せてきた。
そこには、
『「サンオブサン」は軽音楽部に中庭ライブ出場枠を譲る。代わりに軽音楽部からライブハウス出場枠を一つもらう』
という内容が記されていた。
宛先は、この名前は確か、軽音学部の渉外チームリーダーさんだ。
「あ、ありがとう……?」
話がトントン拍子過ぎて、怖い。
「ま、俺らは別にプロ目指してるわけじゃねぇし、新規開拓したいわけでもない。なら、中庭でご新規相手に浮いた演奏するよりも、ライブハウスに身内集めて盛り上がったほうが楽しめるってことだ」
えー。
何だよ、最初からトレードしてくれるつもりだったってことか?
だったら俺の土下座損じゃん。
いや、俺が誠心誠意頼んだから、夏野も折れてくれたってことなのかな?
きっとそうだ、そういうことにしておこう。
「ま、そっちはそっちで頑張れよ」
立ち上がった俺の肩を、夏野がぽんっと叩いた。
「夏野、ありがとう!」
……………………などという美談で終わるはずもなく。
俺は夏野から、学祭とはまた別のライブの、チケット五十枚という過酷なノルマを与えられてしまった。
はぁ、学祭後はバイト三昧になりそうだ。
それでも、夏野には感謝してもしきれない。




