(1)ー⑪
翌朝、最初の異変に気付いたのは騎士団長だった。彼が出立の前夜に居た筈のジャガルトとマヘルの二人が抜けている事に気付き、一緒に居たガベルを問い質す。
「いえ、朝起きた時から居ませんでしたが」
「……ふん、大方怖じ気付いて逃げたんだろう。これだから雑兵を集めても無意味だと……」
彼は無表情でそう言い訳し、騎士団長はそう二人を罵る。無論、ガベルはそれ以上言及はしなかった。
結局、二人が抜けた事は伏せられたまま騎士団を先頭に討伐隊が出発する。相手の性質と騎馬を含む事情から早朝の出立となった経緯もあり、ギルド員達は自分に有利な夜襲が出来ず不平を漏らすが騎士団は構わず馬を進める。
「……やれやれ、こっちは徒歩だってのによ」
「仕方ないだろ……向こうの事情しか考えてねぇんだから」
口々に呟きながらギルド員達は早足で騎馬に付き従い、二時間程進むと目指す館の付近へと辿り着いた。だが、ガベル程の実力が無くともそれなりの場数を踏んで来たギルド員達ですら、館の周りに漂う雰囲気の違いを感じ取って互いに顔を見合わせる。
「……おい、おかしかねぇか?」
「ああ、騎士団連中は気付いてないが……こりゃあ血の臭いだ」
手筈ではギルド員達が盗賊の巣と化している館を探索し、逃げ出してきた盗賊を騎士団が捕縛若しくは討伐する事になっていた。だが、館の近くまで寄った騎士団員からも事態の急変が団長に告げられる。
「何だと? そんな事が有るものか」
「いえ、見張りの盗賊が既に誰かの手で討たれてます」
「訳が判らん!!」
自分は安全な最後尾に居た騎士団長がそう叫ぶ中、ギルド員達が血を流して死んでいる見張り役の盗賊を跨ぎ越して館の中に入る。
「まだ生き残りが居るかもな……」
「どうだかね」
やはり狭い室内で動けるよう短剣と小さな盾で武装したギルド員達が開いたままの扉を抜けると、室内もほぼ同じ状況だった。
「……これは、仲間割れか?」
事態を把握する為に馬から降りて館の中に踏み込んだ副団長が、斬り殺された盗賊らしき死体を眺めてそう呟く。団長はともかく、ガベルの眼で見てもそれなりの場数を踏んでその地位に登り詰めたからか、彼の言動は経験則から積み出した何かが滲む。
「……こいつは背後から一太刀、こっちは気付かれた後でも構わず正面から一太刀か」
しゃがみ込み、後ろから首を斬られうつ伏せに倒れていた死体と仰向けで剣を握ったままの死体を見比べ、副団長は自らの顎を擦りながら感心する。
「……盗賊の仕業にしては鮮やか過ぎる。訓練を受けた元兵士か、いや……雇われ剣士の類いか?」
立ち上がりながら視線を感じたのか、後ろに居たガベルと向き合う。
「……炭鉱街のガベルだったか、そっちはどう思う」
「さあ、自分は只のギルド員ですから」
表情を変えずそう返答するガベルだが、彼の提げた曲刀を眺めてから副団長は眼光を鋭くする。
「……私の見立てでは、叩き切る直剣でなく撫で切る曲剣で皮鎧の継ぎ目を狙って斬りつけている。例えば君のそれみたいな剣でね」
「……自分が抜け駆けしたとお思いで? 買い被り過ぎですよ」
気の抜けた表情のままそう言い抜けるガベルだったが、副団長の視線は逸らされない。
「ふむ、そうか。だがこの状況で何も感じず平常心で居られる君の神経は、一体どうなってんだろうな」
「残念ながら、俺は魔獣狩りのし過ぎで血の臭いに慣れてるんですよ」
「……だったら良いがね」
尚もそう言い抜けるガベル相手に副団長は暫く睨み合うが、やがて最後にそう言い残して去っていった。
「状況はどうなってる!!」
「……盗賊共は全員死んでいました」
ギルド員達と共に戻って来た副団長を捕まえて騎士団長が叫ぶと、彼は動じず見たままを報告する。
「誰の仕業かまでは判りませんが、仲間割れなのか盗賊団全員が斬り殺されています。見張りも、寝ていた連中も二階に居た幹部らしき者達も、例外無く」
「そんな筈があるか! 第一、人を殺めるような悪さをしてきた賊が簡単に斬られる筈も無かろう!」
「……ご指摘の通りと思いますが、何分にも生存者が居ないので詳細な事は判りません」
騎士団長は自らの手柄を横取りされた事が納得いかないのか、そう言って憤るが副団長は逸る団長を鎮めるように続ける。
「しかし、残された死体を見ると仲間割れ、若しくはそれに近い状況である事に間違いありません」
「ならば、まだ殺戮者はこの近くに潜伏しとるのか!! よし、周囲を探索するぞ!」
騎士団長の一声で騎士団員達も馬から降り、すっかり終わったものと思っていたギルド員達にも新たな命令が下る。
「……状況が変わった。討伐対象の盗賊団は何者かに殺害されていたので、周辺の探索に切り替える」
「探索って、何を探せばいいんですか」
「館から逃げた殺害者、若しくは生き残りだ。どちらか見つかれば何らかの情報が得られる筈だ」
副団長の説明に不平を漏らしながらギルド員達も散開し、騎士団員達と共に周囲の森を進み始める。だが、彼等は館の裏に隠れていた不遇な娘を見つけだした。
「……心配するな、我々は盗賊団討伐に出向いたマリアブルの騎士団員だ。嫌な目にあったかもしれんが詳細が知りたい、時間が掛かっても話してもらいたいが」
副団長が娘の元にやって来ると、ギルド員達に囲まれていた彼女は怯え切った表情のまま頷いた。
「……それで、娘は結局ガベルの事は話さなかった訳だね」
「お陰でこうして帰って来れたさ」
ガベルは報告の為、帰ると直ぐギルド会館に顔を出した。そこでロキシーとアルマに事の顛末を話し、身につけていた装備を外す。
「うっ、ガベルさん……武具はキチンと洗って干しといてください!」
「ん? ああ、アルマは鼻が利くんだな」
「……血の臭いが濃くて、頭が痛くなります……」
血の臭いに敏感なアルマが鼻をつまむと、ガベルは頭を掻きながら装備を担ぎ上げる。
「ついでにガベル、風呂に入っていけ」
「……何故だい、ロキシー」
「鈍いねぇ、血の臭いさせて帰ったらあんたのルモが卒倒しちまうだろ」
ロキシーが薄笑いを浮かべながらそう言うと、ガベルは無表情のまま頭を掻いて風呂のある離れに向かった。




