(2)ー⑯
それ程長い時を共にした訳では無かったが、ガベルはリンベルが只の殺人狂には思えなかった。血に餓えた殺し屋にしては節度を持っていたし、何より彼女の見た目の印象とその内面が余りにも違い過ぎたのだ。
だが、リンベルは姿を消した。ガベルの手で喉を斬り裂かれながら、彼女は忽然と居なくなってしまった。
「……そんな事が有る筈無いだろう」
戻って来た保線係員達に妨害を企てた者共の事を話したガベルだったが、彼等はリンベルという名の警備員は最初から居なかったと口を揃えて反論する。
「そう言われても、あんたら雇われ者の中に女は一人も居なかったんだよ」
「そうとも! 乗客や来賓とあんたらを一緒にしたら何かと揉め事になるから、予め名簿を用意して確認していたぞ?」
「若い女だって? 居れば目立つからなぁ……でも、俺達はそんなのは見ちゃいないんだが……」
ガベルは困惑し、リンベルの痕跡を指して彼女は確かに居たんだと言いたかった。だが、色褪せた魔石と短刀の欠片を見ても保線係員達は首を捻るばかりだった。
様々な事はあったが、目的地の最終停車駅に到着した軌道車は沢山の後援者や街の人々に出迎えられた。彼等は称賛と歓迎の言葉と共に手を振り、歓声を上げて大きな軌道車がプラットホームに入ると駆け寄って降りてきた乗客や保線係員達を囲んだ。
だが、ガベルはその観衆の後ろで押し黙りその様子を睨む一団に気付く。彼等が何者か気になり、ガベルは近くの駅員に尋ねる。
「……ああ、あの人達か……ありゃ、乗り合い馬車の組合員だよ」
「乗り合い馬車か、確かに軌道車が幅を利かせれば仕事は減るな」
「そういう事さ、だからあんまりジロジロ眺めん方が良いぜ」
軌道車が自分達の仕事を奪いかねない商売敵となれば、馬車組合は生きた心地はしないだろう。だが、まだ軌道車の敷設は大きな街を結ぶ路線しか行われていない。収支の目算が立たない小さな町には軌道車より馬車の方が小回りが利き、客や荷物の需要も有る。けれど、それもいつか取って代わられる日が訪れるだろう。
(……ギルドの仕事も、似たようなものだがな)
軌道車が網の目のように各地に広がれば、その土地に根差すギルド会館の存在意義も薄らぐ。土地を跨いで人々が足を伸ばせるようになれば、ギルド会館の仕事も人数の多い中央部に奪われる可能性もある。
「まあ、そんな事を心配しても仕方無いか……」
しかし、軌道車の路線は【長さに等しい銀貨を並べて敷く】と揶揄される程の金食い虫である。線路の材料や地均しの人足代だけではなく、用地確保や領主に払う土地使用料と湯水のように金が飛んでいくので、軌道車線路の拡張は時間が掛かる。ガベルが生きているうちに、地方の寒村まで伸びる事は無いだろう。
「……なあ、ロキシー。俺は狐にでも化かされていたのだろうか」
ギルド会館に戻ったガベルは、そう言って軌道車で出会ったリンベルの事をロキシーに話した。だが、彼女の返答は彼を更に混乱させるものだった。
「【朧のリンベル】の事だろう? ギルド管理者の間じゃ結構名の知れた奴だな」
「そ、そんなに有名だったのか?」
「有名も何も……悪い方で知れ渡った怪物さ」
ロキシー曰く、古くはギルドが雇われ兵隊の派遣も為していた頃からの存在らしい。だが、それは国同士の戦争が度々起きていた争乱の時代の話で、直近の戦争は百年前から途絶えている。つまり、ガベルが遭遇したリンベルという名の女は……
「冗談だろ、百才を越えた老婆には見えなかったぞ!?」
「……ガベル、見た目だけで歳が判る程の眼力はお前には無い」
驚くガベルを尻目に、ロキシーはそう言って自分の顔を指差す。
「そもそもお前、私の歳も知らんだろう?」
その言葉にガベルは答えかけ、以前酒席の際につい口を滑らせてロキシーに壁までぶっ飛ばされた事を思い出し、困り顔で笑うしか無かった。
炭鉱街に戻ったガベルは、久々にルモを誘って夕刻の街に繰り出した。相変わらず女っ気を薄めた服装に身を包んだ彼女を伴い、彼は最近お気に入りの店に入り薄めの酒の杯を交わした。
「……ふぅん、そんな事があったのねぇ」
ガベルの話にルモは頷き、でも確かに難しいわと話を合わせる。
「女って、少しでも若く見えるよう化粧して服を選んで……そうして男の気を惹くでしょ? それが生き甲斐って人の方が多いと思うわ」
「確かにそうだな……ルモ、君はどうだい」
ガベルにそう問われ、ルモは一瞬だけ目を丸くしてから彼を睨み付ける。
「……あのねぇ、どうして私がガベルに若々しく見てもらいたがるのよ? 悪いけど私、あなたよりうーんと若いんだから!」
ルモの細かい年齢は知らなかったガベルだったが、ここでまた無遠慮に尋ねて話を拗らせても仕方無い。そう諦めて彼はそうだと思いを籠めて二回頷いた。




