(1)ー⑦
盗賊狩り当日の朝。出発前にガベルが質素な朝食を食べる為に食堂に向かうと、珍しくマザレが彼を出迎えた。
「ねぇあんた、聞いたわよ。山向こうの廃坑まで盗賊狩りに行くんだって?」
マザレはそう言いながら返答も待たず頷き、だったらマシなもん食わせとかないとねと告げながら、固くなったパンを卵綴じにした物と青瓜の煮物を皿に盛り付けて突き出した。
「……最期の食事にしては、随分と豪勢だ」
「あんた、バカにしてんのかい? ……ま、そう言われても仕方ないけどさ」
ガベルが正直にそう伝えると、今までぞんざいな食事ばかり出していた張本人とは思えない事をマザレが言う。
「……うちの下宿人の中じゃ、あんたとルモだけがマトモだろ? だから死なれちゃ嫌なんだよ」
「俺とルモね。確かにそうかもしれんが……」
今までの乏しい記憶を辿ってみても、目の前に並ぶのは随分と豪勢な(本当にそう呼ぶべきか迷う)食事である。だが、彼女の話を聞きながら食べてみると粗末なパンをわざわざ溶き卵に沈めてからフライパンで焼き、固まる直前に塩と香辛料を振って味付けしたそれはまだ温かく滑らかな舌触りである。そして、青瓜の煮物は硬い皮を剥いて白い芯だけ残し、それを牛骨と野菜屑で煮出したスープと共にじっくりと柔らかく煮込んであり、その仕込み具合は朝早くから始めないと逸品だった。
「……これは旦那の供養か何かか?」
「失礼しちまうね! 旦那はまだ生きてるし、こう見えても元は炭鉱街自慢の看板娘だっての!!」
……と、料理に関わるのか良く判らない昔自慢まで飛び出し、ガベルは朝から目を丸くする。
「だからさ、あんたには死なれちゃ嫌なんだよ。あのいけ好かない小娘……じゃなくてルモと同じでね」
「ルモもそうなのか?」
「あー、そこら辺は相変わらず鈍ちんだねぇ。判らないのかい? ルモがあんたに惚れてるって事!」
ガベルはそうマザレに指摘されて、漸くルモが彼に好意を抱いている事を知った。だが、そう改めて言われても彼には実感が湧かない。
「……本当かい」
「あのね、こんな時に冗談言って誰が得するもんか! ここの住人も全員勘付いてるっての!!」
「……本当か?」
明らかに動揺しているガベルを他所に、マザレの言葉は一度溢れ出したら止まらなかった。
「あああっ! 焦れったいねぇホント!! あんたが居ない間に部屋ん中入って掃除したり! 飯取り置いといたり! 私じゃなくて全部あのルモがしてたんだよ!!」
ガベルは驚いた。今までずっとマザレがしていたとばかり思っていた事を、ルモがやっていたのだ。しかもそれは純粋に好意だけで、見返りを求める訳でも無く、である。
「……そりゃ、【箱入り】の身売り商売なんて私ゃ気に入らないさ。でもだよ、それとこれは別の話さね。女が男を愛するって事に、身分や商売のへったくれもあるもんか」
「……」
マザレの話はガベルに衝撃を与えたが、その真意は決して悪気からではない。彼女は真摯にガベルと向き合ってきたルモを表向きでは嫌っていたが、だからといって邪魔だてするつもりは一切無かったのだ。
「とにかく、それを食べたらよーく考えな。ルモにどう返事するかってね」
「余計な御世話だ……でも、ありがとう」
ガベルの返答にマザレはにやりと笑い、この色男がよ! と言いながら手に持ったお玉で背中をつついて出ていった。
「……ルモ、俺だ」
ガベルは出発前にルモの部屋を訪ねて扉をノックしながら名乗ってみるが、ドアは開かない。
「……君が俺に盗賊狩りに行くな、って言った事は覚えている。だが、俺はこの街で暮らしてここ以外に行く気はない。だから、ここに居る為に必要ならば盗賊狩りに行くつもりだ」
ドアの向こう側で人の歩く気配はあったが、やはり開く事は無かった。ガベルは暫く待ち、やがて離れようとした瞬間、
(……必ず、帰って来るって約束して)
か細く、そして絞り出すような小声でルモが懇願する。
「ああ、心配要らない。必ず帰る」
(……絶対よ、絶対なんだから……)
二人がそう言葉を交わし合う中、廊下中の扉が静かに開き、幾つもの目がガベルに集まる。だが、それらは好奇ではなく何かを訴えるような強い力が籠もっていた。
「……必ず、帰るから……だから、帰ったら君が勧める店で飯を食おう。約束する」
(……っ? こ、こんな時に……でも、判ったわ)
唐突にそう切り出され、ルモは少しだけ慌て声でそう返答するとドアがバンと勢い良く開く。
「だ、だから……絶対帰って来てね」
「判ったよ、ルモ」
ガベルが答えた瞬間、何かを悟りルモが廊下に視線を移すと各々の部屋の扉の隙間から、
(……)
無言のまま、様々なハンドサインで祝福された。
「……こいつは試薬入りだ。石炭粉と何かが入っていて燃え上がるって代物だからな。但し、狭い部屋では使うなよ!」
「……判った」
ガベルがギルド会館に立ち寄ると、出がけの緊張感が漂う館内は彼の見送りに数人の所属メンバーが待っていた。その中に前ギルド長だった屈強な老人も混じり、彼に瓶入りの液体を手渡す。
「……俺もよ、もう少し若きゃ付き合うんだがな……」
「気持ちだけで十分だよ、それにあんたまで出たらロキシーが発狂する」
「……ああ、確かにな!!」
そう答えて彼の肩をばんばん叩く手は相変わらず力強いが、ガベルが以前まで感じていた圧は明らかに衰えている。互いにそれだけ年を取った、ただそれだけの事なのにガベルは少し寂しかった。
「ガベル、あんたにだけ任せるのはやるせないが、判っとくれ」
「いいさ、それぞれの立場ってものがある」
二人のやり取りが終わったのを見届けてからロキシーがそう告げると、ガベルは静かにそう答える。
「……一つ忠告しとくが、噂じゃ領主の騎士団は包囲だけして突入はしないらしい。以前、同じ状況で有力者の息子が遮二無二突入して返り討ちにされ、賠償だ何だで揉めたのが原因らしいが」
「……そうか」
彼女の言葉に耳を傾けながら、ガベルは装備を点検する。立ち回り易いよう誂えた武具、閉所用の短刀と続き、そして幾つかの投げナイフと投げ菱を巧みに隠すように身に付ける。
「ガベル、あんたのその格好を見るのは久し振りだね」
「……スカウトは単独行動が主だ。お陰で最近は余り身につけて無い」
「だが、よく気をつけろ。他のギルドもここと同じで単騎でやれる連中は減ったぞ」
「御時世さ、仕方ない」
「……ガベルさん、ご武運を祈ってます! ……絶対にですからね!」
「ありがとう、出来る限り五体満足で帰る」
「絶対です!!」
最後にアルマの激励を受け、ガベルが答えると彼女は真剣な表情でそう繰り返す。
「じゃ、行ってくる」
ガベルがそう言い残してギルド会館を出ると、全員が外に出て彼の姿が雑踏に紛れるまで見送った。




