8曲目2
撤収作業の後は、打ち上げだ。
とても参加できるような精神状態ではなかったが、出演者である以上、参加して、渉外と一緒に他部・サークルとの顔繋ぎに従事し、またライブ成功のために奔走してくださった部員たちにお礼を言って回らなければならない。
駅前の大手チェーンの大部屋で、二百人近くの若者たちがワイワイとやっている。
『キング・ホワイト・ストーンズ』のメンバーはバラけていた。
海野アオはもちろん、イナズマちゃん先輩も、シロ先輩も、くれなゐ先輩も。
皆よそよそしくて、別の輪に入ってしまった。
分かってる。
バンドメンバーで顔を突き合わせたら、さっきのことについて海野アオを問い詰めてしまいそうになるからだろう。打ち上げの場を険悪にするわけにはいかない。
挨拶回りの後、俺はドラムパートの輪に入って過ごした。
「今日の演奏、何だったんだよ」
本山先輩――『キング・ホワイト・ストーンズ』に入りたくても入れなかった、例の先輩が俺に声を掛けてきた。
「ずっとメトロノームで見てたけど、数bpmズレてた。そりゃ客には気付かれないレベルだが、1bpmのズレすらないお前の演奏に惚れたからこそ、俺は身を引いたのに」
本山先輩の言葉からは、底知れない怒気が滲み出ていた。
「次に適当な演奏したら、許さない」
「……すみません」
「まぁ、何かあったってのは分かってるよ」
『キング・ホワイト・ストーンズ』の様子が変なことに、先輩も気付いている様子だった。
先輩が肩を叩いてくれる。
何だかんだと言っても、優しい人なんだ。
「けど、そんなのは関係ない。ドラムパートの中にも、出演できなかった奴はいるんだからな」
「はい」俺は頭を下げる。「貴重なアドバイス、ありがとうございます。肝に銘じます」
♪ ♪ ♪
翌日、午後。
『キング・ホワイト・ストーンズ』の練習のために、俺は部室に訪れた。
「アオ、説明しなきゃなンねぇことがあるんじゃねぇのか!?」
防音扉を開けるなり、イナズマちゃん先輩の怒号が耳に飛び込んできた。
「イナズマちゃん!」
シロ先輩が、イナズマちゃん先輩を羽交い締めにしている。
「……そうだね」
対する海野アオは無表情だ。
「けど、せっかくこうして部室を取っているんだ。練習しなきゃもったいないだろう? それに、他部員の目もある」
……確かに。
部室の外には、前のバンドや自主練に来ている部員などがいた。
昨日のことが早くも噂になっているのか、彼らは俺のことをチラチラと見ていた。
防音扉とはいっても、多少の音は外に漏れる。
だから、いつまで経っても音楽が始まらなかったら、『中で揉めてるのかも』と勘ぐられる恐れがある。
海野アオの言っていることは、正論だ。
「けっ。どの口が」
吐き捨てるようにそう言ったものの、イナズマちゃん先輩は大人しくベースのセッティングを始める。
「では、まずは『もやしマシマシロックンロール』から。モヤシちゃん、カウントお願い」
海野アオの、俺に対する呼び方が元に戻っていた。
まぁいい。
むしろ、『やっちゃん』なんて親しく呼ばれたら嫌悪感を覚えるところだから。
「はい」
カウント代わりのハイハットを四回。
演奏が始まる。
俺は、272bpmの曲を難なく叩けてしまった。
『スーパーモヤシモード』とかいうおかしなモードには入っていない。
ただの、素の状態の俺が、まだまだ速度を上げられるほどの余裕さで、楽々と叩けてしまった。
何のことはない。
単に、俺は成長していたんだ。
四ヶ月、毎日のように『もやしマシマシロックンロール』を叩き続けてきたことで、272bpmを余裕で叩きこなせるほどに、俺の貧乏ゆすりとビートの速度が高まっていたんだ。
『海野アオと気持ちが通じ合ったから』とか、『未知の力に目覚めたから』とか、そういうラノベやマンガに出てきそうな理由ではなかった。
ただ単に、四ヶ月に渡る俺の努力が実を結んだ結果に過ぎなかったんだ。
薄ら寒い充足感が、俺の胸を満たす。
俺、何のためにバンドやってるんだろう……272bpmの16ビートを苦もなく叩きながら、俺はぼーっと考えていた。
最初は、モテたいからだった。
小学生の頃からドラムにだけは自信があって、身長でも勉強でもスポーツでも同級生たちに追い抜かれていった中学高校時代の中でも、ドラムだけは誰にも負けずにいたから、『ドラムだけが、僕に残された最後の砦なんだ』と思っていた。
『だから、ドラムを活かして大学生デビューしてやるんだ』
って。
それが、夏野のバンドから追放されて。
追放されたその日に、アオ先輩に拾われて。
その日から、俺がバンドをやる理由が変わった。
最初は義務感だった。
アオ先輩に拾ってもらったあの日、俺はアオ先輩に誓った。
『ようこそ、ボクたちのバンド――キング・ホワイト・ストーンズへ! 今日からキミが、ウチのドラマーだ。最高の演奏を頼むよ?』
『はい! アオ先輩のご期待に添えるよう、全力を尽くすと誓います!』
その言葉のとおり、俺は全力で練習に取り組んだ。
その結果が、今の俺だろう。
バンドに入ったことで、ある意味、『モテるため』という目的は満たされてしまった。
右を見ても左を見ても美女・美少女揃いな『キング・ホワイト・ストーンズ』の中でチヤホヤされて、俺は毎日が楽しかった。
俺の元カノを名乗るくれなゐ先輩もいたし、くれなゐ先輩は俺に好意的だったから、その気になればくれなゐ先輩と付き合えるかも、とも思っていた。
バンドに入って一週間も経つ頃には、俺の『バンドをやる理由』が変化しはじめていた。
アオ先輩だ。
クールでミステリアスで格好良くて可愛くて、だけど生活力皆無で抜けてるところもあって、そんなギャップがまた可愛い女の子。
そんな彼女の顔を、すぐそばで見ていたかった。
彼女の歌声を、特等席で聴いていたかった。
それが、俺が『キング・ホワイト・ストーンズ』でドラムを叩く理由になっていた。
今なら分かる。
最初は恩義だと思っていたけど、違ったんだ。
俺は最初っから、アオ先輩のことが好きだった。
アオ先輩の、あの凛々しくも可愛らしい姿に一目惚れして、あの魅力的過ぎる声に一『耳』惚れした。
そう。
単純に、アオ先輩のことが好きだったんだ。
ずっと一緒にいたったんだ。
けれど、アオ先輩は――海野アオは、俺を最悪の形で裏切った。
裏切ったんだ。




