7曲目2
「なるほどなぁ~」
シロが、顔を真っ赤にしながら天を仰いだ。
「ウチらに隠れて、熱烈なハグを。薄々気ぃ付いとったけど、まさかそこまで過激なことになっとったとは」
「過激? どういうことだ?」
イナズマが、曇りのない眼で言った。
「ただのハグだろ?」
「ん? あー。せ、せやで~」
シロが何かをごまかすかのように、イナズマをぎゅっと抱きしめる。
「ハグや。仲良しハグ」
「おう! ぎゅーっ」
そうやって抱きしめ合う二人を見ていると、アオは心がきゅっとなる。
二人の姿は、否応なく恋人のカンケイを想起させる。
(やっちゃん……)
アオは思い出す。
十年前の日々を。
自分が犯した、許されない『罪』を。
(やっちゃんは、忘れている。ボクの狙いどおりに。でも、これ以上親しくなってしまったら、きっとやっちゃんはこの壮大な『勘違い』に気付いてしまう。十年前の『あのこと』が、露呈してしまう。せっかく彼が忘れてくれているのに。こうして準備に準備を重ね、ここまで上手くやってきたのに、すべてがぶち壊しになってしまう。そうしたら、やっちゃんは絶対に、ボクを嫌う。やっちゃんに嫌われてしまったら、ボクはもう生きてはいけない。だから)
「何をそんなに悩んでンのか知ンねぇけどよ、お前はモヤシのことが好きなんだろ?」
「ち、違う。ボクはそんな」
「何でだよ。モヤシのことを見ていると、ドキドキして集中できなくなるってさっき自分で言ったじゃねぇか。モヤシのことを考えると他のことが手につかなくなるから、それが怖くて距離を取ろうとしてるンだろう? それが『好き』でなきゃ、何なンだよ」
「!」
「そんなに好きなら、さっさと告白してガツンと抱かれりゃいいンだよ」
「そんな簡単な話じゃ――え? え、ええっ!? だっ、抱かれっ、ええええ!?」
アオの記憶が正しければ、イナズマはこう見えても箱入りで、処女で乙女で異性との交際経験も皆無のはずだ。
そんなイナズマの口から飛び出した、あり得ないほど過激な発言に、アオは混乱する。
「あー、あーっ」
シロが慌てた様子で、
「せやな、ハグや。仲良しハグ、仲直りハグやな」
「そうそう。俺たちだって、ケンカしたときはよく仲直りに抱き合うもンなっ」
「ハグな、ハグ」
そう言って、イナズマを後ろから抱きしめながら、冷や汗ダラダラのシロ。
(なるほど、シロの仕込みか)
何やら百合の波動を感じる。
きっとシロがイナズマに対して、無知シチュ的なナニカを仕込んで楽しんでいるのだろう。
罪深いことだ。
(シロもシロで、闇が深いなぁ。けど)
イナズマの言葉は、示唆に富んでいた。
図星だったのだ。
モヤシを見ていると、夢中になる。
モヤシのことを考えると、何も手につかなくなる。
アオは、それが怖いのだ。
実際、『もやしマシマシロックンロール』を書いてからもう四ヶ月にもなるのに、アオは未だに新曲を出せていない。
曲なんて、そうポンポン書けるものではない。
ないが、それでも数ヶ月に一曲は出し続けなければ、フォロワーたちに存在を忘れ去られてしまう。
先日、恐る恐る確認したところ、ニコ動の『もやしマシマシロックンロール』動画(最後の投稿動画)に『失踪』タグが付いていた。
『青子緑子』としての活動が人生のすべてであるアオにとって、『失踪』タグは恐怖の象徴だ。
現代の若者は、インスタンス思考だ。
ハマるのも推すのも早いが、忘れるのもまた早い。
四ヶ月と言ったら一年の三分の一。
一年と言ったら、言わずもがな一年生が二年生になるほどの長い長い期間だ。
それほどの期間の三分の一。
忘れるには十分な時間だ。
このままでは、青子緑子が忘れ去られる。
青子緑子が死んでしまう!
(やっちゃん――いや、モヤシちゃんに嫌われたくないだの何だの言っても、本心はただの保身だ。相変わらず、ボクは薄汚い人間のまま。十年前から何も変わっちゃいない。こんなボクに、モヤシちゃんを愛する資格なんて、ない……)
「善は急げ、だ」
イナズマが立ち上がった。
「俺様がモヤシを呼んできてやる」
「まっ、待ってくれ!」
アオは必死で、イナズマを引き止める。
「キミたちは勘違いをしている。ボクがモヤシちゃんを好きになることは、絶対にない!」
♪ ♪ ♪
俺は、混乱している。
バンド練習のために来てみれば、部室棟の片隅――人通りが滅多にない二階の廊下の隅から先輩たちの声がした。
合流しようとしたら、俺の名前が出てきた。
だから思わず立ち止まり、廊下の角に隠れてしまったんだ。
盗み聞きは良くない。
今直ぐ立ち去るべきだ――そう思ったが、動けなくなった。
「ボクがモヤシちゃんを好きになることは、絶対にない!」
アオ先輩の、凍りつくような冷たい言葉を聞いてしまったからだ。
初めて聞く、底冷えするようなアオ先輩の声。
足が震える。
視界が狭まる。
動悸が激しくなる。
俺はたまらず逃げ出した。




