(3)ー⑧
「殺し合って、結局互いに殺せず終わった……ですか」
「ああ、糞師匠は結局糞師匠のままで、俺は超えられなかった。今生きていても、もう爺さんだろうから……」
ガベルの独白にビーディは金縛りから醒めたような気分で答え、思い出したように果実汁をひとくち飲む。すっかり温くなったそれは粘るように舌に張り付きながらゆっくりと喉を滑り落ち、その甘さだけがビーディを落ち着かせる。
「でも、それで何となく判りました。私が生まれるずっと前から戦争は無くなり、人同士が争っても町中で喧嘩か盗賊狩り程度のご時世です。だから、ガベル様みたいな……」
と、そこまでビーディが話すが不意に言葉が止まる。
「人殺しに慣れてる、か?」
「……そこまでは判りません……でも、尋常じゃない強さの方は、たまに居ます」
「うちのギルドのロキシーみたいな?」
「いえ……そうなんですか?」
「あれは別格だ、戦争には過去二回参加してると聞いてるぞ」
ガベルが言葉を継ぐが、ビーディはそこまで明言しない。面と向かって【お前は人殺しが上手い】という奴は居ないが、それに近い事をガベルは言われ慣れている。それからは無難な話に流れ、夜も更けた頃に彼女はガベルに、
「では、私は御館様の元に戻ります。興味深いお話を伺えて良かったです」
律儀にそう告げると、一礼して二階に上がって行った。
「……ふあぁ、何も無くて良かったな」
「全くだ、ところであんた腹減ってないか?」
欠伸しながらガベルがそう言うと、厨房の向こうから料理番のカスガイが話し掛けて来る。ガベルが居るロビーは待ち席として利用されているが、その片隅に厨房が備わり一夜を過ごす客に有料で酒肴や食事を提供している。
「いや、さほど減ってはいない」
「そうかい、じゃあこれで良いな」
カスガイはそう言うと厨房からロビーに出てきて、ガベルの前にあるテーブルの上にカップを一つ置く。
「……これは?」
「まぁ、飲んでみてくれ。悪かないと思う」
カップの中身は真っ黒な液体だが、湯気と香ばしい薫りが立ち上る。ガベルは未知の飲み物にやや警戒するが、場末の怪しい店で出されている訳では無い。そう思いながら一口目を含むと、香りに値する薫気が鼻まで通り抜け苦味と共に消えていく。これはかなり、独特な味と香りが癖になりそうだ。
「……うん、旨いね」
「それは良かった。そいつは結構良い値段するが、それなりの代物だろう」
カスガイはそう答えると、カップにもう一杯分注いでくれる。どうやら只のお茶と違い覚醒効果でもあるのか、ガベルはしつこく纏わり付いていた眠気が遠退いていくのが判る。
「……こりゃあ、なかなか……有り難いもんだ」
ガベルはカスガイの気遣いに感謝しつつ、再び店内の様子に気を配る。順番待ちの客は既に奥に消えたのか姿は無く、ガベルと同様に客待ちの姿勢で待機する接客係の従業員が居るだけである。
「ガベル、寝てない?」
暫く経ち、自分の名前を呼ばれて振り向くと寝間着姿のルモがやって来る。そしてガベルの横にすとんと腰を下ろすと、テーブルの上に載った器を眺めてから自分の分とガベルの分を注ぎ、一口飲む。
「起きてるよ、お陰様でね」
ガベルはそう答えながらカスガイの差し入れを飲み干し、冷めてしまったせいか増した苦味渋味でうむむと顔をしかめる。
「あら、カスガイがくれたの? 良かったわね気に入られて」
「……気に入られた?」
「うん、割りと人見知りする。それに、ここの元用心棒って厨房と仲違いして辞めさせられたから」
「……そうなのか?」
前任者の意外な退職理由に彼が尋ね返すと、ルモは頬杖をつきながら答える。
「……ちゃんと仕事はしてたんだけど、よく身内にやたら横柄な態度する人居るでしょ。それで、度々カスガイと衝突してたんだけど……見かねたキーリエが釘を刺したの。そうしたら、それを全部カスガイのせいにしちゃってね」
「そりゃ大概だな」
「うん、身から出た錆よ」
二人でそう言い交わしながらガベルは周囲を見回し、改めてルモの姿を眺める。
「……なに?」
「いや、何でもない」
正直に綺麗だ、と言い出せずガベルは言葉を濁すがルモは真面目な顔になる。
「……ねえ、ガベル。娼婦の事、どう思う?」
ルモの質問にガベルは暫く考え、彼女が真剣に彼の返答を求めているのだろうと気付く。
「娼婦が世の中でどう思われているかは知っているが、俺はルモの仕事が娼婦でも君を蔑んだりしない」
「……それって、隷属契約の仕組みがあるから?」
彼女の【隷属契約】という言葉に、ガベルは知識の端々を探りながら真意を探る。隷属契約とは、雇用主と働き手の間で稀に交わされる契約の一種である。元は奴隷と主人の間に交わされる契約だったが、その強い呪術的効果を逆手に取り、娼婦の性病と避妊対策で用いられている。
「……そうだな、確かにそれもある」
「軽い女よね、こんな所で働いてるんだから」
ルモの言葉の重さはガベルの心に響き、一歩間違えれば今まで構築してきた二人の間柄まで砕かれるのではと思う。だが、それはルモに好意を寄せた時から覚悟していた事だった。
「……それは違う」
ガベルがそう断言すると、ルモは彼の次の言葉を待った。




