1曲目3
「ご、ごごごごめんなさい!」
DOGEZA。
ジャパニーズ土下座。
日本伝統の、最上位の謝罪方法だ。
僕は部屋の隅で床に額をこすりつける。
「許してください、何でもしますから!」
「ん、今何でもするって言った?」
ちゃんと服を着た先輩が、ほんのわずかに微笑んでみせる。
今日の先輩も、碧をアクセントにしたキャミソールに、革ジャンとホットパンツというスタイルだ。
「エッアッソノゥ」
「冗談だよ。ボクにも非があった。キミを家に持ち帰ったのはボクだし、キミが寝ている横で無防備にシャワー浴びてたのもボクだし、鍵掛け忘れてたのもボクだし。それよりも」
先輩が、ずずいと詰め寄ってきた。
めちゃくちゃ良い匂いがする。
「何を見たの? 言ってごらん」
「エッナニッテソレハ」
「上から順に、一つずつ。お風呂場で、キミは、ボクの、何を見たの?」
何その共同羞恥プレイ!?
「そ、その……綺麗な顔と」
「お、うん」
「濡れた髪と」
「うん」
「む、胸と」
「ふふふ、Eカップだよ」
「引き締まったお腹と」
「ありがとう」
「そ、鼠径部と」
「ずいぶんエッチな単語を知っているね」
「その下の……」
「よく聴こえない。はっきり言ってごらん」
その後も根掘り葉掘り事情聴取された後で、僕はようやく解放された。
「うん。まぁ、分かった。――良かった」
先輩はほっとした様子だ。
『良かった』って、どういうこと?
あっ、そうか。
お尻に、子供の頃に消える青いやつ――なんて言ったっけ、そう、蒙古斑。
大人になっても蒙古斑が消えない人は一定数いるらしくて、アオ先輩はそれを恥ずかしがっているってことだな?
なぁんだ、そんなの気にしなくて良いのに。
いやまぁ、うら若き乙女にとっては死活問題なのかな?
ふふふ、アオ先輩のアオい蒙古斑。
なんて面と向かって言ったらぶっ殺されそうだけど。
「アッソノゥ……お詫びに何かさせてください」
「だったら、ボクのバンドに入ってよ。ちょうどドラマーを探しててさ」
「それはもちろん、喜んで! でも、それじゃむしろご褒美というか、プラスで何かお礼を返さないといけない気ががががが」
「えっ、良いの!?」
先輩が目を輝かせる。
デフォが無表情なだけに、めちゃくちゃ可愛らしい。
「本当に!? 本当にドラムやってくれる!? まだボクらの演奏も聴いていないけど」
「あー」
それは、確かに。
夏野は、性格はあんなだったけど歌とギターは上手かった。
駿河くんのベースもものすごく安定していた。
ギスギスはしていたけど、あれはあれでなかなか高レベルなバンドだったんだ。
ひるがえって、もしもアオ先輩のバンドがド下手くそだったとしたらどうだろう。
バンドを組むのはモテるための手段ではあるけれど、僕にだってドラマーとしての矜持がある。
それに、演奏を聴きもせずにバンドに加入しようとするのは、バンマスのアオ先輩に対しても不誠実だ。
これじゃまるで、先輩のカラダ目当てみたいじゃないか。
「そうですね。一応、先輩方の演奏を聴かせていただいてからでも良いですか?」
建前上、そう言ってはみたものの、僕に不安はなかった。
先輩の美声はもちろんのこと、足の踏み場もないほどそこかしこに散らばっている音楽系の雑誌や専門書とか、めちゃくちゃ散らかってるくせにキーボード周りだけはきちんと片付けられているところとか、壁に立てかけられた年季の入ったエレキギターとか。
そういった諸々が、アオ先輩のバンドマンとしてのレベル、完成度合いを示していたからだ。
それに、それにだ。
先輩には、なぜだか、何とも言えない『懐かしさ』を感じるんだよね。
昨日が初対面だったはずなのに。
前世で一緒にバンド組んでいた、とか?
まさかね。
「あ、そうだ。片付けと掃除をさせていただく、というのはどうですか? お詫びに奢れるほどお金に余裕もないので。あっ、私物を他人に触られるのが嫌とかなら断っていただいても」
「んー、じゃあお願いしようかな。ボクは朝ご飯買ってくるから」
そう言って、アオ先輩は出ていってしまった。
部屋に男一人残して、不安はないのだろうか。
信頼されてるってこと?
ほぼ初対面のはずなんだけど。
まぁ先輩が独特なんだろう。
それにしても、散らかってるなぁ。
これはもはや『汚部屋』一歩手前の様相だ。
美人で大人気ボカロPで完璧超人だと思ってたけど、アオ先輩ってば意外と私生活はポンコツなのかもしれない。
典型的なラノベヒロインだ。
床に散らばる書籍を拾い上げ、分類していく。
音楽系の雑誌、流行りのアーティストの楽譜、作詞作曲の専門書、そして小説。
「ん、小説?」
拾い上げてみれば、
「村上龍『コインロッカー・ベイビーズ』」
読んだことがある。
コインロッカーに置き去りにされた主人公キクと、同じく遺棄乳児ハシの人生を描いた物語。
人気歌手を目指すハシが、魅力的な歌声を手に入れるために舌の先をちょん切るシーンは、トラウマものだ。
小学生高学年の頃、僕は一時期小説にドハマリしていた時期があって、学校の図書館で片っ端から小説を読み漁っていたものだった。
それを確か、当時付き合ってた――と言ってもおままごとみたいな関係だったけど――彼女にも薦めたりしてたっけ。
「アオ先輩、こんなの読むんだ」
本を棚に戻し、脱ぎ捨てられた衣類を洗濯かごに放り込み(黒の下着には心底ビビった)、掃除機をかける。
台所の隅に積み上げられている空き缶を水洗いして、市指定のゴミ袋へ放り込んでいく。
こんなズボラな生活をしているのに洗い物が溜まっていないということは、まったく自炊していないな、先輩。
掃除も佳境に差し掛かった頃、
「はい、コレ」
先輩が戻ってきた。
サンドイッチと菓子パンを投げ寄越してくる。
「モヤシちゃんの分だよ。飲み物は、紅茶かインスタンスコーヒーならあるから」
「わっわっ。おいくらですか?」
「いいよ。出世払いだ。おおお、何も踏まずに歩ける!」
「あ、あはは……」
文字どおり、『足の踏み場もない』状況でしたからね。




