(3)ー③
「……おっかないな」
女の本性、とでも言えそうなキーリエの豹変振りにガベルがそう漏らすと、
「おっかなくは有りません、御館様は優しい御方です」
傍らにひっそり佇む少女にそう言われ、ガベルは思わず頭を搔く。
「……いや、まぁ……確かにそうだな。悪かった」
「いえ、初対面の方は皆さんそう仰有います」
「ありがとう、じゃ宜しく頼む」
ガベルがそう言って少女に声を掛けると、彼女は恭しく頭を軽く下げながら、
「……はい、畏まりました。私の事はビーディとお呼び下さい」
そう言うと、先ずは下に降りて当店の決まりを軽くご説明致しますとガベルに告げた。
……そうは言えど、ここはありきたりな商材を扱う通り一辺倒な店ではない。男達の欲望を法外な金額で叶える、日向に背を向ける商売である。
「……君も若いのに、良くここで働こうと思ったものだな」
応接間の片隅で、椅子に座り行き交う店員と客の遣り取りを眺めながら、ガベルがついそう呟く。だが、ビーディは彼の言葉に表情一つ変える事は無かった。
「いえ、捨て子だった私を御館様が拾ってくださったので何も異論は有りません」
彼女の声は平坦で抑揚を欠き、感情的な気配は全く無い。思わずガベルはビーディの嫌がる事を言ってしまったのかと口を開きかけるが、
「それに、私のような見た目の娘が何も不自由の無い暮らしをして、穏やかに居られるのは全て、御館様のご配慮からです」
相変わらず見た目の歳に似合わぬ物言いのビーディだったが、その言葉の端々にキーリエに対する尊敬と感謝の念が滲み、ガベルは彼女なりの達観の域なのだと悟らされる。
「ふむ……まあ、幸せの尺度は人それぞれだからな。君が良いと思うならそれで……」
「あっ! 新しいよーじんぼーさんです!!」
突如、ガベルの言葉を遮り明るい声が弾け、思わず肩越しに振り返る。すると店の入り口とは反対側の通路から小柄な何かが勢い良く放たれ、ガベルに向かって文字通り飛んでくる。
「うわっ! すっごくガッシリしてる!! すごいっ!!」
そして彼の身体に体当たりしながら抱き着き、ワキャワキャと騒ぎながら一人の若い娘が顔を擦り付けてきた。その様子にビーディは顔を歪めながら苦言を呈する。
「……失礼ですよマリー、初対面の方にそんな激しく接して……恥を知りなさい」
だが、マリーと呼ばれた娘は全く意に介さず左右に纏めた丸髪をゆさゆさと揺らしながら、
「え〜っ? だって女将さんに可愛がって貰えて一人前だって、いつも言われるもん! だから、これが私流だもん!」
と、更に身体をぐいぐい押し付けてガベルの顔を見上げる。
「ねぇ〜、おにぃさんってルモ姐のごしょーかいなんでしょ? だったらルモ姐の良いヒトなんだよね?」
「……良いヒトかどうかはともかく、彼女の口利きだってのは間違いないな」
娘は若さ故の小柄さに似合わぬ女性らしさを発揮しながら頬を上気させ、何か妙な気配を漂わせながらガベルの耳元に口を寄せる。
「……だったらぁ〜、別に女嫌いって訳じゃないでしょ? ここじゃダメなら私の部屋に来るぅ……?」
そう囁きながら、彼の反応を窺うような視線を向ける。だが、ガベルの言葉は冷静そのものだった。
「……ここは娼館で、俺は確かに男だ。だが、何と言うか……俺が剣で、君が鞘なら……全く大きさが噛み合わないかもしれん」
そう言って娘を引き剥がすと、彼女は一瞬だけその言葉の意味を考えてから、自分の身体とガベルの腰元辺りを見比べる。
「……あー、うん、そっかぁ……ま、そゆのもあるかもねぇ。でも、ここは娼館だから適当に何とかなるクスリも有るからさ、気が変わったら声掛けてぇ〜! ねっ?」
そう言いながら頭を左右に振り、にこやかに手を振りながら通路に向って戻っていった。
「……マリーの破廉恥さは、商売には必要かもしれませんが私は嫌いです」
やや頬を膨らませながら、ビーディはそう言って腕を組む。その仕草にガベルは少し頬を緩めかけ、いや年成りかと気を取り直す。
「うん、そうだな。しかし、この店の従業員はみんなああなのか?」
「いえ、決してそうではありません。そもそも、馴染みのお客様の前であんな姿を見せたら……」
「そういうものか……だが、わざと気を引かせるのも房中の技ってもんじゃないのか」
ガベルの指摘にビーディはムッとしかけ、こほんと咳払いしてから私は娼婦ではないので存じませんと落ち着いた声で答える。そんな彼女の反応にガベルは微笑みそうになるものの、彼の役割りを思い出して周囲を見回してから真顔になる。
「……ですから、先程も仰有いましたように」
「んああぁ!? ですがもでもも無ぇんだよ! 酒だけ飲んで帰るってだけで、どうしてこんな額になるんでぃ!!」
突如、ビーディとの会話を遮るような声量が応接間の端から上り、ガベルは身構える。どうやら目当ての娼婦に先約があった客が酒を飲んで大人しく待ったものの、痺れを切らせ帰る段になって騒ぎ始めたのだ。




