(2)ー⑮
死屍累々、とは正にこの状況なのだろうとガベルは冷静な思考のまま辺りを見回す。軌道車の線路を中心にリンベルが屠った死体が点在し、それはまるで猛り狂う獣が自由気ままに犠牲者を虐殺して回ったかのようである。しかし、その亡き骸に共通している点は、非力な彼女が急所のみ狙った為、全て喉を裂かれるか耳穴を刺されて一撃で屠られていた。
「……終わったようだな」
「うん、そうね……」
魔石から力を引き出し原初的な破壊衝動に身を委ね続けていたリンベルは、ガベルにそう言われ浮かせていた踵を地に着ける。だが、その表情に一切の疲れは見えず全身にまだ殺気を漲らせていた。
「……でも、まだ食べ足りない……かな?」
しかし、殺戮の最中でも浮かべ続けていた笑みから一転、空虚な眼差しをガベルに向けてそう呟く。
「俺は摘み食い出来る程、軽くは無い」
ガベルにそう告げられてリンベルは小さく頷き、
「……そうかもしれないし、違うかもしれないでしょう?」
短刀に滴る血を一振りして払い、彼女が身構える。
「やれやれ、言って聞く類いじゃない……か」
諦めに似た言葉を吐きながらガベルは曲刀を抜き、左手に持つ小盾の上に重ねて構える。
「今ならまだ、冗談だって言えば無かった事に出来るぞ」
「だったら、その剣を仕舞って貰えます?」
「仕舞ったら、俺の首が飛びそうだ」
軽い言葉の遣り取りを重ねつつ、リンベルとガベルの距離が一歩詰まる。
「……つまらん残業になりそうだな」
その言葉を最後に、距離を詰めたのはガベルだった。曲刀の切っ先でリンベルの目元を狙い斬り付けるが、前髪が一本だけその空間に舞う。
「うん、やっぱり……あなた、上手!」
リンベルはそう呟きながら戻る曲刀の軌跡に合わせるように踏み込むと、ガベルの小盾に背中を預ける。
「……っ!?」
「ねぇ、踊りましょ?」
そう言って肩越しにガベルを見上げると、そこからリンベルの挙動は更に混沌の度合いを深めていく。
「ガベル、知ってる? 戦いの最中に愛を伝え合う恋人同士の歌があるの!」
リンベルはまるで世間話でもするように語り、丈の短いマントの端を摘んで片足を上げる。だが、その行動に一切の隙は無い。
「……でも、その歌は最後に娘が恋人に刺されて死んでしまうの……ねぇ、悲しいでしょ?」
タンタタン、と爪先を鳴らしながらステップを踏み終えると、リンベルが語り掛ける。
「歌も踊りも、いつか終わっちゃう……だから、私は新しいダンスの相手を見つけて続きを楽しむの!」
語尾と共にヒュンッ、と短刀がガベルの鼻先を掠め、遅れて彼女の残像が前を横切る。だが、ガベルにはまだリンベルの動きが目で追えていた。
「……使わないのか、奥の手は」
「ふふっ、慌てないで……女はいつだって優しくエスコートされたいのよ?」
言葉とは裏腹にリンベルの短刀はガベルの急所を次々と狙い続け、彼は回避しながら何度も冷や汗をかく。確かに彼女は魔石に依る何らかの増強効果で常人を上回る俊敏さを誇っていたが、ガベルと相対している今は用いていない。しかし、それが無くても彼女の切っ先は達人級だった。
「……使わなくても簡単に、殺せるつもりか」
ガベルは防戦一辺倒になりつつそう言うが、先の先を読み合う戦い方には長けていた。間合いが極端に狭い短刀では、必中の距離より更に踏み込まないと致命傷には至らない。だからこそ、ガベルにも勝機が有った。
一刀対一刀のせめぎ合いが続く中、ガベルが小盾でリンベルの身体を跳ね退けるように払う。しかし両手で曲刀と小盾を使い分けていたガベルだったが、その微妙な重量差がバランスを崩させる。中央部から緩やかにカーブする曲刀と先端を鋭く尖らせた小盾は、先端部に若干重点がずれている為、戻りの際に一瞬間が空く事もある。その隙が曲刀を振る直前に発生してしまったのだ。
リンベルがその間を逃さず低く身を屈ませながら踏み込んだ瞬間、しかし直ぐに彼女はそれが誘いだったと理解する。何故ならリンベルが踏み込んだ先で、ガベルは彼女の背中に自分の背を合わせて宙に舞い、勢いを削がず立ち位置を入れ替えたのだ。
「なっ!?」
若干感じる他人の重さでリンベルは反射的に身を強張らせ、更にその衝撃に一瞬思考が停止する。そして、ガベルはその隙を見逃さなかった。
「……ああ、やっばり……上手…ごぼっ」
曲刀と小盾による左右からの斬撃は、彼女の短刀を捉えパキッと軽い音を立てながら砕いた。そして防ぐ手立てを絶たれたリンベルは喉元を斬り裂かれ、血の泡を吹きながら傷口を手で押さえて膝をつく。
「俺は手加減出来ない、だから斬った」
ガベルがそうリンベルに告げると、彼女はひゅーっと喉を鳴らしながら頷き、目を閉じる。斬ったガベルは手応えから彼女の傷は浅くなく、回復するより気管に血が詰まり間もなく窒息すると判る。
「どうする、とどめが必要か」
リンベルを気遣いガベルが尋ねると、首を横に振って拒む。それが僅かな生命を繋ごうと彼女が足掻こうとしているのか、それとも他の理由があるのかとガベルが考えたその時、
「……軌道車が、戻って来たのか」
甲高い汽笛と共に黒い車体の後部がガベルの元に近付いてくる。そして車掌室を備えた最後尾車両から保線係員が何人も降りてきて、ガベルに近付いてくる。どうして戻って来たのか、彼等に尋ねようと思いながらリンベルの姿を目で追ったが、
「……?」
あれだけの傷を負いながら、リンベルはその場から消え失せていた。そして、彼女が膝まづいていたその場所には砕け散った短刀の破片と、魔力を使い切り光を失った魔石が一つ転がっていた。




