11曲目『学祭中庭ライブ出場権を勝ち取ろう!』
翌日から、メチャクチャ忙しい日々が始まった。
何しろもう、オーデ動画提出期日まで二週間しかないのだ。
部室を目一杯予約して、一つのバンドに許された週の予約上限に達した後は駅前の有料スタジオまで借りて借りて借りまくって。
毎日毎日、数時間は顔を突き合わせて編曲作業と練習に勤しんだ。
「うふ、うふふふふっ」
部室でノートPCを開きながら、アオ先輩が壊れている。
絶好調に壊れている。
「アイデアが泉のように湧き出てくる!」
アオ先輩がいじくり倒しているのは、新曲『血とくれなゐ』の譜面だ。
『血とくれなゐ』はくれなゐが小学校の『放課後・休日音楽教室』で披露した曲。
くれなゐがアオ先輩に提供したのだろう。
恐らく、アオ先輩に『隠し事』の一つを開示させることを引き換えにして。
くれなゐは、どうしてそこまでしてくれるのだろう?
俺が、『キング・ホワイト・ストーンズ』の継続を望んだから?
いや、さすがに自惚れが過ぎるだろうか。
きっと、もっともっと単純な話で、くれなゐも『キング・ホワイト・ストーンズ』が大好きなのだろう。
「ここはこうした方が――」
「ベースのミニソロだけどよ、こういうのはどうだ?」
ベベベベバララベキバキッ
「ここは単なるマイナーより、マイナーセブンの方が引き締まると思うんやけど~」
「……もっとグルーヴ感が欲しいですね」
全員で一つの曲を作り上げていく、一体感と高揚感。
皆、生き生きとしている。
「やいやいやい、モヤシこの野郎!」
イナズマちゃん先輩がベースで殴ってきた。
フツーに痛いから止めてほしい。
「この曲は、ロックだがバラードだ。ロックバラードだ。もっともっとグルーヴを利かせろ。うねるようなドラムを叩くンだよ」
「ぐ、グルーヴですか」
俺が一番苦手なやつ。
夏野がよく言っていた、『ソウルで叩け、ソウルで』とかいうやつだ。
ついつい、魂って何だよ、何拍子の何bpmだよ、って思ってしまう。
が、分かっている。
グルーヴ感の無さこそが、俺にとって最大の課題。
夏ライブオーデでは、グルーヴの無さによって、俺がバンドの足を引っ張ってしまっていた。
「悪いけど」
アオ先輩が、本当に申し訳なさそうに言う。
「イナズマちゃんの言うとおりなんだ。ローテンポの曲、しっとりとした曲になればなるほど、グルーヴが重要になってくる。グルーヴの無さが際立ってしまうんだ。分かるかい、モヤシちゃん? グルーヴだ。イナズマちゃんの言うとおり、『うねり』だ」
「う、うねり……ううん」
「多分、モヤシちゃんは今、『十六分音符の裏拍の裏拍の裏拍の……どこにグルーヴが潜んでいるんだ?』みたいなことを考えているんだろうね」
恥ずかしい。
そのとおりだった。
俺はどこまでいっても、『ソウル』とか『ノリ』とか『うねり』というものを、譜面上の中に――bpm上の中に探し出そうとしている。
「でも残念。グルーヴというやつは、譜面上には現れてこない。グルーヴが、計測不可能な概念だからだ。心の中にしか現れない概念だからだ。音楽を1bpm刻みで理解できる、絶対リズム感持ちのモヤシちゃんには、逆につらい話だろうけど」
「う、うーん……」
「あー、や、でも、無理やり似たようなことを起こすことは不可能ではないよ」
アオ先輩が慰めてくれる。
「コツとしては、そう。8ビートの『ツ・ツ・チャ・ツ・ツ・ツ・チャ・ツ』の『チャ』の部分だけ、ほんのわずか、0.0数秒だけ遅く叩くんだ。やってごらん」
「はい」
言われたとおり、『チャ』のスネアとハイハットをわずかに遅らせる。
が、
「ごめん、気持ち悪い」
「なっちゃいねぇよ」
「あー、な」
「……やっちゃん」
「総スカン!」
俺は白目を剥く。
「モヤシこの野郎。お前はよ、アオの歌が好きで、俺らの演奏のことも好きでいてくれるけど、本質的なところじゃ音楽を聴いてねぇンだ。ん? いや、違うな。そう、観客としては聴いている。けど、演者としては聴いていない、だな」
「ん、んー……?」
俺は混乱してくる。
だが、先輩たちはうんうんと頷いている。
俺だけがおかしいのだろうか。
「悪いことばかりでもないんだよ」とアオ先輩。「つまり、自分とメンバーの音を客観視ならぬ客観聴できている、ということだからね。これもまた、絶対リズム感の賜物だろう。けれどそれは、没入感を欠くということでもある」
「口でどれだけ言ったって伝わンねぇよ。ほら、こうだぜ!」
そう言って、大きく体を揺らしながら演奏しはじめるイナズマちゃん先輩。
ドラムで言うところの『チャ』の瞬間、より大きく体を沈み込ませる。
その動きがうねりとなって、なるほど確かに、曲に絶妙なノリが生まれたように聴こえる……と、思う。
「せやせや」シロ先輩のキーボードが載る。
「……はい」くれなゐのギターも。
「タラリラッタッタィア~」アオ先輩の歌唱も。
皆、体を揺らし、『チャ』の瞬間に『ビタッ』と音が合っている。
ノリが合っている。
四者四様、てんでバラバラに演奏しているようでいて、『チャ』の瞬間には『ビタッ』。
四つものパートの『ビタッ』を見せられると、さすがの俺にも分かってきた。
なるほどこれは、気持ちがいい。
聴いていて、自分でも体を揺らしたくなってくる。
そうか、これがグルーヴか!
俺も先輩たちと同じように体を揺らして、演奏しはじめた。
が、どうにも上手くいかない。
「うーん……悪いけど、これならやらない方がまだマシだね。まぁ、気にすることはないよ。モヤシちゃんは今までどおり、メトロノームどおりの正確無比なドラムを叩いてくれれば、それで十分。十分過ぎるくらいなんだから。グルーヴのことは、先輩たちに任せなさい」
そう言って、アオ先輩が俺の肩を叩こうとした。
この程度のスキンシップは、今まで何度もあったはずだった。
が、俺は咄嗟に、肩をびくつかせてしまった。
一ヶ月前の手ひどい裏切りが、フラッシュバックしてしまったのだ。
「……あ、その」
アオ先輩は傷付いたような顔をしたが、すぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「とにかく、気にしないでね、モヤシちゃん」
「はい」
答えながら、俺は体を揺らすことによるグルーヴができない理由について考えていた。
上手くいかない理由は、多分、二つだ。
一つは、単に不慣れということ。
俺は常に左足を1bpmのズレもなく貧乏ゆすりさせることで、天才音楽家・アオ先輩をして『人間メトロノーム』と言わしめる正確なビートを実現している。
その貧乏ゆすりと、グルーヴのための体の揺れが上手く噛み合わない。
どころか競合してしまい、あっという間にリズムが不安定になってしまうのだ。
だがこれは、反復練習ですぐに克服できるだろう。
練習は、得意だ。
伊達に十年叩いちゃいない。
もう一つは、アオ先輩を長時間直視できないこと。
『許した』と思った。
昨日の時点で、俺はアオ先輩に対するわだかまりをすべて解消したと思っていた。
が、心の底ではやはり、八月のあの日、夏ライブで見せつけられた裏切りの光景を引きずっているみたいだ。
『隠し事』。
先輩が持っている『三つの隠し事』――『百瀬ヤスシを追放させたこと』、『「キング・ホワイト・ストーンズ」を踏み台として使い捨てるつもりだったこと』、そして最後の一つ。
この、最後の一つがどうしても気になって、信じてみたは良いが、最後の最後でアオ先輩にとんでもない形で裏切られるのではないかと不安になってしまうのだ。
その不安が、俺の心身を縛ってしまうのだ。
♪ ♪ ♪
そんなふうにして、一抹の不安(主に俺のグルーヴオンチが原因)は残ったものの、作曲・編曲作業、及び練習は極めて順調に進んでいった。
アオ先輩はくれなゐの原曲を尊重しつつ、トレンドや『青子緑子』らしさを取り入れた極上の一曲を完成させた。
収録も上手くいき、俺たちは学祭ライブオーデ締め切り当日に動画を投稿することができた。
そうして、さらに数日後の部室前。
そこには、夏ライブオーデ結果発表の日と同じような光景が広がっていた。
即ち、部室の防音扉に張り出されたオーディション結果を見るために部員たちが集まり、すし詰め状態になっているのだ。
「行ってくるぜ!」
猫のように飛び上がったイナズマちゃん先輩が、前回と同じように部員たちの肩やら頭やらを踏んづけていき、防音扉の前でずぼーーっと群衆に飲み込まれる。
「「「「…………」」」」
俺たちは青い顔で、結果を待つ。
が、イナズマちゃん先輩の声はしない。
気が付くと、イナズマちゃん先輩が戻ってきていた。
「イナズマちゃん、結果は……?」
真っ青なアオ先輩に、
「ついて来い」
イナズマちゃん先輩が言った。
階段を降りて二階に至り、さらに一階まで行く。
軽音部の部員がどこにもいないことを確認したイナズマちゃん先輩が、
「いいか、アオ。落ち着いて聞くンだぜ」
「も、もったいぶらないでよ」
「入選した」
「やった――」
「けど、六位タイだった」
「…………え?」
「俺たちは、ライブハウス枠だ。中庭枠は上位五位まで。俺たちは、中庭枠から落選した」
「あ、あぁ……」
アオ先輩が、頭を掻きむしる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
次の瞬間、ふらりとアオ先輩の体が傾いた。
地面に叩きつけられる寸前で、俺は先輩の体を抱きとめることに成功した。
アオ先輩は、気を失っていた。
アオ先輩が、倒れた。
倒れたのだ。




