(1)ー⑥
「……それにしても私の居ない時に、随分好き勝手したもんだね、ガベル」
アルマの横でそう言いながらカップを持ち上げ、ススッと静かに茶を啜るギルドマスターにそう言われてガベルは珍しく頭を掻く。
「古い話を掘り出すなよ、ロキシー」
「そうかい? 私にとっては五年なんてつい最近だよ、つい最近」
人間とゴブリンのハーフのガベルと違い、規模は都市部と比べて小規模だが、一人でギルド会館を牛耳るロキシーは純血の鬼人種である。コブのように額から盛り上がった角と彼同様に鋭く尖る犬歯に、服の上からでも判る筋肉質の身体は女というより女傑と呼ぶに相応しかった。種としてのオーグは普通の人間より遥かに長命で、かつてはエルフと肩を並べる優等種だった。だが、彼等を凡庸な種族に貶めたのはやはり石炭と蒸気機関だった。
「……でも、ガベルも随分老けたね。そろそろ頭の髪も少なくなる頃合いじゃないか?」
「ぶふっ!? やめてくださいよヒトがお茶飲んでる時にぃっ!!」
わざと自らの前髪を手で上げながら真顔でそう強調するロキシーに、アルマはお茶を噴き出しかけて怒る。
「ま、アルマは相変わらずだな。老ける歳じゃないしまだまだ若く見える」
「あったり前ですよっ! まだまだピッチピチなんですーっ!!」
わざわざそう強調する彼女を眺めながら、ガベルは他人事のように茶を啜る。珍しく三人がこうして顔を並べているのは理由があり、茶飲み話にただ興じている訳ではない。
「……で、やれそうかい」
「勿論だ、断る理由もなかろう」
不意に真面目な顔でロキシーが尋ねると、ガベルは変わらぬ口調で答える。彼の傍らには先導役の際に持ち込む平凡な短剣と盾ではなく、ギラリと良く研がれた鋭利な曲刀と、下端を尖らせ攻守どちらにも使えそうな小盾が置かれていた。
「うちから出せるのはガベル一人だが、他のギルドからも何人か向かわせるらしい。結構大掛かりな【盗賊狩り】になるだろうが、主導は領主が派遣する騎士団になる」
「久々だな、アルマが立ち会うのは今回が初めてじゃないか」
「……ええ、そうですね」
炭鉱街とはいえ需要に応じて小さなギルド会館だが、声が掛かれば例外無く人員を派遣する義務が有る。ここのギルドの普段の仕事は観光客相手の朴訥な案内業ばかりだが、いざとなれば彼のような実戦派に白羽の矢が立つのだ。
「本音を言えばお前だけじゃ申し訳ないから、私も出向きたいんだがな。アルマが駄目だと言って聞かないんでね」
「あっ、当たり前じゃないですか! もしもの事が有ったらどうするんです!?」
「ふん、そんなもしもが有るもんかい。ガベルもそう思うだろう」
ロキシーは憮然といった表情でギルド会館の一番目立つ場所に飾られた愛用の大鎚に視線を向け、ガベルに同意を促す。
「ロキシーが居なくなったら、アルマが泣く」
「……殴ろうか?」
「や、やめてください!!」
カップを置いて生真面目にガベルが答えると、ロキシーは目付きを尖らせて拳を握り締める。だが、アルマが止める様子に苦笑いしながら彼の胸元を拳の甲で軽く押し、
「……ま、お前も余り体調は良くないだろ。無理はするなよ?」
そう言ってから彼女を安心させるように元の位置に腰を降ろした。
「……盗賊狩り?」
「ああ、ここ最近は大人しかったんだが」
ガベルが下宿に戻ると、丁度起きたばかりのルモと顔を合わせる。それで問われるままギルド会館で聞いてきた事を伝えると、彼女は珍しく表情を曇らせる。
「それじゃ、相手は人間よね」
「ああ、生きた人間だろうな」
アンデッドの出没しない地域であり、昨今の世情からみて平凡な仕事しか知らないルモは悲しげに呟く。
「……そりゃ、捕まれば縛り首だからね。盗賊共を哀れんだりしないけど」
「俺も、同じだよ。生きた人間を殺すのは、魔物なんかより何倍も嫌なもんだ」
そう言ってガベルは首を振るが、ルモの表情は晴れない。彼にしてみれば隣人が人殺しをするのは嫌だろうと彼女の考えを読み取ったつもりだが、どうも違うらしい。
「……ガベルは、以前同じ仕事をした事があるんでしょ?」
「ああ、君と会う前に。小規模な盗賊団だったからここのギルド単独でね」
まだ若かったガベルが参加した頃は、今よりもう少し手練れも居た。彼の師匠だった老スカウトも共に戦い、その時負った傷が元で暫く後に死んだのだが。
「……盗賊といえど、武器を持った人間に変わりは無い。余計な憐憫や情けをかけても向こうは構わず俺達を殺しに来る」
当たり前のように淡々と話すガベルだったが、ルモは予想外の事を言い始める。
「ねぇ、誰かに変わって貰えないの?」
「……だから、いや何だって?」
「ガベル、あなたには色々と恩があるわ。だから……もう! あんたに死なれたら嫌なのよ!!」
彼女は感情を爆発させながら廊下中に響き渡る声でそう叫ぶと、勢い良く扉を開けて中に入りバタンと閉めてしまった。
「……そう言われてもなぁ」
独り残されたガベルがそう呟いて周りを見回すと、今まで一度も顔を見せた事の無い同居人達が、彼の視線に気付いて一斉にドアを閉めた。




