5曲目3
「無理です無理です無理です絶ぇっっっっっ対に無理です死んでしまいます!」
「大丈夫大丈夫。路上と言っても学内だから」
「いやいやいや、むしろ学内の方が人通り多いじゃないですか! っていうか、そんなゲリラライブして怒られないんですか?」
「ガチ路上で無許可でやったら警察が来ちゃうね。でも、学内は一定の自治が認められているから。それでもさすがに、生ドラムやアンプ、スピーカーのように近所迷惑レベルの音量が出るモノは、無届け出ではNG。だから今日は、コレでやるよ」
手を引かれて階段を登った先。
四階の物置に転がっているコンガ(ポコポコという音が出る、細長い太鼓。発祥は南米のどこかだったと思う。ボサノバとかジャズロックによく出てくる)を拾い上げて、アオ先輩が微笑んだ。
「アオって最近、よく笑うようになりましたよね。何か、心境の変化でもあったんですか?」
すぐ後ろからついて来ていたくれなゐ先輩が、言った。
「んっ。え、そうかな」
途端、『スン』ってなったアオ先輩が、慌てたように頬を掻く。
「……いえ、私の気の所為かも。じゃ、私はコレで参加しますね」
くれなゐ先輩がロッカーの中から取り出したのは、アコースティックギターだ。
エレキ専門だと思ってたけど、アコギもできるのか。
ドラムもできるらしいし、地雷系美少女な上に多芸な人なんだな。
「俺様とシロは留守番だな」
さらに後ろからついて来ていたイナズマちゃん先輩が言う。
そりゃそうか。
ベースとシンセサイザー(キーボード)には、アンプやスピーカー無しで音を出す方法がないから。
シロ先輩はピアノでもあれば生音を出せるだろうけど、屋外に部室のアップライトピアノを持ち出すのはほぼ不可能だ。
「せやなぁ~」
仁王立ちのイナズマちゃん先輩を後ろからハグしているシロ先輩は、そこはかとなく幸せそうだ。
やっぱり百合の波動が以下略。
「あと三十分で六限終わり。今から正面玄関に陣取れば、たくさんの人に聴いてもらえるはずだよ。くれなゐ、看板頼める?」
「たったの三十分で!? 無茶振りが過ぎませんか、アオ」
「モヤシちゃんも喜んでくれるよ」
「腕が鳴りますね!」
♪ ♪ ♪
三十分後、僕らは大学正面玄関に続く通りにいた。
パートとメンバー、楽器は次のとおり。
ボーカル・アオ先輩、生声。
ギター・くれなゐ先輩、アコギ。
パーカッション・僕、コンガ。
叩き方はアオ先輩が教えてくれた。
僕らの前には、立て看板が一枚。
貼り付けられているのは、
『YouTubeで五百万再生達成! 大人気ソングライターが歌う路上ライブ』
という小ポスターだ。
先輩が、たった今コンビニで印刷してきたものだ。
ポスターには『青と緑のハザマで』のイメージキャラクターのイラストが飾られている。
……ん?
こんなイラストあったっけ?
僕は『青子緑子』の粘着一歩手前のガチファンで、青子緑子の動画やX投稿、グッズに至るまでありとあらゆるものをチェックしている。
そんな僕が初めて見た、このイラスト。
画風は青子緑子のデビュー当時からずっとイラストを担当している『ラヰトレッド』氏のもののように見える。
まぁ、アオ先輩は青子緑子本人なのだから、まだ一度も世に出していないイラストの一枚や二枚、持っていても不思議はないか。
「それにしても、素敵ですけど、露骨でもある看板ですね。動画へのQRコードまで付けて。あ」
慌ててフォローを入れる。
「露骨な先輩も素敵ですよ! 否定的な意味ではないんです」
「ふふふ」
と言いつつ笑っていないアオ先輩。
いつもの、よそ行きモードの先輩だ。
「現代の若者はね、『バズらない』に諦めにも似た慣れを感じていて、同時に『バズり』に対して強烈な飢えを感じているんだよ。モヤシちゃんはインスタとかXはやっていないのかい?」
「すみません、やってないです」
「謝ることじゃないさ。ボクはこのとおりネット上での活動の方がメインまであるネット生物だから、両方やっている」
と、『青子緑子』アカウントのXを見せてくれるアオ先輩。
「今でこそフォロワー数十万、動画告知をポストすれば千~万単位のいいねが付くいっぱしのアカウントだけれど、始めた当初はそりゃあ悲惨なものだった。何か呟いても一つもいいねが付かないなんて、ザラだったよ。そういうとき、まるで世界全部から無視されているような、自分に生きる価値なんて一ミリも存在しないような気分になったものさ」
そういうものなのだろうか。
『生きる価値がない』はさすがに大げさ過ぎる気もしたが、僕はどちらもやったことがないので、適当なことは言えない。
それに、先輩の言葉には実経験に基づく、言いしれない重みがあった。
「そういうバズ願望の『渇き』を知っている人間は、『フォロワー何万人』とか『何十万再生』みたいな『数字』のモンスターに取り憑かれているものなんだよ」
先輩は看板の、『五百万再生達成』の文字をなぞる。
「それにこれは、別に嘘でも詐欺でも何でもない。まるっと事実、ボクの実力だ。自慢し倒しても、利用し尽くしても、何も恥じることはない」
「そういうものですか」
なんて会話で気を紛らわせてはいたものの、僕はもう、ガマンの限界だった。
野次馬――というか観客が、何だ何だと僕らの周りに集まりつつあったからだ。
「あのっ、とっ、トイレ!」
「こーら」
アオ先輩に手を掴まれる。
「ついさっき行ったとこでしょ」
「……ちょっと、アオ」
くれなゐ先輩が咎める。
「スキンシップが過ぎますよ」
「そう?」
ぱっと手を放すアオ先輩。
「こうでもしないとモヤシちゃんが逃げちゃうからさ」
「だだだだって」
僕らはメチャクチャ注目されている。
美人二人とモヤシだから、僕は絶対に悪目立ちしている。
「本当に無理です! 帰らせてください!」
「冷静に。深呼吸。何が無理なのか、何が問題なのか、落ち着いて考えてみて」
「それは、だって、こんなにたくさんの人に見られて、悪目立ちするのが怖いんです」
「つまり、視線が怖いんだろう?」
そう、そうだ。
僕は、野次馬たちの視線が怖い。
漠然とした恐怖に名前が付いたことで、僕は少しだけ冷静になれた。
やっぱりアオ先輩は、すごく頼りになる。
「よくあるやり方だけど。観客の顔を、全部かぼちゃだと思えば良いよ」
「うー……」
思ってみる。が、
「む、無理です!」
「じゃあ、さっきのボクの顔を思い出して。観客は全員、ヘン顔しているボクだ」
「んっぶふぅっ」
僕は吹き出す。
「効果てきめんじゃあないか。自分から振っておいて何だけど、腹が立つね」
「ご、ごめんなさっ……ぶふふっ」
「むー……」
くれなゐ先輩が、羨ましそうな目でアオ先輩を見ている。
「あのっ、くれなゐ先輩の顔もすごかったですよ!」
僕は慌ててフォローを入れる。
「わ、私は別に。っていうか何ですか『顔がすごい』って。あ、でも『くれなゐ、すごい良かったよ』って何だかエッチな響きがして良いですね!?」
そう言って、くれなゐ先輩はクネクネしはじめる。
平常運転だ。
緊張しないのだろうか。
さすがだ。
「あれ?」
気が付くと、あれほど怖かったはずの観客の視線が気にならなくなっていた。
お客さんは全員、ヘン顔のアオ先輩。
そして僕の隣には、ものすごく頼りになる先輩が二人もいる。
僕はもう、大丈夫だ。
♪ ♪ ♪
「ワン・トゥー・スリー――」
アオ先輩の透きとおった声によるカウントで、曲が始まった。
演奏するのは、お馴染み『青と緑のハザマで』のボサノバ風アレンジ。
ぶっつけ本番だったけど上手いこと演奏できた。
といっても、僕はコンガをポコポコと言わせているだけだ。
くれなゐ先輩は、バッキングの合間にリードを織り交ぜている。
ボサノバ風のリードを。
作曲する暇なんてなかったはずだ。
ということは、あれは即興か。
薄々感じていたけど、くれなゐ先輩も十分に天才、十分にバケモノだな。
でも、そんなくれなゐ先輩よりもなおすごいのが、我らが青子緑子先生ことアオ先輩だ。
だって、ものの十数分でボサノバ風に編曲してしまったんだよ!?
イナズマちゃん先輩もシロ先輩もプロ顔負けの腕前を持っているし、もう本当、どうして僕が拾ってもらえたのか意味不明ってくらい、このバンドは粒揃いだ。
演奏中、たくさんの人たちが足を止めてくれた。
五百万再生の、『青子緑子』の宣伝効果はすごいらしい。
たくさんの視線にさらされて、何度か自分を見失いそうになったけど、僕は必死に顔を上げ続けた。
そうしたら、要所要所でアオ先輩が振り向いて、笑いかけてくれた。
すごく安心できる。
それでも、観客の何人かにスマホを向けられたときには、さすがに怖くなった。
動画を撮影しているのだろうか。
僕はちゃんと笑顔で演奏できているだろうか。
顔は引きつっていないだろうか。
半端な演奏を撮られて、拡散されて、先輩たちの迷惑になったりはしないだろうか。
恐怖で塗りつぶされそうになったそのとき、アオ先輩が振り向いた。
そして、一瞬だけ例のヘン顔を見せてくれた。
途端、観客とスマホのレンズがすべてヘン顔のアオ先輩に見えて、僕はすっかり大丈夫になった。
大丈夫。
アオ先輩さえいれば、僕はもう大丈夫だ。
――パチパチパチパチパチパチパチパチッ! ヒューヒュー!
路上ライブは大成功で終わった。
♪ ♪ ♪
その翌日。
僕は、しっかりと顔を上げた状態で動画撮影に臨むことができた。
昨日の、何人もの視線にさらされながらの路上ライブを思えば、全然楽ちんだ。
「うん、ちゃんと前を向けているね。それに、良い笑顔だ。頑張ったね、モヤシちゃん」
「はい!」
それから数週間。
僕らは練習に練習を重ね、最高の一曲を撮ることができた。
動画はオーディション委員会に提出された。
あとはもう、合格を祈ることしかできない。
審査員は、二~四回生からランダムで三名ずつ選ばれる。
審査員には守秘義務があるため、誰に審査されているのかは徹頭徹尾分からない。
僕らにできるのは、祈ることだけだ。
こんなにも何かを願ったのは、入試以来のことだった。




