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13/51

4曲目2

 あっ、目が合っちゃった。

 まさか無視して帰るわけにもいかないし、アオ先輩をずぶ濡れにさせるわけにもいかない。

 春とはいっても、夕方以降はまだまだ冷える。


 僕は傘を差し、アオ先輩に駆け寄る。


「あ、あのぅ。傘、入りますか?」

「いいのかい!?」


 いそいそと入ってくるアオ先輩。


「いやー、助かったよモヤシちゃん」


 先輩は背が高く、僕と目線がほぼ同じだ。

 一七〇センチあるかないかといったところ。

 だから必然的に、同じ傘に入れば至近距離で見つめ合う形となる。

 いわゆる『ガチ恋距離』だ。


「ば、バスですか!?」


 意識してはいけない意識してはいけない意識してはいけない。


「んー、そうだね。二百十円はちょっともったいないけど、背に腹は変えられない」

「背に腹は……ふふふ」


 先輩は時々、古風な言い回しをする。

 ミステリアスなキャラ造りの一環なのかもしれないけど、それが妙に面白くて可愛らしい。


「む。何を笑っているのかな、少年? って、あああ、うへぇ」


 謎の鳴き声を上げた先輩の、見ている方を見てみれば、バス停に長蛇の列ができていた。





   ♪   ♪   ♪





「……なんとか乗れましたね」

「うん。だけどこれは……ぐぇっ」


 後から後から入ってくる乗客に押しやられ、僕らは壁際に至る。

 壁に押し付ける形になったアオ先輩を押し潰さないよう、僕は必死に両腕を突っ張る。

 ううっ、『ドラムは遠心力で叩くんです(ドヤァ)』とかドヤ顔で語らず、腕立て伏せくらいはしておくべきだった。


「わ、モヤシちゃん、肩がびしょびしょじゃないか!」

「や、まぁ、はい」


 先輩が濡れないように、狭い折り畳み傘を先輩の方に傾けていたのがバレてしまった。

 先輩に気を遣わせたくなかったから、バレずに済ませたかったんだけど。


「なんだい、いっぱしに紳士気取りかい?」


 先輩がハンカチを取り出し、僕の肩を拭く。

 その動作に、無防備なキャミの合間から見える胸の谷間に、僕はどうにかなりそうになる。


「そういうのは、好き合った相手にやりたまえ」


 たまえ、とか言われましても。

 僕はアオ先輩と、そういう関係になりたい。


 ……あっっっっっ、いや、嘘だ。

 今の無し。

 今の無ーし!

 僕はバンド『キング・ホワイト・ストーンズ』のドラム担当。それ以上でもそれ以下でもない!

 心・頭・滅・却!


 頭の中では、相変わらず四月四日に聴いたアオ先輩の『青と緑のハザマで』が流れている。

 あの日から、ほとんど毎日毎時毎分毎秒、僕はあの歌を聴いている。

 その歌声に耳を傾けることで、僕はアオ先輩の胸の谷間を意識の外へ追いやる。


 やがてバスが、アオ先輩のアパートの最寄り駅に着いた。

 僕のアパートはもう一駅先だ。


「傘、使ってください」


 ざーーーー!

 ばしゃしゃぁあああ~~~~~~~!


「いやいや、使ってくださいってモヤシちゃん、この雨」


 ばしゃしゃぁあああ~~~~!


 躊躇しているうちにバスが出発しそうになったので、結局、二人して下車した。


「……あれ? どうしてこうなった」

「うーん。まぁ、とりあえずボクのウチにおいで。早く服を乾かした方が良い」


 引きずり込まれるようにして、僕はアオ先輩の部屋に上がった。

 こういうとき、先輩はびっくりするほどの腕力を発揮する。

 きっと、バンマスとしての責任感パワーなんだろう。


 すぽーんっとワイシャツとTシャツを脱がされて、乾燥機付き洗濯機へ。


「ほら、風邪引かないうちに、さっさとシャワー浴びちゃって」

「せ、先輩が先に入ってください」

「ボクは大丈夫。優しい騎士様が雨から守ってくれたからね」


 ニヤリと笑うアオ先輩。

 最近たまに見せてくれるようになった、ちゃんと笑っているバージョンの笑顔だ。


「あ、こういう言動は、モヤシちゃんの未来の彼女さんに失礼かな。ん、もやしちゃんフリーだったよね?」

「アッハイフリーデス」


 顔が熱い。

 きっと、火でも吹きそうなほど赤くなっているだろう。

 先輩にバレないうちに、僕はさっさとシャワールームに入る。

 熱々のシャワーを頭から被っていると、


 ――バタン ガチャガチャドタバタッ


 物音。

 どうやら先輩が洗面所に入ってきたらしい。

 シャワーを切ると、


「き、着替え! 置いておくからね!」


 ドアの向こうから先輩の声。


「ありがとうございます」


 返事をしつつシャワーバルブを捻ろうとしたが、ドア一枚隔てた向こうに先輩がいるという事実が気になって、なんとなく固まってしまう。


 ――ゴソゴソ ゴソゴソ


「……アノォ、アオ先輩?」


「ひゃぁああ!」


 ――ドタバタッ バタン!


 な、何だったんだろう……?





   ♪   ♪   ♪





 アオは、ドラム式洗濯機兼乾燥機の中に顔を突っ込んでいた。


(くんかくんかすーはーすーはー、やっちゃんの匂いやっちゃんの匂いやっちゃんの匂い~~~~! やっちゃんの半裸眩しかったよぅ。腹筋割れてた! 触りたい、キスしたい、なんちゃって! あーなんちゃって! ずっとここで匂い嗅いでいたい。ここに住みたい。やっちゃんの匂いに包まれながら、やっちゃんの汗を洗い流すシャワーの音を子守唄に眠りたい!)


 一分ほどもそうやって身悶えしていたアオだったが、


「……アノォ、アオ先輩?」


 訝しんだ様子のモヤシの声に、


「ひゃぁああ!」


 さすがにまずいと感じて逃げ出した。

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