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炭鉱町のガベル  作者: 稲村某(@inamurabow)


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12/18

(1)ー⑫



 この世界において、風呂は決して珍しい設備ではない。だが水を大量に使う点や湯沸かしの設備が発達していない地方では、溜め水を張って熱湯を注ぎぬるま湯程度で利用するのが関の山である。だが、ここは炭鉱街。湯を沸かすのに必要なボイラーが当然のように存在し、決して贅沢な物では無いがガベルの定宿には無かった。



 (……割りと賢い娘で助かったな)


 湯に浸かり天井を眺めながら、ガベルはそう思う。二階に居た娘はガベルの言葉に耳を傾け理解した後、彼と別れて直ぐ館から逃げ出した。だが、行く宛ての無かった彼女は朝になるまで館の裏に身を潜めていた。


 助け出された後、娘は副団長に知る限りの状況を説明したが、ガベルの事は漏らさなかった。口止めされていたのも理由の一つだが、彼女は余計に口出しして巻き込まれたくなかったのだ。


 『……嫌な事もされましたが、もうみんな死んでしまったんで……』


 彼女はそう告げると口を閉ざし、でも村に帰って暮らすのも無理でしょうねと弱々しく微笑む。聞けば拐かされた際に家人も殺され、村に知り合いは居ないという。仕方なく騎士団長は近くの街まで送り、そこの有力者に助力を乞うとだけ約束した。



 (……暫くの間は、討伐も無かろう……)


 ガベルは再び天井を仰ぎ見、若干気の抜けた調子でそう思いながら湯に沈む。以前に比べ、野盗の類いも魔獣と共に減った。それは石炭とボイラー技術に依存するように変化した社会構造が、いびつながら少しづつ型に嵌ってきた証拠であり、過渡期から安定期に入った所以でもある。だが、平凡なギルド員の一人に過ぎないガベルにはそこまで理解出来なかった。


 「……ん? 何か……大事な事があった気がするぞ……」


 だが、緊張感が緩み危うく湯船の中で寝落ちしかけたガベルは不意にそう思い、頭の中をかき回して考える。



 「……そうだ、ルモと約束してなかったか?」


 と、漸く思い出したガベルは慌てて湯船から立ち上がり、急いで身体を拭うと着衣を身に着けて風呂場から飛び出すと会館の受け付け付近に居たロキシー達に叫んだ。


 「済まんがっ!! そのぉ……相談したい事があるんだが……聞いてくれないか」


 その言葉を聞いて事態を察したロキシーとアルマは、互いに顔を見合わせてからニヤリと笑った。




 (……ルモ、今戻った)


 宿に帰り階段を駆け上がり、息を整えてからガベルが声を掛ける。すると駆けつける音と共に幾つかの鍵が外され、ドアがすっと少しだけ開く。


 「あ、おかえりなさい……無事に済んだ?」


 ドアの隙間からルモがそう言うが、彼女は何か気にして顔は見せない。


 「ああ、何ともない。色々と心配かけて済まなかった」


 ガベルがそう答えると、ドアの隙間から安堵の吐息が漏れる。だが、相変わらず彼女は顔を見せない。その様子に自分が居ない間に何かあったかと気になるが、今は先に言うべき事がある。


 「……ルモ、約束覚えてるか」


 「うん、覚えてる」


 ルモがそう答えて彼の言葉の続きを待つ。


 「……無事に戻ったら、君と食事に行こうって言ったよな」

 「うん、覚えてる……」


 先程と同じように彼女がそう答え、ガベルは少し考えて返す。


 「……君を連れて行くなら、この街じゃない方が落ち着いて食事が出来ないかって……」


 「……私が【箱入り】だから?」


 ガベルの提案に、ルモは躊躇わずそうはっきりと口にする。


 「……俺は気にしない。でも周囲はそう思わないかもしれないから」


 ガベルはやり切れない思いでそう伝えると、ルモの声は掠れ気味になる。


 「……ありがとう、でも仕方ないじゃない。私は娼婦だもん」


 そんな事は百も承知だ、ガベルはそう言いたかった。しかし、余り強く言い切っても逆に彼女を傷付けるかもしれない。その想いが溢れ出し、ガベルは言葉に詰まる。


 「……君がどうして箱入りになったかは聞かない、でも今こうして話しているルモはやっぱり俺にとってルモなんだ。それは本当だ」


 重ねて彼女の名前をそう呼ぶと、ガベルの中で感情が更に増していく。


 「他人の眼が何だ! 俺は君を……」

 「判ってる、判ってる……だから、化粧するからちょっと待ってて?」


 ああ、そうかとガベルは思う。男のガベルとやはり違い、ルモは女なんだと。


 「済まなかった、待ってるから支度してくれ」

 「うん、ご免ね!」


 それからきっかり三十分待たされてから、ルモの部屋のドアが開いた。だが、彼女の格好を見たガベルは一瞬固まり、それからその意図を理解するまで暫く掛かった。そして全て理解した後、彼は自分の浅はかさとルモの頭の良さに感服した。





 ガベルとルモは二人で昼の炭鉱街を歩き、採掘場近くの大衆的な食堂に行った。そこは品数も少なく決して贅沢さを売りにするような雰囲気では無かったが、その気楽さが心地良い店だった。


 「……それにしても、よくこんな店を知っているな」

 「よしてよ()()()()! 別にそんなんじゃないって!」


 ガベルの前に座りながら、ルモはそう言って楽しそうに笑った。だが、そんな彼女の姿に誰も注目しない。いや、まさかあの【箱入り】娘が居るとは誰一人として気付かないだろう。



 ルモがドアを開けてガベルの前に現れた時、彼はその姿を見て全てを理解した。肩まで掛かる髪の毛を纏めて束ね、帽子を被り半袖シャツと丈の長い半ズボンをサスペンダーで吊るす姿は典型的な【炭鉱夫】の格好だった。そして、念入りにわざわざ石炭の粉を頬に擦りつけて肌の白さまで誤魔化せば、何処にでも居そうな炭鉱街の少年にしか見えなかった。


 「()()もね、たま〜にこうして外食するんだ! でもいつもじゃないし、誰とでもじゃないんだ!」

 「ああ、ああ……そうだろうな」


 ルモは見たままの少年じみた口調でそう言いながら、甘じょっぱく煮込んだ肉団子の載ったパスタをクルクルとフォークに絡め、大きく口を開けて噛み締める。その様子を眺めながら調子を合わせてガベルも頷き、同じ料理を載せた皿からパスタを一口頬張る。


 「……パスタは柔らか過ぎるし、肉団子も混ぜ物が多いが……」

 「……でもっ!」


 「「……たまにはこういうのも、悪くない」!!」


 二人はそう言い交わし、腹の底から愉快そうに笑った。




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