10曲目3
一世一代の大告白をフラれてしまった、その夜。
灯くれなゐは、アオの家に向かった。
チャイムを押す。
誰も出てこない。何
度も何度も何度も押す。
『営業はお断り――』
「アオ!」
インターホンにかじりつくような勢いで、くれなゐは叫ぶ。
「遊びに来たわ。早く中に入れなさい!」
『……遊びに? 殺しに来たって言ったほうが、まだ信憑性があるような声色だ』
「いいから、早く」
『くれなゐだけ? 他にはいない?』
「いないわよ。私がアンタの事情を知らないわけがないでしょう?」
数分して、ドアが開いた。
中から出てきたのは、
「ぷっ。ひっどい顔」
「……うるさい」
目の下にどす黒い隈を浮かべた、アオだった。
上はいつものキャミソール。
下は短パン。
相手がくれなゐだけだからか、上着は羽織っていない。
他の人の前では、どれほど暑い環境でも絶対に『手首』を見せないアオが。
「ちゃんと食べてるの?」
「……食べる時間、ない」
「そうやって自分を追い込んで」
くれなゐは、買ってきたサンドイッチの封を開けて、アオの口に無理やり突っ込む。
「悲劇のヒロイン気取った結果がこのザマってわけ? もう、オーデまで二週間しか残っていないのよ」
「言われなくても分かってる。余計なお世話――んぐっ」
くれなゐと話すアオはひどく弱々しく、目の焦点も定まらない。
口調もぶっきらぼうだ。
いつもの、ダウナーでミステリアスで自信満々な『青子緑子』は、ここにはいない。
くれなゐがよく知る、アオ。
保育園の頃からくれなゐの背中に隠れてばかりだった、弱々しい女の子だ。
そんなアオの口に、くれなゐは次々とサンドイッチをねじり込む。
「何しに来たの。無様な私を笑いに来たの?」
(何をしに、か)
部屋に上がり込んだくれなゐは、スマホを取り出す。
(私は、やっちゃんの願いを叶えてあげたい)
今から自分がやろうとしていることが、間違いなく自分の首を絞めることになるのを、くれなゐは理解している。
が、くれなゐにはこうすることしかできない。
愛する男性が、『キング・ホワイト・ストーンズ』の継続を望んだのだ。
ならば、彼のためにひと肌脱ぐしかないではないか。
(どの道、今の中途半端な状況は良くない。きっちりと決着を付けたうえで、アオと真正面からぶつかって、やっちゃんの愛を勝ち取りたい。そのためには)
まずは、アオの新曲を完成させてやらなければ。
だからくれなゐはスマホを操作し、とある音楽を再生させた。
「そ、それ……!」
曲に聴き入りながら、アオが震えだす。
「何、その曲は!?」
「『血とくれなゐ』。一年掛けて書き上げた、私の渾身の一曲よ。青子緑子好みの、カッコイイ系のハイテンポバラード。私だって、伊達に十年近くアンタのそばでアンタの曲を聞き続けてきたわけじゃないってこと」
くれなゐは、音楽を流すスマホをアオの眼の前にぶら下げる。
ニンジンをぶら下げられた馬のように、アオが食いつく。
少し面白い。
「あげるわよ、これ。どうせ、新曲なんて一ミリも書けてないんでしょ? 煮るなり焼くなり、『青子緑子』風にアレンジして使ったら良い。今ならまだ、学祭オーデにギリギリ間に合う」
「はっ、ははは……敵に塩を送るつもり?」
「別に、アンタと私は敵同士ではないでしょう? アンタの歌と、私のイラスト。私たちはいつだってチームだった」
「そうだった……そうだったね。くれなゐはいつだって、私が助けを求めたら、すかさず助けてくれた。時には、助けを求めなくても助けてくれた。そんなくれなゐの存在がとてもとてもありがたくて……少し、ウザかった」
「でしょうね。私はアンタに対して、いつだって過保護だった。でも、アンタが悪いのよ。アンタときたら、まるで捨てられた子犬のようで、哀れで、弱々しくて、放っておいたら死んでしまいそうだったから」
いつしかそれは、『今』の話ではなくなっていた。
「だからくれなゐは、私に彼をくれたの?」
「本当は私のモノにしたかったのに。アンタがあまりにも可哀想だったから、泣く泣く、アンタに譲ってあげたのよ。なのに、アンタは」
くれなゐは、アオの手首を掴む。
アオが、痛みに顔をしかめる。
あまりの怒りで、くれなゐの手が震えている。
「アンタは! 私が心から大事にしていたあの子を! まるで、遊び飽きた子供が人形を捨てるみたいに、いともたやすく投げ捨てた!
私がどれほど惨めな思いをしたか分かる? 私が断腸の思いで差し出した宝物を、アンタはほんの数ヶ月付き合っただけで、飽きて、あっさりと捨てた! 『青子緑子』という、より新しくて、より刺激的なオモチャが手に入ったから!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い! 殺してやりたい。何度そう思ったか、アンタに分かる? ……でも」
くれなゐは息を吐く。
急速に、脳が冷却されていく。
「彼が、『キング・ホワイト・ストーンズ』の継続を望んだ。だから私はこうして、アンタを助けにきてやったのよ」
アオの手首を掴んでいた手を、放す。
「……ごめんなさい。ちょっとだけ、熱くなっちゃったわね」
「い、今のを『ちょっと』で済ます度胸を、見習いたいよ」
「で、どうするの? 曲を受け取るの、受け取らないの?」
アオの目の前で、スマホをぷらぷらとさせる。
相変わらず、アオが夢中になってスマホを目で追う。
面白い。
「正直、恥を忍んでる余裕はない。もらえるのなら、ぜひ――」
「その代わり」
伸ばしかけたアオの手から、くれなゐはスマホを遠ざける。
「一つ、言うことを聞いてもらう」
「…………何?」
アオが警戒モードに移行する。
「『隠し事』」
「っ!?」
「アンタがバンドメンバーたちに隠している例のアレを、皆の前で開示して頂戴。さしずめ、『三つの隠し事』の内の二つ目ってところかしら」
「そ、それは……! む、無理。アレばっかりは、本当に」
「ふぅん。でも、このままじゃ『キング・ホワイト・ストーンズ』は終わる。『青子緑子』の夢もね。曲は完成せず、バンドメンバーは疑心暗鬼のまま、オーデは通過できず、どころか提出すら間に合わず、私たちは空中分解よ」
「…………ッ!」
アオが唇を噛む。
分かっているのだ、アオも。
現状が、どうしようもないほどに、どうしようもなくなっていることを。
「だったら」
くれなゐは、アオに対して手を差し伸べる。
「皆に全部を打ち明けて、協力を仰いでみない? 皆を、信じてみない?」
アオの瞳に涙が滲んだ。
そこで抱きしめてやるほど、くれなゐは優しくなれない。
が、突き放すほど薄情にもなれない。
くれなゐもまた、『青子緑子』なのだ。
十年の重みが、彼女をそのように定義する。
愛着も思い出も、たくさん、たくさんあるのだ。
だからくれなゐは、言葉を紡ぐ。
「大丈夫。大丈夫よ、アオ。きっと皆、受け入れてくれるから」
アオが泣く。
久しぶりに。
本当に、本当に何年か振りに、くれなゐはアオの頭を撫でた。




