(3)ー⑦
フジマルから手ほどきを受ける事になったガベルだが、その方法は真に実践的だった。
「盗賊ってのはな、元は農夫やら何やらで元の職種は大して変わらん。ただ、お前と違う点が一つだけある。人を殺した奴だって事さ」
そう言ってガベルを盗賊狩りに連れ回し、アジトに蹴り飛ばして高みの見物を決め込んだ。
「……本当ですか、それは」
「ああ、本当だ。全く血も涙もない、糞のおっさんだった」
本気でどん引きするビーディにガベルはそう言うと、長話で渇いた喉を果実汁で潤す。すっと酸味と甘味を伴いながら舌先から喉に滑り、その味は暫く残るがやがて消えていく。まるで、自分の若い頃の思い出のように。
「がああぁっ!! 死にたくねぇ、死にたくねぇんだよ!!」
手に持つ棍棒を乱暴に振り回しながら、ガベルの前でその男は血走った眼を彼に向ける。わざわざ今から行くぞとフジマルはご丁寧に叫んでからガベルを蹴り込み、アジトの入り口に火を放ったのだ。
「くそっ、丸ごと皆殺しじゃねぇか!!」
「どきやがれっ!!」
男の向こうには似たような連中がまだ何人もいたが、狭いアジトの中では一度に相手出来る人数は限られている。つまり、どれだけガベルと盗賊共に力量差があったにしても、戦う人数だけは一応何とかなる……ただ、それだけだが。
信じられないがフジマルはガベルに「死ぬ気にならんと死ぬからな」と確かに告げていた。
だからといって秘策や何かを授けた訳ではなく、耐えろ死ぬなの基本方針だけは変えなかった訳だ。
「まだ間に合うかもしれねぇ! そいつぶっ殺して早く出るぞ!!」
後ろから他の盗賊に急かされ、先頭の男は棍棒をきつく握り締める。だが、ガベルと男に大した違いは無い。男は棍棒だが二人女を殴り殺した過去があり、ガベルは短剣と小盾を装備していたが、人を殺した経験は無かった。
ガベルは考える、盾で棍棒を防いでもふらつくかもしれない。だったら、剣を振って相手の動きを鈍らせる方が良い気がする。
フジマルは確かに不親切で糞オヤジだったが、ガベルに何も教えなかった訳ではない。剣をどう振れば人が傷付き、腱や血管や臓器をどれだけ破壊出来るかは教えていた。急所さえ抑えれば、ガベルにも相手を容易に壊せるのだと。
「……ぐおっ!?」
ガベルが二歩で間合いを詰めて男の手の甲を狙い、剣を振って強く斬り付ける。ザクッと小さな手応えと共に相手の指に関わる腱が切れる感触が伝わり、ガベルは我が身が切られたように背筋を震わせる。誰もが必ずそうなる、とフジマルは彼に教えていた。自分の行動が感触として伝わると、人間は我が身にそれをなぞらえて反応してしまう。
「くそぉ……っ!?」
男が痛みと共に棍棒を落とすと、その最後に見たのはガベルの短剣だった。ざすっ、とその切っ先が眼球ごと脳を貫き彼の一生はそこで終わる。
すっ、と短剣を引き抜いてガベルは前倒しになる男から離れ、そして込み上がる吐き気を堪えながら小盾を構える。その小盾に手斧がガツッと刺さりガベルは冷や汗をかくが、次の盗賊が前に現れると足を開いて体勢を低くして構える。
「……ほほっ、だから言ったじゃねぇか……実戦に勝る物は無い、ってよ」
屋根の朽ちた農家の納屋だったそこで繰り広げられている惨劇を眺めながら、フジマルは我が意を得たりと言いたげにほくそ笑む。
「……相変わらずの鬼畜振りだな」
「鬼畜ぅ? 合理的且つ理想的って言えよ」
様子を見に来たロキシーが呆れると、フジマルはにやにや笑いつつガベルの動きに目を配る。
「……ほらな、いつの間にか盾と剣の使い方もマシになってきやがったろ」
見下ろすフジマルの言う通り、ガベルは小盾を下から掬うように跳ね上げて相手の剣を逸らし、僅かに隙間の開いた胸当てと兜の間を貫く。それが最後の一人になり、盗賊を全てガベルが斬り伏せた。
「おい、糞ガキ生きてるか?」
「……残念だけど生きてるよ……」
フジマルが血の池と化した納屋の中にそう呼び掛けると、燃え残った柱の間からガベルがぬっと顔を見せる。その表情に活気は無く目は光を失い、血の気の失せた頬と共に酷い顔である。
「おう、酷えぇ顔だな。だがよ、ちったぁマシになったぜ?」
「ガベル、気分はどうだ」
「ロキシーさん……俺は人殺しだ、でも……くそっ、くそっ……全然何とも無かった……」
ガベルは悔しそうにそう呟き、自分の中で渦巻く得体の知れない後悔と、全く同じ様子で巻き上がる気色の悪い達成感に身を震わせた。
結局、ガベルはその後フジマルに何度か似たような事をさせられたが、人間相手に打ち負ける事は無かった。ただ、フジマルと共に居る間は彼に一度も勝てなかった。
「ほぉ、お別れのついでに一戦交えようってかい?」
「ああ、あんたが応じてくれるなら、悪かないだろ」
ガベルが二十才を越えた頃。フジマルは突然彼の元を去ると告げ、それを聞いたガベルは静かに曲刀を抜いた。
「ま、別にいいがよ……所詮糞ガベの剣は俺の劣化版でしかないぜ?」
「それは師匠の教え方が悪かったからでしょう?」
「はぁ、やれやれ……糞ガベの割りに口の利き方だきゃ上手くなりやがったな」
とんっ、と軽く足踏みしながらフジマルは手を腰に当て、後ろを振り向きながらロキシーに話し掛ける。
「まっ、そういう訳だ。そこに預けてあった俺の刀、取ってくれや」
「……死ねばいい」
ほっと軽く投げ渡す刀を受け取り、ロキシーの辛辣な一言にフジマルは微笑む。
「そいつぁ、糞ガベ次第だぜ?」
すらりと鞘から刀を抜き、半眼の構えでフジマルが囁く。
「……だからよ、少しは期待させろな」
ガベルは答える代わりに曲刀と共に身体を回し、フジマルが受けると同時に視界を丈の短いマントで遮る。だが、フジマルの刀は迷わなかった。マントごと真っ二つに斬る動きがそれに応じるが、その斬撃は激しく火花を散らしながら逸らされる。
「ほおっ! そこから更に回るかよ!?」
「あんたが老けてく間に、こっちは必死になって舞ってたのさ」
「いいねぇ、そういう生意気さは嫌いじゃねぇ!!」
肩越しにフジマルの動きを捉えるガベルの視線と、フジマルの視線が宙で交差する。一合、また一合と死と隣り合わせの剣舞が繰り広げられ、その度にガベルは自分の引き出しから必死の一撃を送り、フジマルはニヤつきながらその一撃を受け流す。そう、ガベルは五年間で培ってきた人殺しの技を実剣で行い、フジマルも同様に一刀で相手を真っ二つに出来る剣技で応じ続けたのだ。
「……気が狂ってやがる、お前ら」
「やめろやロキシー、惚れたら一生後悔するぜ?」
「お前と知り合った事は既に後悔してる、安心して死ね」
そんな最中、フジマルは軽口をロキシーに投げ掛け彼女は辛辣に返す。無論、その間もガベルとの剣舞は止めやしない。
「で、糞ガベ。気は済んだか?」
何度もこめかみの端を曲刀が過ぎる中、フジマルは不敵に首を傾げながら尋ねる。
「……信じられないが、あんたはやはり師匠だな。殺すつもりでやったのに、死にやしない」
だが、ガベルも汗一つかかず冷淡な表情のままそう言い、最後に背中に回した手から投げナイフを放つがフジマルはそれを噛んで止める。
「……ほれ、ぼくぬってない?」
がちっ、と歯の間で鳴る刃にフジマルは眉を曲げながらガベルにそう聞いた。




