10曲目『アオ先輩の真相を知ろう』
こうして、俺とくれなゐの幸せな日々が始まった。
一週間。
夏休みが始まり、俺たちは十年の隙間を埋めるように、毎日デートした。
学祭ライブオーデ用の新曲は、未だ出来上がらない。
二週間、
三週間、
四週間。
学祭ライブオーデ用の新曲は、一向に上がってこない。
海野アオはひどいスランプに陥っているようだった。
渡されたWBSは、次のとおり。
時期は既に、八月末になりつつある。
大目標:学祭中庭ライブ出場(十一月五日)
小目標:学祭ライブオーディションの最上位合格
・オーデ動画撮影・提出(担当:全員、期日:十月一日)
・新曲作成(担当:アオ、期日:八月下旬)
・作詞作曲(担当:アオ、期日:八月中旬)
・各パート編曲(担当:全員、期日:八月下旬)
・譜面起こし(担当:アオ、期日:八月下旬)
・新曲練習
・各自練習(担当:全員、期日:九月上旬)
・全体練習(担当:全員、期日:九月中旬)
夏ライブはオーデ動画提出締切が六月末だったから、四・五・六と準備期間が三ヶ月あった。
対して学祭ライブは提出締切が十月一日であり、準備期間が八・九とニヶ月しかない。
いわばスタート時点から、『一ヶ月のビハインド』状態なわけだ。
ただでさえ余裕がないというのに、既に八月が終わろうとしている。
海野アオが新曲を書き上げなければ、俺たちは編曲作業も練習も、何もできない。
ここのところ、練習の時間はいつもピリピリしていて嫌な感じだ。
海野アオは、日に日に憔悴していく様子だった。
俺はくれなゐとのカレカノ生活を満喫しつつ、ドラムの自主練に打ち込んでいた。
海野アオがどれだけ高難易度な曲を書いてきても、どれだけ無茶な要求を突きつけてきても、余裕で叩ききってやるために。
まずは、現在の最高速度である272bpm(秒間九回)の持続時間の向上。
毎日足が吊るまで貧乏ゆすりし、指が痛くなるまでスティックを振り続けた。
余談だが、ドラムは腕力ではなく、重力と速度で叩く。
人差し指と親指でスティックを軽く保持し、残る三本の指でスティックを弾くことで、超高速のビートを実現させる。
貧乏ゆすりと指の痙攣を故意に引き起こし、1bpm刻みで制御させるのだ。
訓練の甲斐あって、俺は272bpmを半永久的に(少なくとも一時間は難なく)継続できるようになった。
次に、最高bpmの向上。
これも訓練内容は同じ。
貧乏ゆすりと指の痙攣だ。
八月いっぱい、これを続けることで、俺は前人未到の300bpm(秒間十回)目前まで速度を伸ばすことができるようになった。
もっとも、295を超えてしまうと、一分と保たない。
恐らく、人体の構造上、この辺りが限界なんだろうと思う。
さらに、あらゆる速度下での安定した演奏の練習。
120~290bpmのあらゆる速度において、1bpmのズレもなく叩けるように徹底的に訓練した。
そんなふうにして、俺は俺自身をストイックに、徹底的に鍛えた。
海野アオのことは許せないが、だからといってドラムやバンドのことで手を抜くつもりは一切なかった。
また、無駄かもしれないと思いつつも、海野アオが早く課題曲を上げられるように働きかけたりもした。
例えばある日の練習中、
「海野さん、もう時間がありません。新曲にこだわらず、既存曲――『青子緑子』として発表済みの曲でも良いのでは?」
俺は、海野アオに意見してみた。
「練習不足で中途半端な曲をオーデに提出して、落選してしまったら元も子もありません」
「駄目だ。中庭以外――部活棟ライブハウス枠や、食堂棟中庭枠なら、既存曲でも獲れるだろう。けど、中庭枠を勝ち取るには、既存曲では足りない」
「どうしてですか。それこそ、百数十万再生を達成した『青と緑のハザマで』や、社会現象を巻き起こしてMADが大量に生み出され、五百万再生を達成した『セイテンノヘキレキ』のような名曲がたくさんあるじゃないですか。『ホワイトアウト』なんかもメチャクチャ良曲ですし」
「そうだよ。『青子緑子』のことを知らない人ですら耳にしたことがあるような曲だ。そんな曲を、今さら劣化コピーであるボクらが生演奏したとして、ウケると思うかい?」
「それは……」
「言っちゃ何だけど、ボクの曲はボカロ・ボイロに特化した打ち込みの曲だ。打ち込みの曲は、打ち込みでこそ真のポテンシャルを発揮する。なるほど確かに、モヤシちゃんのドラムは素晴らしい。くれなゐのギターも、イナズマちゃんのベースも、シロのシンセも、そしてボクの歌も、かなりのものさ。事前知識無しで聴いたら、魅了されること間違いなしだ」
「でしょう? だったらやってみましょうよ。俺、『青子緑子』の全十四曲をこの一ヶ月で完コピしてきましたよ」
「ふぅん、全十四曲を……って、全部!? 完コピ!? たったの一ヶ月で!?」
「はい」
「それは……ありがとう。すごく嬉しい」
「別に、海野さんのためというわけでは……。思うところはあっても、俺は『キング・ホワイト・ストーンズ』のドラムですから」
「そう……だね」
海野アオはしょんぼりとうつむいてしまった。
わざわざ言うべきではなかったのかも、とも思った。
が、言わずにはいられなかった。
俺もまだまだ子供なのだろう。
「確かに『青子緑子』の既存曲はどれも魅力的だ。けれど、コピーは所詮、コピー。打ち込みを無理やり再現しただけだ。ウチの部には『青子緑子』のファンが多い。審査員が誰になるのかは分からないが、まぁ間違いなく『青と緑のハザマで』を何度も聴いた人が選考することになるだろう。となると当然、ボクらが提出した音源を、オリジナルである打ち込みとの差異――つまり欠点を探す形で聴くことになる。どうしたって、加点方式ではなく減点方式で曲を聴いてしまうことになるんだ」
そういうものなのだろうか。
「だったら、未発表かつ作曲済みのものはないんですか?」
「ないことも、ない。けど」
「聴かせてください」
「う、いや……」
「俺様も聴いてみたい」
「ウチもウチも!」
バンドメンバーからの圧に押され、海野アオはノートPCをスピーカーに繋げた。
「「「あー、これは」」」
俺、イナズマちゃん先輩の、シロ先輩の声が重なった。
「気分転換に作った曲さ。いかにもライブ受けしそうな、生演奏にピッタリの普通のロック。こんなの、『青子緑子』の曲じゃあない」
「でも、良い曲じゃねぇか!」
イナズマちゃん先輩が、ベベベベバラベキベキっとスラップを効かせて音源にベースを被せた。上手い。
「俺は大好きだぜ、こういうの」
シロ先輩が続いたので、俺もドラムを載せた。
くれなゐだけは演奏もせず、無言だった。
「俺も、すごく良い曲だと思いますけど」
「ありがとう。でも、これじゃダメなんだ。これは『青子緑子』じゃないから。『キング・ホワイト・ストーンズ』はあくまで『青子緑子』のコピーバンド。ボカロ前提ではない曲でオーデを通過しても、意味がない」
「意味がないってことはないでしょう」
「オーデに使った曲は、必ず本番でも演奏しなくちゃならないルールなんだよ。こんな普通のバンドの曲を中庭で演奏してしまったら、お父さんに――」
そこまで言って、海野アオは『しまった』という顔をした。
それっきり、海野アオはまるで砂抜き前の貝のように口を閉じてしまった。
例の『三つの隠し事』の一つだろうか。
あれこれと話しかけてみたが、海野アオは頑として喋ろうとしなかった。
海野アオがここまで非協力的である以上は、もうどうしようもない。
また別の日には、『中庭にこだわり過ぎなくても良いのでは?』とも聴いてみた。
学祭ライブには三つの枠がある。
中庭枠と、
部活棟ライブハウス枠と、
食堂棟中庭枠だ。
確かに最も多くの人が集まるのは中庭枠だが、先輩方の話では、他の二つの枠でも、百人以上の観客は集まるのだそうだ。
だったら、できるかどうかも分からない新曲に賭けるよりも、『青子緑子』の既存曲を時間を掛けて練習し、手堅くライブハウス枠か食堂棟枠をゲットすれば良いのでは、と意見してみたのだ。
結果は、
「ダメだ!」
の一点張り。
「ダメ……絶対にダメ。中庭ライブじゃないと意味がないんだ。ボクはそのために、そのためだけに、■■大学に入ったんだから……」
また、『隠し事』に関する新たな手掛かりが出てきたようにも思えたものの、肝心なことは何一つ答えてくれない海野アオなのだった。
そんなふうにして、さらに二週間が過ぎた。
九月中旬。
オーデ動画提出期日の十月一日まで、残すところ、あと二週間と数日。




