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炭鉱街のガベル  作者: 稲村某(@inamurabow)


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30/37

(3)ー②



 【常緑の庭】亭で働く事になったガベルが、一番最初に覚えたのは夜の仕事特有の時間だった。何せ、朝は寝る時間で、昼過ぎに起きて身支度を整え夕方から働く訳だ。当然だが、そこに出入りする事になった彼もその流れに身を任せるしかない。


 「……やれやれ、一度徹夜するしかないな」

 「そんなものよ、誰だって最初から昼夜逆に生きている訳じゃないもの」


 同じ宿屋に住み、同じ職場に通う事になったガベルとルモは夕暮れの炭鉱街を並んで歩く。炭鉱の仕事に従事する人々は石炭で黒くなった手足や顔のまま、家路を急ぐ者も居れば共同浴場を目指す者も居る。そんな人の流れにガベルとルモは彼が先に歩み、その後ろから彼女が付いて歩く。


 「……でも、たまにお休みの日に朝起きちゃうと、何となく得した気分になるのよ。おかしいでしょ? 誰だって一日の時間は変わらないのにね!」

 「そうなのか、なら……暫くしたら、俺もそうなるのかもな」


 ルモがそう言うとガベルは頷き、彼女を気遣って人通りの穏やかな方を目指す。裏通りに近い道は表通りと違い、店の裏口や住居兼店舗の入り口が並ぶ。当然客に見せたくないゴミ箱や酒瓶の空き箱、壊れた家具等も壁際に置かれ確かに人通りは少ない。


 「ふふ、人が少ないだけで涼しく感じるわね」

 「そうか?」


 余り景観の良くない場所ではあるが、ガベルと共に居ればルモは安心なのか表情も明るい。これから娼館に向かう彼女は店で着替えるので、さほどきらびやかな服装ではない。だが、それが却って彼女の愛嬌のある顔立ちと減り張りの有る体型に良く似合っていた。


 つい、ガベルは彼女にどうして娼館で働くようになったのか、尋ねたくなる。だが、仕事が仕事である。気軽に聞けるような内情で無かったら、どう答えれば良いのか。そう思うとガベルは尋ねるのを止めにする。


 (……金が要る、なら少しでも軽くしてやりたいが……)


 決して裕福ではないガベルである、例えそう思っても彼女の負担を楽にしてやれるような経済力は無い。娼婦の中には借金を返済する為に身を売る契約を交わしている者も居て、そうした女の中には目が飛び出すような借金を返す為に働いていたりする。もし、ルモがそうならガベル如きが肩代わりしても大した援助にもならないだろう。


 (俺が大金持ちだったら、彼女を身請けする事も出来るだろうが……)


 当然だが、ガベルがいくらそう思っても現実は変わらない。それに、ルモ自身が果たしてそれを受け入れるか判らない。大抵の娼婦は身請け話が有れば飛び付くのが普通だが、それは自分の所有者が娼館から身請け人に変わるだけの事。借金の支払いに悩まされる事が無くなる代わりに、身請け人次第でその後の一生が決まってしまうのだ。


 「……ルモは、身請け話があったりしたのか」


 ガベルがそう尋ねると、ルモは無表情のまま暫く黙り、それから不意に大笑いし始める。


 「ふふ、ははははははっ!! なによ急にぃ!! ガベルったら!!」


 暫し笑った後、ルモはガベルの名を呼びながら言葉を継げる。


 「ガベル、ねぇ……私、そろそろ三十になるのよ? まあ、有り難い事に若く見られるからまだ働けるけど……身請け話ってのは、とぉーってもお金持ちの旦那衆が、奥さんの他に娼婦を屋敷一式丸ごとで囲い込みするのよ?」


 前を進んでいたガベルにそう言いながら、ルモは彼の前に回り込んで立ち止まる。


 「……人一人の将来何もかも、ぜぇーんぶ丸ごと面倒見るような大事《おおごと》を、そんな簡単に出来るお大尽なんか居たら、私はここに居ないでしょう?」


 ルモにはっきりそう言われ、ガベルはただ頷くしかなかった。


 「でも、そうねぇ……もし、ガベルが身請けしてくれるなら、宜しく頼みます!」


 ルモはそう明るく言うと舌を出し、慣れない事は言うもんじゃないわと照れ笑いを浮かべた。



 「じゃあ、私は身支度するから」


 店に着いたルモはそう言い残して二階に上り、残されたガベルは挨拶する為にキーリエの部屋を訪ね扉をノックする。


 (……開いてるわ、入って)


 ドアの向こうからそう答えられ、ガベルは中に入る。


 「失礼します、っと……」


 室内には薄衣一枚のキーリエと小間使いの少女が一人、そしてキーリエは少女に服を着せて貰いながら口紅を塗っていた。


 「あら、ガベル早いわね。店に来るのは開店してからでも構わないのよ?」

 「まだ慣れてませんので、そうはいきません……」


 そう答えるガベルの言葉の間にキーリエは何かを感じ取り、目尻を上げながら微笑む。


 「私の事は『マダム・キリ』と呼んで欲しいの。この店の主で支配者、その意味を籠めて……ね」


 それまで何処か安らぎを感じさせる優しい声色から一転。キーリエの声は冬の大気を思わせる冷たさを帯び、その眼差しは獰猛な捕食者のように鋭く光る。


 「さぁ、商売の始まりよ! 今宵も男達を芯の芯まで絞り尽くしましょう!!」


 キーリエはそう言いながら豊満な身体をガベルに見せ付けるように一歩踏み出すと、少女に彼をご案内して差し上げてと命じながら部屋の外に出た。




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