6曲目2
『夏ライブ』は我ら■■大学軽音楽部が主催するイベントで、夏休み前の八月一日に開かれる。
場所は食堂棟の中庭で、本校舎中庭に次ぐ人気ステージとなっている。
食堂棟は部活棟の隣に立っており、文字どおり食堂と、大小三つの売店を有しているため、暇な学生の大半がこの地区に集まるからだ。
人通りが多ければ、自然と観客も多くなるというわけだ。
機材は、軽音楽部の部室に置いてあるニメートル級メインスピーカー×四と、多数の返しスピーカー、PA機器、そして軽音楽部ドラムパート所有のドラムセットを下ろしてくる。
普通、メインスピーカーほどの巨大な機材を丸一日レンタルすると、目ん玉が飛び出そうになるほどのお金が掛かる。
PAまで派遣してもらうとなると、更に二倍、三倍の値段になる。
ならば、とライブハウスを借りると数万円から掛かってしまうため、バンドマンたちはキツいチケットノルマに悲鳴を上げることになる。
その点、俺たち軽音楽部は強い。
機材もPAもすべて時前だからだ。
必要なお金は、ビラの制作・印刷費くらいなもの。
ほぼ無料で参加できるということで、■■大学の軽音系部活・サークルのほぼすべてがこぞって参加する。
参加部・サークルが多いから、参加者が集客した観客も多い。
■■大学の、夏の一大イベントだ。
部員百数十名のマンパワーは伊達ではない。
元気の有り余る男子パワーで、巨大なメインスピーカーを、超重量な一メートル級ベースアンプを、PA機材や何十個ものマイクを、三階の部室からあっという間に下ろしてしまった。
かく言う俺も、ドラムセットを下ろした。
部室にどっしりと根を張ったドラムセットをパートリーダーが指差して、『さぁ、下ろすぞ』と言ったときには『?????』となったものだった。
が、先輩ドラマーたちは――件の山本山先輩も含めて――歴戦の手さばきであっという間にドラムを解体してしまい、あれだけ大きかったはずのドラム『セット』を、スネア、シンバル、ハイタム、ミドルタム、ロータム、バス、クラッシュシンバル×二、ライトシンバルという小さな『部品の集まり』に変えてしまった。
そうなったらもう、女子の細腕でも十分運べる。
俺もけっしてマッチョな方ではないが、バスドラムを抱えて難なく階段を降りることができた。
そんなわけで、俺もドラムパートとしての仕事に従事し、その後は『キング・ホワイト・ストーンズ』のドラム担当として、PAさんたちの音作りに付き合わせてもらう、という貴重な体験をさせてもらった。
それも終わったところで、時刻は十九時半。
食堂棟の中庭では、部員たちが右往左往と忙しい。
各部員は演者であると同時に裏方でもある。
『広報』は広報活動のために看板作りやビラ作り。
『渉外』はタイバン(軽音楽部以外の軽音系部活・サークル)との交渉。
『MC』は文字どおりMCの仕込みに忙しい。
中でも忙しいのはPAで、合計二十数組にもなる夏ライブ参加バンドたちの音作りを延々と行っている。
PAの方々には、本当に頭が上がらない。
彼ら無くしてライブは成り立たない。
多忙な方々がいる一方で、俺はもう今日の仕事をすべて終えてしまった。
手持ち無沙汰だ。
「はほひゃひはへふ?」
俺がテラスの椅子に座って部員たちを眺めていると、アオ先輩がやって来た。
手には出来立てアツアツのタコ焼き。
マヨネーズが掛かってる。
学生を目当てに大学に面した道路でいつもやっている屋台のヤツだ。
「もらいます。一個おいくらですか?」
財布を出そうとする俺の手を、
「ほふへふにはははほ」
アオ先輩が握った。
「良いんですか? アオ先輩って基本、常時金欠じゃないですか」
先輩は大人気ボカロPだけど、商業活動は――同人レベルの小規模グッズ販売以外は――やっていない。
ニコ動やYouTubeの収益といっても大したものではなく、
動画のためのイラスト発注費や、
楽器、
作曲活動用機材・PC・ソフト、
音楽研究のための書籍・雑誌購入費、
音楽購入費や各種サブスクなどの必要経費に当てて、
あとは大学の教科書参考書・家賃・食費・光熱費・通信費・服飾・美容などに人並みにお金を使ったら、もうほとんど残らないのだそうだ。
『確定申告要らずだから、楽でいいよ』
なんてうそぶいていた。
「ひふへいは。ほふにはっへへ、はわひぃほーはいをへひはふふはいほはひひょうは――」
「先輩、アオ先輩、ちょっと待って。さすがに長文過ぎます。聞き取れません」
「もぐもぐごっくん。失礼な。ボクにだってね、可愛い後輩を労うくらいの甲斐性はあるのさ」
アオ先輩は周囲を見回して、
「よし、くれなゐはいないね。ほら、少年。あーん」
「先輩はまた、そうやって俺をからかって……もがっ、もぐもぐ」
「んふふ」
と真顔で笑うアオ先輩。
「文句言いつつも、ちゃっかりあーんされるんだから。本当、モヤシちゃんは可愛いなぁ」
そう、いつもの真顔モードだ。
辺りはすっかり暗くなってしまったから、詳細な顔色までは分からないが。
「ごっくん。思わせぶりな態度ばかりして。いい加減、勘違いしますよ。いいんですか?」
「生意気な口だね。もう一個あげよう。誰が、ナニを、勘違いするって?」
「ですから、俺が、先輩に――もがっ」
そのとき。
そのとき、軽音楽部が持ち込んだ照明が、ぱっと辺りを照らした。
「わっわっ」
アオ先輩が、慌てて顔を、暗がりの方へ逸らした。
だけど、俺はばっちり見てしまった。
先輩の、耳まで真っ赤に染め上げた、可愛い顔を。
だらしなく口元を緩ませた、照れ顔を。
もしかして。
もしかして、勘違いではないのではないだろうか?
俺は今まで、先輩が顔を赤らめるのは、叡智なことをしているからだと思っていた。
相手がたとえ興味のない男でも、胸やら全身やらを触られれば、そりゃ顔が赤くもなるだろう、と思っていたんだ。
けれど。
それだと、今、このシーンで先輩が顔を赤くしていたことに説明がつかない。
もしかして、先輩は俺に気がある――とまでは言わないまでも、異性として多少は意識してくれているんじゃないだろうか。
単なるオモチャ、ドラムの付属品、人間メトロノームとしてではなく、男として見てくれているのではないだろうか。
告ったら、ワンチャンあるのでは?
いやいやいや、バンドを壊すわけにはいかない。
バンド内恋愛は破滅への入口。
アオ先輩は『キング・ホワイト・ストーンズ』のバンマスで、尊敬できるミュージシャンで、大人気ボカロP。
意識するな意識するな意識するな。
性的な目で見るな。
心頭滅却!
……だ、け、ど。
「せ、先輩……俺」
だけど、この気持ちをごまかし続けるのも、いい加減つらくなってきていた。
だって、今日は七月四日。
アオ先輩に出逢い、拾ってもらったあの日から、もう三ヶ月が経過したんだ。
俺はあの頃から、ずっとずっとずーーーーっとガマンしてきた。
毎日毎日、この憎たらしいほど可愛い顔を見せつけられて、『スーパーモヤシモード』起動のために過剰なスキンシップをされて、それでもなお、ガマンし続けてきたんだ。
いい加減、そのガマンも限界だった。
「俺、先輩のことが――」




