4曲目4
翌日、僕とアオ先輩はちょっとしたピンチに陥った。
いつものように『スーパーモヤシモード』を起動させるために部室裏に回ったところ、先客がいたんだ。
先客は、別にやましいことをしているわけではなく、ただ単にタバコを吸ってただけだったけど。
やむを得ず、僕はアオ先輩に手を引かれ、人のいない場所を求めて右往左往することになった。
四階の物置、先客あり。
三階の廊下、人たくさん。
二階の男子トイレ(!?)、先客あり。
「ダメだ。これ以上遅れるとくれなゐたちに怪しまれちゃう! もう、ここでするよ!」
廊下の片隅、ともすれば人が通りそうな場所で、先輩は僕をぎゅっと抱きしめはじめた。
先輩も先輩で、だいぶテンパっているらしい。
そうしていつものように、身も心もぐちゃぐちゃになろうとした、そのとき。
「お前ら何してんの?」
「「うわぁあああああああああああ!」」
第三者から話しかけられて、僕らは交尾を見られた猫のように飛び退いた。
見れば、二回生の軽音部員がちょうど通りがかろうとしたところだった。
訝しげな目でこちらを見ている。
「も、ももも、モヤシちゃんがね!? 顔が赤いから、熱を図ろうとしたんだけど、ほら、体温計がなくってさ」
ナイス、アオ先輩。
顔を近付けていた言い訳としてはベストだ。
「俺はてっきり、お前らがそーゆーカンケーになったのかと思ったんだけど」
「そそそそんなわけないだろう!? そもそもボクは、バンド内恋愛を禁止してるんだから」
「ふぅん? まぁいいや。そういえば、夏オーデで新曲披露すらしいな。楽しみにしてるぞ」
「んがっ、どこから聴いたの、その情報!?」
「山本山」
「アイツかぁ~~~~! 言うなって言ったのに。あー、うん。まぁ、期待しててよ」
「おー」
ひらひらと手を振りながら、二回生の部員は去っていった。
「ふ~~~~っ、ヤバかった。ドキドキしたねぇ!」
アオ先輩が、はにかむように微笑んだ。
頬が紅潮している。
初めて見るタイプの笑顔だ。
最高に可愛い。
けれど、
「お、アオじゃん。それとスーパーモヤシ少年」
「……山本山くん」
本山先輩が現れた瞬間、『スン』ってなった。
あらゆる表情が消え失せて、いつものポーカーフェイスでダウナーでミステリアスなアオ先輩に戻った。
「新曲のこと言わないでって言ったよね」
「おー、悪い悪い。でもなんだかんだ言って俺らって皆、『青子緑子』の大ファンだからさ、ちょっとくらい自慢したっていいだろ?」
「あと、『スーパーモヤシちゃんモード』のことも絶っっっっ対にヒミツだからね」
「分かってるって。『青子緑子』を壊しかねないようなクリティカルなヒミツは、墓まで持っていくよ。約束する」
口調は軽いけど、本山先輩の言葉には重みがあった。
この人もまた、まぎれもなく『青子緑子』のガチファンなんだろう。
「ったく。……あ」
本山先輩が行ってしまうと、また、アオ先輩の顔にニヤリとした笑みが戻ってきた。
「出てるね、『スーパーモヤシちゃんモード』」
いつの間にか、僕の左足が超高速で貧乏ゆすりしている。
僕は部室に担ぎ込まれる。
「おそーい。どこ行っとったん?」
「まったくだぜ」
「……早く音合わせを始めましょう」
シロ先輩、イナズマちゃん先輩、くれなゐ先輩に出迎えられた途端、アオ先輩は再び『スン』ってなった。
……自惚れでなければ、アオ先輩の笑顔は、僕だけのモノなのかもしれない。
いやいやいや、モノとか言うな。
思うだけでも、そんなことは考えるな。
先輩に失礼だろ。




