(3)ー④
ガベルはここに来て、改めて自分の立ち位置という物を思い知らされる。用心棒として雇われたからには、こうした揉め事を納める為に呼ばれたのだ。
彼はそう自分に言い聞かせ、状況を把握する為に騒ぎの元に歩み寄る。そこでは彼と同じ背丈の男が酔ったままの勢いで、自分の飲み代が高いと声を荒げていた。
「だから言ってんだろぉ!? こんな待たされた挙句にぃ、法外な値段を請求されて黙ってられっかってんだぁ!!」
余程人気の嬢らしく、彼の他に二人程の客がテーブルの脇に座り似たような様子で時間を潰しているように見える。だが、やはり荒ぶる男以外はそんなもんだろうと言いたげな表情で事の成り行きを見守っている。
「……こちらと致しましては、お客様を待たせている事は心苦しく思っていますが」
「だからよぉ! いつになったら順番回るか教えろってんだよ!!」
ああ、これは駄目だなとガベルは悟る。男は小柄な男性従業員に向って怒鳴り散らすばかりで、彼の言葉が耳に入っていても感情的なまま繰り返す。ここは娼館、先の客が満足するまで娼婦を離す訳も無いし後がつかえているからと急かせる事も出来ない。男は半ば確信犯で苛立ちの解消先を従業員に向け、ただ怒鳴っているだけなのだ。
「……まあ、落ち着きな。ここは酒を飲んで騒ぐ店じゃない」
「ああぁ!? 何だてめぇは!!」
ガベルがそう言いながら彼の肩に手を載せると、相手は怒りの表情のまま振り返る。だが、周囲の視線とガベルの佇まいを見て、自分が一線を越えかけていると漸く理解したらしい。しかし、振り上げた拳を大人しく納められる程、酒量が少なければ良かったのだが。
「……んだコラァッ!! たかが淫売風情の肩持ちやがってぇ……やんのかぁ!?」
やれやれ、言っちまったかとガベルは妙に落ち着きながら、血走った眼で唾を飛ばしながら叫ぶ相手の動きを黙って見守る。
男は腕っぷしに自信があったのか、酔客とは思えない身のこなしで右腕を引き、ガベル目掛けて拳を振るう。そのまま立っていればガベルの頬を派手に叩き、彼の頭は捻れながら昏倒していたかもしれない。だが、相手が悪かった。
「……痛いのは堪忍して欲しいが、やられて黙って居る程大人しくないもんでな。恨むなよ?」
手の平で拳の軌道をずらし、よろけて体勢を崩した男の脇腹に肩を当てて膝裏に手を回す。立ったそれだけの動作で相手は綺麗に足を掬われ、あっと言う間に背中から床の上に転がった。
「……んがっ!?」
「手荒い真似をして済まん。だが、ここは酒場じゃなくて待ち合い所だ。大人しく待てなかったら他に行ってくれ」
穏便に済ますつもりだったが、相手が先に手を上げてくれたお陰で大義名分が出来た。ガベルはそう思いながら、男の腕を背中に捻り上げる。
「痛えぇっ!! わ、判った、判った……」
「会計は向こうだ、ここの酒代は暴利って程じゃない」
「判ったってぇの……くそっ」
渋々ながら金を払い、男が店を出ると客席に音が戻る。どうやら固唾を飲んで成り行きを見守っていたのか、他の客は急に麻痺が解けたように酒を飲み、座り直して会話を始める。
「……用心棒か、確かに強いや」
「そういや、前に居たのは辞めちまったみたいだな」
「理由知ってるか? 何でも……」
「……大人しくしとかねぇと、明日は我が身ってか?」
ざわつく応接間の喧騒を背にガベルが隅のテーブルに着くと、脇にいつの間に来たのか若い従業員がやって来て詫びる。
「申し訳ありません、自分の言葉が足りなくて……」
「いいさ、俺も接客は不慣れだ。あれが最適解か判らん」
丁寧な物腰の彼にそう言うと、従業員はぺこりと頭を下げてから離れていく。
「御館様のお眼鏡通り、お強いですね」
ビーディにそう言われ、ガベルは困ったように頭を搔く。
「酔った丸腰の相手だ、油断しなきゃ普通に出来る事をしただけだよ」
「でも、誰でも出来る事ではありません」
「……俺の師匠には、酒に酔ったままでも勝てなかったがね」
ついそんな事まで喋ってしまい、ガベルはしまったと思いながらビーディの反応を見る。
「……お師匠様は、どのような方だったんですか」
さっきまでの無表情は何処にいったのか、ほんの少しだけ期待の籠もった顔でビーディがそう問い掛けてくる。やれやれ、口を滑らせるもんじゃないなと思いながらガベルはテーブルの上に置かれた瓶を持ち、中身が酒ではない事を確認してから自分と彼女の分のグラスに注ぎ、
「……ちょっとだけ、話は長くなるが……」
そう念押ししてから、グラスの縁に口を付けた。
ガベルの父親はゴブリンだったが、母親は純粋な人間だった。本来、ゴブリンは森の中で狩猟を行い人とは交じらず、種族の間だけで子を成す。だが、人族の台頭と森林伐採が進み否応無くゴブリン達は森から外に出る事を余儀なくされる。当然だが、互いの見た目の違いから良き交流とはいかず、その過程で無意味な流血や暴力の応酬から長きに渡る闘争が続いた。
だが、ゴブリン族を滅ぼそうと人族が血気に逸る中、一部の者が彼等と秘密裏に接触していた。それがガベルの母親も所属していたギルドの人々だった。ギルドではゴブリン特有の森に長じた知識や適応力、そしてその能力を自分達の仕事に活かせないかと模索し協力的なゴブリン達をスカウトしていたのだ。
……その中に、ガベルの父親が居た。




