(1)ー⑧
「……【炭鉱街の物好き】から来たガベルだ」
「ああ、そうか……それにしても妙な名前のギルドだな」
ガベルが街外れで待機していた騎士団の馬車に近寄ると、兜を脱いだ記帳係の騎士が応じる。
「まぁいい、取り敢えず乗ってくれ。あと二箇所立ち寄ったら、盗賊の隠れ家の場所近くまで連れて行く」
「宜しくお願いします」
ガベルの名を記しながら騎士はそう伝え、彼が乗り込むのを見届けると御者に馬車を出すよう命じる。やがて馬車が進み車内が路面の振動で揺れ始めると、
「……酷く揺れるな! これじゃ着く頃まで俺達ばらばらに砕けちまうぜ!」
「おい、嫌なら降りて走っていってもいいんだぜ?」
顔見知り同士の会話が交わされるが、ガベルは混ざる気にはならなかった。だが、情報に餓えているのか向こうはそうではなかった。
「……あんた、炭鉱街だろ? ここらじゃ前は羽振り良かったが今はどうだい」
四人組らしき男達の一人がそう言うと、何かを取り出して四角い紙で巻き始める。それが煙草だと判った瞬間、馬車の幌の中に甘くほろ苦い匂いが立った。
「吸うか?」
「結構だ。炭鉱街のギルドだが、昔と違って随分と人数も減った。御覧の通りさ」
勧められた煙草を断ると男は嫌な顔もせず一口吸い、紫煙を吐き出してから頷く。
「……どこも同じだな。うちも街道筋じゃ結構賑わっていた方だが、炭鉱で働いた方が危険も少ないから若者はみんな出ていった。ご多分に漏れずさ……ジャガルトだ」
「……ガベルだ。街道筋といったら西の端か」
「いや、南に下る……西のギルドは畳まれたって話だ」
気付けば互いに名を名乗りながら、ガベルはその男と話し込んでいた。そのせいで馬車が停まる頃には、彼の知らないギルド界隈の事情に少し詳しくなっていた。
「着いたぞ、降りてくれ」
記帳係の騎士が馬車に向かって声を掛けると、口々に足腰の痛みを訴えながら馬車からギルド員達が降りていく。
「……コバーンの砦近くだな」
ガベルが遠くに見える山々の形と日の傾き方で到着地の見当を付けると、記帳係の騎士が少し驚く。だが、詳細を明かしたくなかったのか彼は何も言わず傍らの馬に跨がった。
「……この度は我々の召集に応じて馳せ参じた事、誠に感謝する。だが、当然知っておろうが此度の盗賊退治に報酬は出せん」
少し開けた林の近くに十騎程の騎馬が揃い、そこに召集されたギルド員達が呼び寄せられる。迎えの馬車は既に去り、取り残されたガベル達はそこで騎士団長らしき男から今回の召集について説明される。
「あの、その辺の事は伺ってますが……」
「……何かあるのか? 質問は話が終わってから聞く」
途中で話を遮られ、騎士団長は少しムッとした表情になる。それを皮切りに騎士団長が一気に話し始め、馬車の移動で疲れが見え始めたギルド員達は一斉に沈黙した。
騎士団長の話を要約すると、この盗賊退治で報酬は出ず、かといって拒否権も与えられていなかった。つまり、最初からタダ働きになる事は決まっている訳である。
「もし、死んじまったらどうなる?」
「そんなもん只の無駄死にだろ」
日が暮れて仮拠点に定められた丘の中腹で、騎士団の張った天幕から離れた場所に集まったギルド員達が集まり愚痴をこぼす。無論、離れているからこそ口に出せるだけで面と向かって逆らう者は居なかった。
「そういやよ、盗賊にゃ懸賞金が掛かってるだろ。騎士団はその辺の事を言ってなかったな」
「……どうせ、連中が持っていくつもりだろ。俺達は体の良い猟犬代わりさ」
十人程集まったギルド員達は各々年長者を中心に固まり、覇気のない文句や呪詛を言っては天幕を睨むばかりである。だが、ガベルに話し掛けてきたジャガルトと連れはそうではなかった。
「……随分と若いな」
「はい、父はギルドで昔から働いていて、よく仕事の話を自分にしてくれました」
ジャガルトの甥にあたる青年は名をマヘルといい、今回の召集は滅多にない機会だと話す。
「……勿論、人とやり合うのは正直怖いです。でも、盗賊を野放しにしてちゃ何の為に剣を持ったか判らないですから」
マヘルはそう言って緊張感を帯びながら、しかし決意有る眼差しで自分の傍らに置かれた短剣を見詰める。
「これは父から受け継ぎました、でも……」
「別に剣を持ったからって必ず人を殺す必要は無い」
「そうですが……」
「マヘル、この人は他に手段があるって伝えたいのさ」
ジャガルトがそう助け舟を出すと、マヘルの眼差しから思い詰めた緊張感が抜けていく。
「……ジャガルトの言う通りだ。無理に殺さなくても腱や指を狙えば、相手を殺さなくて済む」
ガベルはそう付け加えると、マヘルが静かに頷く。そんなやり取りをジャガルトは見守りながら話題を変える。
「……それはそうとガベル、気付いていたか」
「何にだ」
「あの騎士達の装備だ、長剣や槍斧が主な馬上用ばかりだった」
ジャガルトの見立てはガベルと同じで、彼等の装備は隠れ家に立て籠もっている盗賊相手の武器ではない。騎兵が力を発揮する、開けた草原や丘陵地帯向きの物ばかりだ。集まったギルド員達が騎士が猟犬代わりに使おうとしている、と言っていたのは決して的外れでない。
「だから騎士団長は明朝に討ち入ると決めたんだろう。騎馬で暗闇の中は戦えん」
「……確かにその方が犠牲も出難い。その代わり俺達が無事で済むかは判らん」
騎士団の意図を汲み取り、ガベルとジャガルトは納得する。捨て駒とまではいかないが、決して楽な戦いで済むとは思えない。だが、そんな中でもガベルは冷静だった。
「……ところで、騎士団長は抜け駆けするなとは言ってなかったな」
彼がそう言うとジャガルトはニヤリと笑い、意味を理解出来なかったマヘルは何の事かと考えてハッとする。
「ま、まさか闇討ちするつもりですか?」
「そう、そのまさかだよ」
そう答えるとジャガルトと共に立ち上がり、お前はどうするのかと問い掛ける。
「……自分は、ギルドの一員として盗賊退治に来ました」
「だったら答えは決まりだな」
「……はい、微力ながらお供します」
マヘルが答えるとガベルは頷き、ジャガルトは彼の肩をぽんと叩いて励ました。




