(2)ー①
単調な繰り返しばかりの毎日に、その暮らしを一変させる出来事が起きれば誰でもそう感じるものである。そしてそれは、余りにも唐突だった。
(……しかし、そこまでの事だったんだろうか)
ガベルはそう思いながら手に持ったフォークを回し、パスタを絡める。味付けはありきたり、量は沢山、そしてサービスは平均的。だが、目の前にはルモが居る。そう言えば何処で盗賊狩りの噂が漏れたのか微妙に観光客も増えたが、それだけで今のガベルには十分だった。
「……どうしたの?」
今日も初めて一緒に出かけた時と同じ炭鉱少年そのものの姿だが、口調に女らしさが滲む。二人で出掛ける為、わざと化粧せず炭粉で肌の白さを誤魔化しているが、一皮剥けば春を売るだけの魅力を有しているのだ。
「いや、相変わらずだなと思っただけだ」
「それって、この格好の事?」
ルモはそう言いながらきつく布を巻き付けて胸を潰した鎖骨の下をポンポンと叩くと、身体を捻ってその出来を確かめてからニコリと笑う。
今居る店は宿屋に併設された食堂で、その割りに客が多い(大抵は値段と料理の質で客足が決まるものだ)せいで働く給仕係はぞんざいな接客になっている。お陰で客は長居せずさっさと入れ替わり店を後にするが、ガベルとルモのような二人が居座っても誰も気にしない。その素っ気無さが今の二人にとても重要なのだ。
「格好というより……」
君の綺麗さだと言いかけて、ガベルは躊躇する。ルモがどうして娼館で働いているのか、ガベルは敢えて尋ねていない。二人の間柄を考えればもう少し踏み込んでも良い雰囲気になりつつあるが、長年の余計な知識がそれを妨げる。無遠慮に何でも聞いて今の距離感が失われるなら、聞かない方が遥かにマシなのだと。
「……どんな姿でも君らしいと思って」
「う〜ん、微妙な褒め言葉ねぇ」
ルモは彼の言葉にフォークを持ったままわざとらしく腕組みし、やがて何か思い付いてガベルの顔をちらりと見た。
「……やっぱり、女の人とあんまり食事した事ないんでしょ?」
ガベルは幼い頃からゴブリンの父親と共に過ごした。この炭鉱街では亜人種が特に珍しい事は無く、彼が幼少期を過ごした炭鉱夫長屋の隣人達の顔ぶれも大して変わらなかった。景気の良さを期待して田舎から越して来たり、閉鎖的な環境に辟易し移り住んで来た者、又はガベル達のように異種婚夫婦といった様々な人々が炭鉱という新たな産業を当てにして暮らしていた。
炭鉱長屋と呼ばれる所以は幾つも有り、まず炭鉱から離れていない立地条件が挙げられる。勤め先が近ければ働き易いのは当然だが、それは逆に炭鉱の換気孔と近い欠点も併せ持つ。換気孔から常に排出される塵芥には細かな石炭が混じり、昼間に洗濯物を干せば灰色に染まる程である。だから賃料が安く暮らせる半面、健康被害も出てしまう。しかし、炭鉱に勤める者は誰も気にしない。気にしたら働けないのだから。
男手一つで育てられたガベルは、家の掃除や洗濯といった家事や炊事は早くから覚えた。炭鉱に働きに出ている父親の役に立ちたかったというより、生きる為に必要だったからである。長屋では彼のように家事手伝いをする子供が多く、井戸場や共同竈に行けば同じ境遇の子供と共に、
「あははは! もうちっと腰入れて擦んないと釜も綺麗になんないよ!」
等と様々な年齢のおかみ連中にからかわれながら色々と教わった。もし、ガベルがもう少し青年に近い歳だったら色事の手ほどきもあったのかもしれないが……今となっては絵空事である。
「……親父と暮らしていたから、そうした機会は余り無かったな」
「あ、そうだったわね……でも、ずーっと炭鉱長屋じゃないでしょ?」
ガベルが正直に答えると、彼の生い立ちを知っているルモは少し身を捩る。気まずさを感じるとすぐそうする癖なのだが、ガベルもそれを知りルモの事が更に可愛らしく思えた。
「……親父が炭鉱で事故に遭い、右足を失ってから俺は独り暮らしを始めたんだ。長屋は人頭割りで値段が決まるから、出てった方が安く住めたな」
ガベルが当時の事をそう説明すると、ルモはちょっとだけ困惑したような顔になる。
「……人頭割り?」
「家族の人数で家賃が変わるのさ。独身なら二万レン、夫婦で四万レン。子供や祖父母が一人増える毎に五千レンだ」
「ふーん、だったら家族みんな稼げれば暮らしは楽になりそうね」
昔の事を言ってどうかと思いながら、ルモとの会話をガベルは純粋に楽しんでいた。そしてその変化はその最中に起きた。
……ドスンッ、と大きな地鳴りとも地響きとも思える振動と共に、炭鉱街自体が大きく揺れた。その瞬間、ガベルは咄嗟にルモの身体を庇う為に彼女を抱きかかえ、次に訪れる衝撃や他の変化が起きても護れるよう身構える。
「……何、今の!?」
「判らん……落盤かと思ったが」
だが、大きな変化は訪れずガベルはルモの身体から身を話し、店内を見回す。無論他の客も同じように目を丸くしながら恐る恐るといった体でじっとしていたが、やがて何事も無かったように動き始めた。
「ちょっと、ガベル!」
「ああ、換気孔は無事か?」
二人は忘れないうちに会計を済ませ、揃って店の外に出て一番近くにある筈の大きな換気孔の煙突を見てみる。だが、四角い形状に異常は見られず欠損や脱落は起きていないようだ。
「……何だったんだ、あれは」
「判んないけど、事故とかじゃないみたいね」
街の通りには二人と同じように事故を危惧し見回りながら互いに声を掛け合う住人達が外に出ていたが、異常が見られないと判り少しづつ散っていった。




