(1)ー⑩
「……今夜の歩哨は誰だ」
「表はキリーとダン、入り口はロジンとミストの筈ですよ」
「じゃあ、四人は居ないと思え」
二番手が事態を察しテーブルに立て掛けていた剣を掴み、首領も同様にベッドに吊るしていた剣を抜く。その隙に娘は震える足を引き摺るように床の上を這い、ベッドの支柱に縋るように身を寄せた。
「……まさかと思うが、賭けで勝った奴等は酒飲んで一階の部屋で寝てるよな」
「ええ、きっとそうでしょう」
「……糞共、肝心な時に役立たねぇ」
部屋の中でそう言い交わす二人だったが、廊下に居る筈の侵入者に動きは無い。隠れ家には自分達を含め合計十人居たが、相手は果たして何人なのか。だがコバーンの砦に絡む騎士連中の仕業にしては、やり方が余りにもらしくない。
「……お前、【人間狩りのガベル】って知ってるか」
沈黙に堪えきれず首領がそう呟くと、二番手は首を傾げる。
「いや、知りません……ガベル? 誰です」
「……お前みてぇなお坊ちゃんは知らねぇか。俺がまだ若い頃……今よりもっとデカい集団に居たが、そこでちょくちょく噂になってた奴が居た」
首領がそう言うと、二番手は自分が落ちぶれ嫡子の事を思い返すが敢えて話を止めなかった。
「……盗賊でも何でも、とにかく人間を狩るような汚れ仕事を好んでやる馬鹿野郎でな。金で買収も出来ねぇ、交渉も聞かねぇ、とにかくヤバい奴だってな」
「じゃあ、どうして知ってたんです。知ってる奴はだいたい死んでるんじゃ……」
当然そう思い、二番手が尋ねる。二人は事態が進まない事に焦れながら、しかし妙案も浮かばず入り口を見張る。
「……来たんだよ、俺等の居たねぐらにそいつが。合同ギルドの討伐だとか言ってたな……そこにガベルって奴が、鬼人種の大女を引き連れて飛び込んできやがった」
首領はそう話しながら、掴んでいた剣の柄を握り直す。ふと見ると知らぬ間にきつく握り締めていたのか、指先から血の気が抜けて真っ白になっていた。それを見た拍子に彼は、あの時の状況を今になって鮮明に思い出す。
『……ガベルッ!! あんまり先に行き過ぎるなっ!!』
『ああ、判ってる。だが、別に心配要らん』
そう声を交わしながら、若き日の盗賊頭の隠れていた木箱の前を一組の男女が通り過ぎる。木箱の中から外を覗くと、辺り一面の血の海の真ん中でその二人は次々と男達を殺し続けていた。それから時間が経過した後、箱の中から抜け出して命からがら逃げたのだ。その途中、握り締めていた指先を解くと爪が手の平に食い込み、血の気を失って真っ白になっていた。
「……まるで、嵐の日の風車みてぇな奴だった。曲刀を持った手がくるくる回る度に、仲間の首がポンポン飛びやがる……しかも、そんだけの大事してやがるクセに顔色一つ変えやしねぇ」
「じゃあ、逃げ出せたのは……」
「俺一人だけだ。他の奴は誰も逃げられなかった……」
古い思い出話を終えた首領はそう言って再び剣を持ち直し、その時もこんな感じだったと繰り返す。
「……こんな風によ、いきなり見張りが居なくなっちまって……他の奴が外に見に行く度、誰も戻らなくてよ」
「今のうちに逃げた方がいい、二階からなら……」
二番手がそう言って窓辺に近付こうとした瞬間、入り口の向こう側から窓に向かって何かが飛ぶ。それは首領と二番手の頭上を越えて窓枠に当たってパリンと割れ、瞬時に小さな火球と化す。
「ぐわぁっ!?」
窓辺に近付いた二番手はその火球に包まれ、衣服と髪から青白い炎を上げて藻掻き苦しむが……やがてそのまま動かなくなる。
「まさかとは思うがよ……また、お前かガベルッ!!」
首領がやぶれかぶれでそう叫ぶと、入り口の脇からガベルが無言で中を覗き込む。
「……俺はお前を知らんが、十五年前に一度だけ今のような討伐に参加した。雑な集まりだったから、一人位は討ち漏らしたかもしれんな」
ガベルはそう言いながら部屋の状況を眺め、燃え死んだ二番手とまだ生きている二人の人間を交互に見る。
「……あんた、俺より若いが俺を知ってるのか」
朴訥にそう言いながらガベルが首領を見詰めると、相手は剣を抜いたままじりじりと距離を取る。
「俺が十代の頃……炭鉱街には近付くなってよく言われたのさ。あそこには人殺しを厭わねぇ糞野郎共が巣食うギルドがあるってな」
ガベルはそう言われ、きっと自分を含め父親やロキシー達の事をそう言い伝えてたのかと気付き、少しだけ昔を思い返す。
「……俺の父親もロキシーも、盗賊共が大嫌いだった。人が苦労して稼いだり育てた物を、横から掻っ攫って私腹を肥やすって言ってな。俺はあんたを知らんが……昔の俺を知ってるって事は……」
ガベルがそう呟いた瞬間、首領は足元に横たわっていた娘の喉元を掴むと乱暴に引き寄せ、首元に剣を当てる。
「いやあぁっ!!」
「……あんた、こいつをくれてやるから……」
「悪いが、俺は誰も助けん。人質は無駄だ」
娘の悲鳴と首領の呼び掛けは同時だったが、ガベルの返答は冬の夜風より冷え切っていた。そして彼は右手で曲刀を構えながら一歩進むと見せかけ、左手で背中の投げ菱を掴んで身を回す。その一動作で着ていた外套が広がり彼の姿が隠れ、再び前を向いた刹那に投げ菱は放たれていた。
「……知ら、ねぇ剣術……だ、な……」
「そりゃそうだろう、俺の師匠は一見必死とか呼んでいた」
ガベルの投げ菱は首領の顔に当たり、彼の片目を射潰す。そして距離を詰めると娘に宛てがっていた剣を掴む手を切り落とし、更に返す軌道で首領の脇腹から肩甲骨まで一刀でほぼ切り離していた。
「……わ、わた……」
「気にするな、殺しはしない。ただ、今は悪いが助けん」
傍らで震える娘を首領の亡き骸から抱き上げ、ガベルは部屋の隅に積まれていた戦利品らしき中から服を出して娘に掛ける。そして館から外に出ると娘に何も語ってはいけないと念押しし、彼女を館に残して立ち去った。




