(3)ー⑤
ガベルの父親、ホンジュはゴブリンの中でもかなり異質な存在だった。幼い頃から森の外に興味を向け、大人が何度言い聞かせても抜け出しては連れ戻されていた。そして叱る大人達にホンジュは、
「もりはたいくつ、そとにはなにあるの?」
そう繰り返し答え、ああこの子はおかしな奴だと諦められていた。ホンジュは単に好奇心からそう思っただけに過ぎないが、成長するにつれてその興味を更に深まり遂に集落を出ていった。ホンジュは人間に換算して十五才相当だったが、その体躯は同世代の中でも平均的で特筆する点は無かった。だが、それを覆すだけの利点が彼にはあった。
森の集落を出たゴブリンの若者、ホンジュは多くの異種族が集う交易都市ミュレージを目指し、その都市で暮らした。何故彼はミュレージを知っていたのか、理由は集落で聞いた噂だった。
【森の外に出たゴブリンは例外無く捕らえらる】
ホンジュはそれを聞き、おかしいなと思う。他の集落では人間に見つかれば問答無用で襲われ、最悪殺されてしまう。だが、ホンジュの集落の外ではゴブリンは命を奪われず、捕らえられ何処かに連れて行かれるのだ。きっと、何か理由が有ると気付いたホンジュは遠回りせず真っ直ぐ進む事にした。そして、集落を出て三日目の昼。五人の人間に囲まれ武器を向けられたが、彼は全く抵抗せず黙って捕らえられた。
ホンジュは捕まった後、人間の言葉を覚えた。当初、単純な労働で使役するつもりでホンジュを捕らえた人間達は彼の意図が判らず困惑したが、彼が自分を指差しながらホンジュ、そして彼等を指差してガブル(ゴブリンの言葉で自分達を指す)、と言ってから手を左右に振る仕草を見て、どうにも様子が違うと気付き対応を変えたのだ。そして、ホンジュの行き先は奴隷商人の店から種族の垣根を持たぬミュレージのギルド会館に決まった。そして、その場所で彼の全てが変わったのだ。
「……ほぉ、そいつぁ珍しいな」
当時の交易都市ミュレージのギルド会館を仕切っていた、ギルドマスターのアンドンはホンジュを連れてきた狩人達から彼を引き渡され、顔をまじまじと眺めながらそう呟く。今まで何人かゴブリンは見てきたが、大抵は興奮して怒り狂うか、おどおどと腰が引けてまともに目を合わせられぬ者のどちらかだった。だが、ホンジュはアンドンの特徴的な長い耳を見て、何か呟いてから頭を下げた。
「……で、誰かゴブリンと話が出来る奴はいるか?」
アンドンは物珍しげに集まったギルド所属員の面々に声を掛けるが、全員ただ首を横に振るだけだった。だが、アンドンが諦めかけたその時、
「……ゴブリンの言葉なんて知らないけど、私らの言葉を教えりゃいいだけだろ? やってやってもいいよ、どうせ私ゃ怪我で仕事出来やしないもん」
そう言って答えた女は、片足を引き摺りながらホンジュの前まで近付き、
「……でも、一個だけ条件付き。こいつ風呂に入れたげな? 臭くて堪んないもん」
鼻を摘みながらアンドンにそう言って離れ、風呂から出たらちっとはマシになるでしょと付け加える。
「メイドリ、お前そんな特技あったのか?」
「別に特技でも何でもないでしょ、わたしメイドリ、あなたは誰? ってそこからやりゃ余程のバカじゃなきゃ判るわ。それにスカウトならゴブリンと似たような仕事だし、教える事も教わる方も一緒でしょ」
直近の仕事で足の骨を折って休業中だったメイドリはそう言うと、代わりに補償金割り増しだからねと付け加え、アンドンは渋々ながら了承した。
怪我の療養中だったメイドリはホンジュの教師役を担い、彼のミュレージでの第一歩を共に歩んだ。ホンジュは先ず彼女の言う通り風呂に入って服を着て、森の流儀に染まったゴブリンから都市で生きる為の様々な流儀を言葉と共に覚えていった。
やがて、彼女の怪我が癒えスカウトとして仕事に復帰した後。ホンジュから森の流儀とゴブリン特有の技術を教わり、メイドリはホンジュの本質がゴブリンとして見ても突出している事に気付く。そして様々な事象を経て、彼女はホンジュを人間同様に扱った。
……それから五年後、メイドリはホンジュの子を宿しギルドの仕事を引退する。ホンジュは彼女と生まれてくる子を養う為に安定した仕事を探し、当時はまだ発展途上で混沌の坩堝同然だった炭鉱街に居を移して炭鉱夫になる。
ホンジュとメイドリの間に生まれたガベルは、人間だった。いや、正確には人間にしか見えなかった。人間と同じ肌の色で、牙も極めて短く爪も同様。ホンジュが父親だと知らない者は彼を只の人間だと思い、ガベルの父親がゴブリンだと知ると怪訝な表情で彼を眺めて去っていく。だから、幼少期のガベルは自分の血脈について何も考えはしなかった。
だが、ガベルが三才の時。母親のメイドリが流行り病で亡くなると、ホンジュは何かに取り憑かれたように炭鉱夫を辞してギルド会館に赴き、炭鉱街のギルド所属員になった。幼い頃のガベルは父親の心変わりが理解出来なかったが、物心つく年頃の彼には余り関係は無かった。そして、父親が森を出て交易都市ミュレージに行った年と同じ十五才になった時、ガベルは炭鉱街特有の病、肺気腫を患った。




