(3)ー⑥
ガベルが炭鉱病に罹った頃、彼の父親ホンジュはギルド所属員として荒事に塗れていた。だが、息子が快癒する可能性の低い肺気腫になったと知ると再び炭鉱夫に戻り、自分が肺気腫になるまで稼ぎを全て彼の治療に回し、やがてひっそりと亡くなった。
(……きっと、母さんが死んだ事から目を逸らしたくて、ギルドの仕事に没頭したのかもしれない)
ガベルは父親が働く姿を見た事はなかった。炭鉱では深い坑に潜り石炭を掘り、ギルドでは危険な盗賊狩りや魔獣退治に従事していた。だから、ガベルは父親の背中を見て育ちはしなかったが、青年になり仕事を探す段になると様々な場所で彼の足跡を辿る事になった。炭鉱街ではゴブリンが炭鉱夫として働く事は珍しくなかったし、父親のホンジュは真面目で誰からも一目置かれていた。
だが、ガベルは肺気腫と診断されて成長期を長い療養に費やした結果、炭鉱で働く以外なら彼の肺は何とか耐えてくれる程度に回復した。そして、彼はギルド会館の扉を叩く事になった。
「……ガベルさん、ハーフゴブリンだったんですね」
ビーディは彼の顔をまじまじと見て、全く判らないと言いたげに首を振る。無論、平時の彼はどう見ても母親譲りの短い癖っ毛が多少目立つだけで、どこから見ても人間にしか見えない。
「でも、ゴブリンだからと言って剣技や武術に秀でた訳では無いですよね」
「勿論さ、ゴブリンってのは本来、森の中で狩猟や採集をして暮らす種族で別に武闘派って訳じゃない」
「では、ガベルさんのお師匠様は、きっと百戦錬磨の達人だったのでしょう」
ビーディの言葉にガベルは苦笑いするが、彼の話は漸く師匠のフジマルへと至る。
ガベルが後の師匠となるフジマルと出会ったのは、彼の父ホンジュと関わりの有る人物だったからだ。だが、そのきっかけは実に雑だった。
「……んあああぁ? ほんにお前ぇ……ホンジュんとこのガキかぁ!?」
炭鉱街のギルド会館に所属して数ヶ月後、まだ半人前だったガベルは会館のホールで一人の酔っ払いに絡まれていた。
「んだよっオッサン、あんた昼間から酒臭ぇんだよ!」
「あーあー、そりゃそうだろ飲んでんだからよぉ……でもよ、ホンジュといい……メイドリといいよぉ、マトモな奴から死んじまうんだぜ? これが飲まずに居られるかってぇ……っ?」
そうぐちぐちと繰り返しながら酔っ払いはガベルの顔を見て暫く固まってから、
「……おー、おー! よーく見りゃあ目元がメイドリそっくりじゃねぇか!! モテるだろ糞ガキぃーーっ!!」
突如そう怒りながら叫び、それから不意に糸が切れたように応接用のソファの上に転がり、やがて大の字になってイビキをかきながら眠り始める。
「……このおっさん、父さんと母さん知ってるみたいだけど、誰なの」
呆れながらガベルがそう尋ねると、ギルドマスターのロキシーは手短に、
「名前はフジマル……今は只の酔っ払いでしかないね」
そう言うと足蹴にしてソファから除けた。
ガベルはその頃、一つの壁にぶち当たっていた。まだ十代で経験も浅く、かといって父親と違い幼い頃から森育ちとは無縁な街暮らしで勘も乏しい。持ち得る物は親譲りの体躯だけで他のギルド所属員より秀でた点は無く、只若さと体力しか取り柄は無かった。
がぁーがぁーとイビキをかきながら床で眠るフジマルを眺め、どうしてこのおっさんは両親の事を知っているのだろうと思う。そして、どうしてこのフジマルというおっさんはギルド会館にやってきたのだろう、と。
「おっさん、何しに来たの」
だから、ガベルはロキシーと同じように足で蹴るつもりでフジマルの背中に爪先を当てた。だが、その爪先は彼の背中ではなく手の平で止まり、手早く足首を掴まれてぎゅりんと宙空を一回転していた。
「ぎゃっ!?」
「糞ガキめ、一兆年早えぇんだよ……年上を敬え、バカ野郎……」
側頭部から綺麗に落下し、悲鳴と共に横たわるガベルに冷たくそう言ってフジマルは寝返りする。だが、そんな彼はやはりロキシーに蹴られガベルの上を転がりながら壁まで飛んだ。
「……ホールは雑魚寝する場所じゃない、さっさと酒抜いてこい、酔っ払い……あとお前もだ、ガベル……臭うぞ」
逆さまになったまま固まるフジマルと同様のガベルに、ロキシーはそう冷たく言い放つ。
「……ふあああぁ、やっぱ起き抜けの風呂は良いなぁ糞ガキ!!」
「知らねぇよ、俺酒飲まないから」
片手であしらわれて気まずいガベルはそう言って湯船に身体を沈めるが、フジマルは一向に構わない。まあ、二人とも知り合いでは無かったから当然と言えばそうだが、ガベルにしてみれば相手は一方的に自分と父母の事を知っているらしく、何となく面白くなかった。しかし、この機会を逃すとさっきのような目に再び遭うかもしれない。
「……おっさんは父さんも母さんも知ってるの」
「……んぁ? そりゃ知ってるさ。ミュレージの三本柱って呼ばれてたからよ」
「ミュレージ?」
「交易都市ミュレージ、だ。知らねぇのか糞ガキ」
フジマルはそう言ってガベルを睨むが、炭鉱街で育ち一度も出た事の無い彼にそれを言っても仕方無い。諦めたようにフジマルは手拭いで顔を拭き、ガベルに命令する。
「……知りたきゃ二人の墓に案内しな、糞ガキ」
炭鉱街で土に還る死者の葬儀は、総じて土饅頭に石を一つ載せて終わる。立派な石積みの墓石や石碑は無く、余程の権力者や高位の聖職者でも無い限り扱いは同じだった。
「……ふん、死んでも二人並んで仲良く……か。妬けるぜ、糞共め……」
二つ並んだ石を眺めながら、フジマルはそう呟いてタバコに火を点ける。その紫煙が墓所の空にうっすらと昇る様をガベルは眺めながら、フジマルに知っている限りの二人の顛末を話した。
「……糞ガキ、判ったよ。お前が、どんだけ大事に扱われてたかって事はな」
「……そうかい」
「ただな、だからってお前ぇを特別扱いしねぇ」
「……えっ?」
「俺はよ、生前のホンジュに頼まれてた。自分に何かあったら、倅の力になってくれって……但し、俺流でだ」
「……俺流?」
フジマルがそう言うとガベルは何の事かと訝しむが、彼は二人の墓石から離れながらタバコの火を指先で弾き飛ばして消すと、さらりと言い渡す。
「俺流ってのはな糞ガキ、剣を抜いたら天下無双のフジマル流って事だ。俺から言える事は……」
「……耐えろ、そして死ぬな……だ」




