9曲目3
デート。
デートである!
付き合いはじめて初の土曜日に。
いつもより少し着飾ったくれなゐに手を引かれ、俺は街に出てきた。
「街に出て――」
くれなゐが爽やかに微笑んでいる。
「最初に入るのが楽器ショップだなんて、私たちも筋金入りのバンドマンですね」
■■大学のふもとから阪急電車に乗り、揺られることぴったり三十分。
大阪梅田に降り立った俺たちが最初に向かったのは、駅前の大手楽器チェーン店だ。
「『筋金入り』って、平成か」
「昭和かも知れません。ふふっ、イナズマちゃんの影響ですね」
今日のくれなゐには、いつもまとっている暗さ――鬱屈した何かが感じられない。
とても爽やかで、何というか輝いているんだ。
「何かプレゼントさせてよ」
くれなゐが手を絡めてきたので、俺は握り返す。
「貧乏だから高い物はムリだけど」
「じゃあ、コレは?」
くれなゐが示したのは、
「ピック!」
色とりどりのピックが並んでいる。
くれなゐがピックを左手に取る。
ピックに負けず劣らず、くれなゐの指先もカラフルだ。
くれなゐは演奏しないとき、左手指にカラフルな絆創膏をしている。
『青子緑子』の超絶高速ギターを弾きこなすために、血豆が絶えないからだ。
くれなゐは、そんな手指を『女性らしくない』と恥じている。
カラフルな絆創膏は、そんな彼女の気持ちの裏返しだろう。
けれど俺は、そんなくれなゐの手指を美しいと思う。
だって、いくら敬愛する『青子緑子』のためだからって、血豆ができて、その血豆がつぶれるような演奏を、毎日毎日続けているんだぞ?
並みの精神力じゃ無理だ。
俺なら泣いて辞めてるね。
夏ライブの最中なんて、くれなゐ、左手から血を流しながら演奏し続けていた。
俺はそんな、仲間想いで負けず嫌いなくれなゐのことを『美しい』と思う。
♪ ♪ ♪
――コンコンコン、コンコンコン
俺はドラムコーナーで、バラ売りのスティックを手に取り、その先で後頭部を叩く。
――コンコンコン
骨伝導で音が脳に直接聴こえてくる。
また別のスティックを手に取ると、
――コァンコァンコァン
音が違う。
さっきの一本より高い。
さらに別のスティックを手に取ると、
――コォンコォンコォン
一転して低い音が返ってくる。
これは、各スティックの木の密度が違うからだ。
木の密度が違うと、ドラムを叩いたときの音が変わる。
軽いスティックなら軽快な音に、重く高密度なスティックなら重厚な音になる。
スネアを両腕で連打したときに、決定的な違和感を生じさせてしまうのだ。
YAMAHAやTAMAみたいな一流企業のスティックですら、これほどの個体差がある。
スティックというヤツは、一本一本が全然違う生き物なのだと、俺は思っている。
気にしない人は、気にしない。
スティックなんて所詮は木の棒だから、何週間、何ヵ月も使い続けてたら摩耗したり欠けて重量が変わるし、そもそもその日の湿度で重さが変わる。
どれだけ丁寧に使っていても、リムショットを多用していればスティックの根元が削れていき、やがてひび割れが生じ、そこから欠けが生じていって、最後にはスティックが真っ二つだ。
だから、そんなに神経質に選んだところで、あまり意味がないとも言える。
でも、俺は気にする。
すごく気にする。
なぜって、俺が『キング・ホワイト・ストーンズ』のドラマーだからだ。
『青子緑子』の曲は本来、打ち込み。
腕の左右でスネアの音が変わるなんてあり得ない。
俺のドラムに求められているのは『ライブ感』ではなく『再現性』だ。
俺は海野アオに、手ひどく裏切られた。
けど、俺は依然として『キング・ホワイト・ストーンズ』のドラマーだ。
少なくとも、当初誓ったとおり、十一月の学祭ライブまではバンドに留まるつもりだ。
海野アオが俺を欺いたからといって、俺がドラムで手を抜いて良いことにはならない。
「いいスティックは見つかりそうですか?」
くれなゐが寄ってきた。
そのまま手でも握ってくるかと思いきや、俺のスティック選びの邪魔にならないところギリギリで立ち止まる。
楽器やスティックは、バンドマンにとって武器。
武器選びの邪魔はしないと言う訳だね。
さすが、くれなゐも筋金入りのバンドマンだ。
――カンカンカン
「ヘンなことしてるって思わないんだね」
「密度を揃えているんでしょう? スティック選びの基本です。……嬉しい」
「嬉しい?」
「あ」
くれなゐが『しまった』という顔をして、
「な、何でもないですっ」
「ん?」
下手な詮索はしないほうが良いだろう。
「あ、ええと……そう言えば、くれなゐってドラムもできるんだよね」
「できるどころか――あ」
「何さ」
「何でもないです!」
「そう?」
俺はスティック選びに集中する。




