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炭鉱町のガベル  作者: 稲村某(@inamurabow)


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9/21

(1)ー⑨



 ガベルが【コバーンの砦】と呼んだ拠点は街道筋に近く、そこは東西を繋ぐ物流の治安要所として機能していた。本来、砦とは戦争が起きた際に敵軍を阻み侵攻を遅らせ、そして補給や部隊再編の役目を担う。無論、その周辺で盗賊が暗躍するなど容易い事ではない。だが、多数の兵士を常時配置出来る訳ではない為、どうしても監視の眼が行き届かない事もある。



 「……大方、見回りの順路や交代時期を先読みされたか内通者が居るんだろう」


 ガベルはそう言いながら二人に先んじて進み、彼の後をジャガルトとマヘルが追っていく。


 「ところでガベル、お前にまだ言っていなかった事があるんだ……」


 そうジャガルトが不意に言うと、気配を察したガベルが大きく跳躍して距離を離す。そして彼が居た空間を銀色のやいばが通過し、薄暗闇に包まれたその場にマヘルの呻きが上がる。


 「があっ! な、なんで……」


 「……生き残るのが俺一人なら、何も問題はないからな」


 ジャガルトの一刀を浴びたマヘルが喘ぎ、その言葉をとどめの一閃が打ち消す。


 「背後から斬った筈だが、後ろに眼が付いてたか」

 「付いてやしないが、あんただけ武器の質が良過ぎて気になってた」


 距離を離したガベルがそう答えると、ジャガルトは手に持った自分の剣にちらりと視線を落とし、しみじみと呟く。


 「……やれやれ、貰い物にも気を遣わんとな」

 「盗賊に繋がってたのは、あんたか」

 「まあ、そんなとこだ。だから死んでくれ」


 ジャガルトはそう答えると一気に距離を詰め、まだマヘルの血に塗れた直剣を振るう。明らかに直剣の方がガベルの曲刀より間合いに優れているからか、その動きに一切の迷いは見えなかった。だが、それが命取りだった。


 ガベルは俊敏な動きで一刀を躱し、すかさず更に距離を詰めて相手の懐に入る。そして迷わず背後に手を回して短刀を掴み、相手の顎の真下から突き上げた。


 ずぐっ、と肉を貫く感触が柄越しに通り、頭蓋の内側に達した刃先がジャガルトの脳まで達する。だが、ガベルは無慈悲に手首を回して切っ先を動かし更に()()()を入れる。


 「マヘル……内通者が俺だったら同じようにしただろうか」


 目を見開いたまま朽ち果てるジャガルトから短刀を抜き、傍らに横たわるマヘルを一瞥する。だが、彼は無言のまま二人の亡き骸から離れると再び盗賊の元に進み始めた。




 単独で闇の中を走り抜け、ガベルは盗賊が潜む打ち捨てられた館を目指す。そこは過去に栄えた地方領主が建てたらしく、街道から離れた林の中に在った。だが、領主が没落し館を手放した後は誰も住まず、立地的な面もありただ荒れ果てるまま捨て置かれていた。


 (……定期的に見回りはされていたらしいが、砦に内通者が居れば盗賊の隠れ家として機能するか。なら本気でいこう)


 館に近付くにつれ、彼の姿が徐々に変化していく。それは普段の彼を知る者が見たら全く別人、いや本来のゴブリン種を彷彿とさせる様相に変わる。やや尖った耳は僅かな音にも反応し意思有るもののように動き、鼻も少しづつ伸び鼻孔も長くなる。無論、肌の色まで変わった訳では無い。


 館に近付くガベルが盗賊の見張りに気付き、足を停める。相手は二人一組で篝火を囲み、時折周囲を見回している。どうやら騎士団率いる討伐隊の情報はまだ伝わっていないのか、歩哨の意識に緊張感は見られない。


 「……あー、眠いぃ」

 「あんまりボヤくな、かしらにドヤされたくなけりゃよ」


 皮鎧を着込んだ二人はそう言い合いながら目を擦り、明らかに不平そうな顔で辺りを見回している。だが、このまま無策で飛び込んでいける程甘い相手ではないだろう。


 「……なんだ?」


 ガベルが手近な小石を掴んで向こう側に放ると、反応した一人がその方向に目を向ける。だが、その一瞬の隙をガベルは見逃さなかった。


 片方がそちらに身体を向けると、自然と彼の動きに合わせて相方も意識が向く。ガベルは脇腹に隠しておいた投げナイフを手中に納め、振りかぶって男の頸椎目掛けて放つ。ナイフは狙い誤らず一直線に飛び、サクッと静かな音と共に突き立った。


 「……ぐっ」

 「……おい、どうした?」


 間を置いて呻く片割れに気付き、音に反応したもう一人が振り向くが闇に紛れて走るガベルの姿に気付けない。目の前で自分の首筋に突き立ったナイフを掴もうとする相方の異変に気付いたが、もうその時にガベルは曲刀を抜いていた。


 投げナイフを刺された男を間に歩哨とガベルが並び立ち、視界が遮られ動きが鈍る。


 「……誰だっ!」


 「遅い」


 藻掻く犠牲者を足蹴にガベルが曲刀を抜き、視界が開け侵入者に気付いた歩哨も遅れて剣の柄を掴む。しかし抜き放つより前に曲刀が鋭く弧を描き、その線中に身を置いた歩哨の首が飛んだ。


 ……ぼと、と重く湿った音を伴いながら首が落ち、歩哨の身体が後を追って崩れ落ちた時にはガベルの姿は消えていた。そして、辺りから生きた者の消えた篝火からジジッと火の粉が舞う。



 「……時間が掛かり過ぎてる」


 手慰みに娘を犯していた盗賊の首領が呟き、何の事か判らなかった部下が怪訝な顔をする。


 「手筈では例の奴が討伐隊の情報を持ってくる頃合いだろ、何があったか知らんが遅い」


 苦痛と恥辱にまみれ荒い息の娘を寝台から蹴落とし、首領は脱ぎ捨てていた下穿きを穿きながら服に手を伸ばす。


 「……まあ、どちらにせよ引け時だ。十分稼いだし、人買いとの付き合いで人脈も出来た。元手があるから港町か炭鉱街で斡旋に潜り込むのも有りだな」


 傍らで酒を飲んでいた二番手がちらりと床に転がる娘を一瞥し、首領に視線を向ける。


 「連れて行くつもりか? なら好きにしろ。但し最後に殺すのはお前だからな」


 首領がそう告げると娘がヒッと悲鳴を上げるが、二人の表情に変化は無い。


 「……近頃は奴隷商も身元の不確かな奴は買いません。こいつも精々、変態野郎の玩具で壊されるだけでしょう」


 攫って来た村娘に飽きたのか、首領と二番手の会話は乾き切っていた。だが、男達の会話が途絶えた瞬間、廊下からドスンという鈍い音が響いた。

 

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