(3)ー⑨
「……それは違う」
ガベルの言葉にルモは口を閉ざし、寝間着の襟元を正して待つ。その仕草に彼女の普段と同じ心根を感じ、ガベルはゆっくりと言葉を継ぐ。
「君自身は、変わらない。他人は仕事内容を知ればとやかく言うかもしれないが、君の本質は同じだと思う」
「……つまり?」
「ルモは、俺の中でいつも真ん中に居る」
「うん、回りくどい言い方!」
ルモはハッキリとそう評し、でも悪くないかもと微笑む。
「……誰だって、他人に知られたくない事はあるだろう。それが……娼婦として働く事だったとしても、君は俺にそれを明かしてくれた。だから、気にしない」
「そうだね……そうかもしれない」
二人で向き合いながら、ガベルとルモが言葉を交わす。それまで自分達の間でそうした話題を取り上げた事は無く、だからこそ有意義な時間だった。無論、その中に含まれているのが互いを好き合っているからこそ成立する話なのだが。
「ところで、今夜は稼げたのかい」
「ふふ、この流れで聞く話?」
ガベルが唐突に話題を変えると、ルモは上半身を反らしながら苦笑いする。
「まぁ、割りと良かったかな……でも、泊まり客は居なかったから高めじゃないね」
「そうか、だからこの時間に出て来れた訳だな」
一歩間違えれば下世話になりかねない話題だったが、ルモは正直に答える。お陰でこうして二人で話が出来るのだから、ガベルは有り難いものだと思う。
「そうよ? お客様としてお話するのなら、案外洒落にならない額を積まないとダメなんだから」
「じゃあ、有り難く満喫させてもらうとしよう」
ガベルがそう言うとルモは悪戯っぽく笑みを浮かべ、そう言えば今日は変わった客が来てねと楽しそうに話し始めた。
「ルモ姐さん、そろそろ店仕舞いの時間です」
「……うん? あらもうそんな時間!!」
待ち席担当の従業員にそう伝えられ、ルモは慌てて立ち上がる。そのまま上の階に向かいながらふと立ち止まり、
「……ガベル、終わったら一緒に帰りましょう!」
振り向いて手を振りながら彼にそう声を掛け、足早に二階へと上がって行った。
「ガベル、今夜はお勤めご苦労様」
夜明けから朝になり、キーリエの元にやって来たガベルを彼女はそう言って出迎える。
「初めてで何かと判らない事もあったでしょうが、上手く往なしてくださいましたね」
「いえ、もっと良いやり方があったかもしれない」
「……良いこと、ガベル。この店では私が決めた掟に全て従ってもらうのよ。それはお客様とて例外じゃないの」
ガベルに向かってキーリエは話しながら立ち上がり、朝日が差し込む窓枠に腰を預ける。
「従業員に手を上げない、嬢に暴力を振るわない……そもそも、そんな事をするのは人として許されないけれど、弱い立ち場の相手に暴力を振るう者は客じゃない。強気で排除して構わないのよ、ここではね……」
キーリエが果たしてどのような過程でそうした結論に至ったのか、ガベルは知らない。ただ今はキーリエが雇用主で、彼は彼女に雇われたのだ。
「……そうそう、お賃金の話だけど日払いが良い? それとも週払いの方が良いかしら」
「そこまで切羽詰ってませんので、週払いで構いません」
「あら? 随分と謙虚なのね」
ガベルの返答を聞いてキーリエは少し驚き、今時珍しいわねと正直に言う。週払いは纏った金が欲しい者には不評だが、雇い主に対して信頼を得たい者はそちらを選ぶ。金欲しさを前面に出し過ぎる者は珍しくはないが、それは逆に欲に駆られて何をするか判らない面も有るのだ。
「では、期日になったらお支払いします。それまでお励みになって」
「はい、ありがとうございます」
「ええ、それでは……いえ」
その時までこの話はお預けとなり、キーリエはガベルに別れの言葉を口にしかけたが、
「忘れる所でしたわ……ガベル、もしあなたが良ければ住み込みも出来るのよ? どうかしら」
突如そう告げられ、ガベルは一瞬目を丸くする。だが、彼の答えは決まっていた。
「……お気遣いありがとうございます。でも宿代を先払いしてあるので、それはまたの機会にします」
そう言ってガベルが頭を下げると、キーリエは気にした様子も無く彼に手を振った。
「ガベル、お待たせ!」
従業員用の扉を開け、ルモが勢い良く出てくる。先に外に出ていたガベルが片手を挙げて彼女に答えると、ルモは跳ねた前髪を手櫛で撫でつけてから彼の横に並ぶ。
「いつもこの時間に店を出ているのか?」
「うーん、そうね……泊まり客相手だと昼過ぎになったりするかも」
「それも大変だな」
二人はそんな他愛ない話をしながら、出勤する炭鉱夫が行き交う街の中を進む。まだ石炭粉を浴びる前の労働者達は、自炊せぬ者は行きつけの店で朝食を食べて仕事に向かうのだろう。
「随分と忙しないな」
「ガベル、あなたの育った街でしょ?」
まるで赤の他人のように辺りを見回すガベルに、ルモは何言ってんのよと言いたげである。
「さて、今朝は何がいいか……」
「私、卵料理が食べたい!」
流石に仕事帰りという事もあり、変装せず小ざっぱりとした程度の格好でルモがねだると、
「む、そうだな……じゃ、酒も出す店にしよう」
「えっ、朝から飲むの!?」
「いや、そうじゃない。知っている所で一軒、酒は出すが後は客任せのざっかけな店がある」
「……そりゃまた随分と冒険なさるわねぇ」
彼の提案にルモは顔を顰めるが、その割りに何か期待しながらそう言って、ガベルに案内するよう願った。




