10曲目4
「話が、あるんだ」
次の練習の日、部室で、海野アオがそう言った。
「大事な話。大事な大事な、話。絶対に他言してほしくない……ボクの、『隠し事』の一つ」
部室には今、『キング・ホワイト・ストーンズ』のメンバーが揃い踏みしている。
防音扉に守られたこの部屋ほど、内緒話に適した場所もないだろう。
「聞けばきっとみんな、幻滅する。けど、聞いてほしい。聞いてもらったうえで、みんなに協力を要請したいんだ」
イナズマちゃん先輩とシロ先輩は、驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。
一方のくれなゐは、澄まし顔。
そんなくれなゐの顔を見て、俺は『あぁ、やっぱり』と思った。
昨日の夕方、くれなゐの提案――いや、『告白』とも言うべき重大なもの――を断ってしまったとき、くれなゐは、
『急用を思い出しました!』
と叫んで、さっさとどこかへ走り去ってしまったんだ。
ひどく傷付けてしまったのではないか、とも思ったが、くれなゐが妙にスッキリとした顔をしていたので、俺は呆気にとられながらも、とある可能性について考えた。
『くれなゐも、「キング・ホワイト・ストーンズ」の終焉は望んでいないのではないか』
という可能性について。
それで、昨晩か今朝に、くれなゐが海野アオに何かしらの話をして、海野アオに『隠し事』を話すよう促した、とか。
そういうことがあったのではないだろうか。
「あれは、ボクが高校三年生の春のこと――」
♪ ♪ ♪
「お前、進路は考えているのか?」
ある日の深夜、珍しく帰ってきた父がボクに尋ねた。
「音大――というか、芸能系の専門学校に行きたい」
こんなときのためにあらかじめ用意しておいたパンフを、スマホで表示させる。
「ん? お前は何を言ってるんだ?」
「コレだよ」
ボクは父にパンフを見せる。
「Web――つまりYouTuberのようなネットアイドル業に特化した、各種スキルやセルフプロデュース方法、他配信者と上手くコラボする方法、炎上対策、確定申告のやり方に至るまで、配信者に必要なことを全部学べる学校」
「お前はYouTuberになりたいのか? バカなことを言っている自覚はあるか?」
「正確にはYouTuberではなくボカロPという」
「ボカロ――お前、まさか」
「コレ。『青子緑子』。ボクのアカウント。これが一番ハネた曲で、再生数百万を超えた」
「ボーカロイド!? 俺の娘が、よりにもよってボーカロイドだと!?」
父は小さなインディーズ事務所を経営している。
つまり生演奏のバンドマンを見出し、プロデュースし、CDを売ったり音楽を配信したり、バンドマンにライブをやらせて儲けるのが仕事の人だ。
「お前のような輩がはびこっているから、リアルバンド業界が年々縮小しているんだ。ボカロPと言えば、インディーズ事務所の敵だぞ!? 俺は自分の敵を育てていたというのか!?」
「て、敵だなんて……」
父がボカロを快く思っていないだろうことは予想できていた。
けれどまさか、『敵』認定されるとは思ってもみなかった。
「ねぇ、お願い。一回でいいから聴いてみて。それで、いいと思えなかったら専門学校は諦めるから!」
「ダメだダメだダメだ! そんな胡散臭い専門学校なんてもってのほか! ボーカロイドの活動も、今すぐ辞めろ!」
「ねぇお願い、一回でいいからボクの曲を聴いて! 聴いたらきっと分かってくれるはずだ。ボクの才能が本物だって」
「才能うんぬんの話をしてるんじゃない。自分の会社の敵を育てるつもりはない、と、そういう話をしている! ボカロP活動は今すぐ辞めなさい!」
「い、嫌だ! ……分かった、専門学校のことは諦めるよ。でも、『青子緑子』の活動を辞めさせる権利なんて、お父さんにはない!」
「くっ……だが、商業活動は絶対に許さんぞ。『青子緑子』に関するあらゆる保証人の類に、俺が印鑑を押すことはないと思え!」
♪ ♪ ♪
「自分で言うのも何だけど、ネームバリューは十分さ。あわよくば、父の事務所から売り出してもらおうとすら考えていたんだ、ボクは。とんだ勘違いだったわけだけれどね。だけど」
海野アオの瞳が、燃えている。
「曲さえ耳に届けられれば、父の信念を捻じ曲げられる。それだけの魅力が、『青子緑子』の歌にはある。ボクは、今みたいな同人活動に毛が生えた程度で終わるつもりなんて、さらさらないんだ」
海野アオの過去と、信念はよく分かった。
だが、今の話と、彼女がここまで学祭中庭ライブにこだわる理由が繋がらない。
「■■大学の学祭ライブには、プロが出る」
海野アオの話には続きがあった。
「そのプロを斡旋し、音響周りの手配をしているのが、ウチの父なんだ。父は必ず、学祭ライブに現れる」
「あっ」
だから、中庭ライブ!
立ち会う父に、『青子緑子』の歌を聴かせるために!
「海野さんはそのために、『キング・ホワイト・ストーンズ』を作った! お父さんに曲を聴かせるためにバンドを組み、学祭オーデに挑んだ。そういうことですか?」
海野アオが頷く。
「で、でも、そのお父さんが、たまたまこの大学の文化祭最終日ライブを仕切ってるだなんて、豪運過ぎません?」
「偶然じゃないよ。父が毎年、この大学の文化祭で仕事をしているのを調べたうえで、ボクはここに入学した」
とんでもない行動力だ。
「進路を変えてまで。いや、違うのか。海野さんにとっては、『青子緑子』こそが進路なんですね。それ以外のすべてを切り捨てることができるほどの、絶対的進路」
『優秀なドラマーが欲しい』程度の理由から、『そいつをバンドから追放させて、傷心のところにつけ込んで操縦してやろう』なんて大それたことを思いつき、実行してしまえたのは、『父に実力を認めさせ、「青子緑子」として自由に活動したい』という大目標があったからなのだ。
そこまでするのなら、もういっそのこと父と勘当して家出でもしたら?
とも思ったが、海野アオは、今回の作戦が上手くいかなかったら、きっとそうするのだろう。
でも、そこまでするのは、さすがに忍びない。
親と縁を切らずに円満に活動を認めてもらえるのなら、あわよくば父の会社の助力を得られる可能性があるのなら、見ず知らずのドラマー一人をハメるくらい、大したことはない、といったところなのだろうか。
……いや、実際にハメられた方からすれば、メチャクチャ大したことなんだけどね?
ともあれ、俺は少しだけ安心した。
海野アオの意味不明な行動には、ちゃんとした理由があったのだと分かったから。
「それでも、去年は学園祭ライブに出ることができなかった。今年が、きっと最後のチャンスなんだ。『青子緑子』に対する世間の関心は、年々低下傾向にある。そりゃそうさ。数年も経てば、中学生が高校生になる。高校生が大学生になる。大学生が社会人になる。ライフステージが変われば、一ボカロPに対する推し方のスタンスも変わる。それに」
海野アオが、シロ先輩を見た。
シロ先輩が泣きそうな顔をしている。
「このメンバーで演奏できるのは、多分、今年が最後だ」
「…………?」
俺には、一瞬、何のことか分からなかった。
が、じょじょに理解が及んでいった。
シロ先輩は確か、『傾きかけの大手ピアノメーカーの娘』だ。
ときどき、シロ先輩がイナズマちゃん先輩に、『次のお見合いが~』とか『在学中に入籍を~』といった相談をしているところを見かけたことがあった。
「ごめん」
海野アオが頭を下げる。
「皆、本当にごめん。このバンドは、『キング・ホワイト・ストーンズ』は、一から十までボクのエゴを満たすためだけの道具だったんだ。だけど、どうかボクに協力してほしい。あとニヶ月、ボクに、力と時間を貸してほしいんだ」
「ちょっと待てよ」
イナズマちゃん先輩が言った。
海野アオは、ひどく怯えた顔をした。
「今の話のいったいどこに、俺らにまで秘密にしなきゃならねぇ要素があったンだ?」
「いや、だからさ」
海野アオが、必死に説明する。
「『キング・ホワイト・ストーンズ』は、ボクにとっては目的ではなく手段なんだ。言わば、その……ふ、踏み台に過ぎなかったんだ。目的を達成したら、解散させるつもりですらあった」
「今も、そうなのかよ?」
「あ……」
突然のことだった。
海野アオが、大粒の涙を浮かべたのだ。
「あぁ……あぁああああ!」
顔をくしゃくしゃにした彼女は、幼子のように泣き出す。
「違う! この一年半はあまりにも長くて、長くて、大変で、苦労ばっかりで、最高に、最高に……楽しくて!」
海野アオが――――……アオ先輩が、号泣する。
「ボク……わ、わだじ、バンド、終わらせたくない! たとえ中庭ライブに出られなかったとしても、バンド、続けたい! でもボクは、『青子緑子』なんだ。青子緑子こそが、ボクの人生の中での一番。青子緑子のために、ボクは生きている。『キング・ホワイト・ストーンズ』は大好きだ。けど、ボクは三つも四つも『一番大好き』を持てるほど器用な人間じゃない」
「いいぜ」
イナズマちゃん先輩が、アオ先輩と同じように涙まみれなイナズマちゃん先輩が、精一杯背伸びして、アオ先輩を抱きしめる。
「俺はお前に協力する」
「ウチもや! ウチも協力する!」
シロ先輩が、アオ先輩とイナズマちゃん先輩の両方を包み込むように、抱きしめる。
シロ先輩も号泣している。
くれなゐは一人、一歩退いたところに立って、三人を見つめていた。
俺は、そんなくれなゐの手に触れる。
くれなゐは俺の手をぎゅっと握ったあと、すぐに手を解き、俺の背を押した。
アオ先輩の方へと。
俺はもう、すっかり氷解していた。
アオ先輩に対して抱いていた不信感のすべてが、綺麗さっぱり払拭されていた。
だってアオ先輩は、バンドメンバーを傷付けたくない一心で、学祭中庭ライブにこだわる理由を秘密にしていたんだ。
皆のことが大好きで、皆のことが心配で、皆のことをたくさん思いやっていて。
けれど口が下手だから、上手いこと説明ができずにいた。
だから、もういっそ内緒にすることにしたのだ。
俺を追放させたのも、きっと、何かどうしようもない理由があったからなのだろう。
なら話してくれればいいじゃないか、とも思う。
思うが、恐らくそれが、最後の『隠し事』に関することなんだろう。
いつか話してくれるといいな。
そのときは、笑って許そう。
「あのっ」
俺はアオ先輩の前に立つ。
イナズマちゃん先輩とシロ先輩が、退いてくれた。
俺は、アオ先輩と真正面から見つめ合う形となる。
「俺、その、許してもらえるのなら、もう一度、先輩のこと、アオ先輩って呼んでもいいですか?」
アオ先輩が、再び大粒の涙を浮かべた。
それから、はにかみ笑いした。
「うん。うん! いいよ。こちらからもお願いするよ、モヤシちゃん!」
こうして俺たちは、和解した。




