(2)ー⑭
保線係員の二人と共に軌道車が倒木を押す状況を見守りながら、ガベルとリンベルは周囲の警戒を怠らない。だが、その倒木の幹にうっすらと土ぼこりが付着している事にガベルが気付いた瞬間、事態が急変した。
……ヒュンッ、と空気を切る音を伴いながらガベルの脇を矢が飛び、保線係員の喉元に突き刺さる。
「敵襲っ!!」
リンベルがそう叫びながら矢を射られ倒れた係員の襟首を掴み、もう片方の係員に走って軌道車に戻るよう促す。
「どこから飛んできた?」
「林の中からでしょうか……かなりの手練れかもしれません」
矢を受けた係員の様子を見て即死と判断したリンベルは、介抱より周辺警戒を行いガベルに彼の運搬を頼む。
「手遅れです、今はとにかく……ここに残さないよう運んでください」
「ああ、判った。君も軌道車に早く向かった方が良い」
「……それは難しいかもしれませんね」
軌道車の上から差し伸ばされた手に犠牲者を託し、ガベルが振り返りリンベルにそう言うが彼女は首を振る。そして、それを合図に林の中を幾つもの人影が蠢き二人の動向を牽制するように矢が放たれた。
「……ここで食い止めた方が、犠牲者を増やさずに済みそうですよ」
「そういうのは、余り気乗りせんがね」
リンベルを庇うように盾を使い矢を防ぐガベルに、彼女はそう言って軌道車に向かって叫んだ。
「私達で食い止めます! 早く出してください!!」
その声に応じるように軌道車が加速し始め、飛来してくる矢が少なくなる。だが、それは二人の退路が遮断されたのと等しい筈なのにリンベルは全く動じない。
「……軌道車が無事なら、私達の仕事は完遂って事になりますよね?」
そう言ってガベルに微笑みかけるリンベルだが、ガベルは彼女の表情に違和感を覚える。
「……この襲撃も、君が手引きしたのか」
林の中の気配が少しづつ分散し、その動きが二人を包囲する形に変化する。その状況下でガベルはそう彼女に問い掛けると、
「……ふふっ! そう思われても仕方無いですけど……安心してください、私はそんなの好きじゃありません!!」
先程までと同じ屈託ない表情のまま、リンベルはそう答える。だが、それはガベルが今までの違和感を払拭するきっかけになる。
「……ガベルさん、今まで黙っていてごめんなさい。でも、別に悪い事がしたい訳じゃなくて……ただ、燃えないんですよ、心が……っ」
そして遂に林の中から一人、また一人と妨害工作を行った何者かが姿を現すとリンベルはそう告白する。
「理由なんて、何だっていいんですよ? ただ……ヒリついた状況の中で、命を拾う事そのものが私を惹きつけちゃうんで……判りますよね、ガベルさんも!!」
小柄で華奢なリンベルはそう言って自分のベルトに付けたポーチから、青い魔石を一つ取り出して握り締める。
「……じゃ、始めましょ! 楽しい時間の始まりですよ!!」
そして、魔石が妖しい光を帯びた瞬間。リンベルの身体は羽根のように軽く、そして素早く動き始める。
大方、軌道車運行を妨げたい何処かの勢力か組合が雇ったギルド構成員なのだろう。ガベル達とさほど変わらない軽装寄りの彼等はリンベルの特攻に驚きもせず、ただ肉薄する瞬間を捉え得意の武器で屠る算段だったのかもしれない。だが、リンベルの動きは余りにも素早過ぎた。
「ふふっ、ふふ……んふっ!」
独特な呼吸からなのか、発声しながらリンベルは短刀を抜き最初に接敵した相手の懐に入る。だが、無論相手は場数を踏んだ落ち着きを伴いつつ盾を構え、彼女の踏み込みに合わせて剣を振りかぶる。
「んっ、だめぇ……そんなんじゃ、興奮もしないよぉ……?」
しかしリンベルはその動きを嘲笑うように盾を構える腕の外側から肘を突き、意識がそこに向いた刹那を逃さず足を踏み変える。それがフェイント等ではなく純粋な速度の違いだと相手が気付いた頃には喉元が斬り裂かれていた。
「がふっ!?」
「そうよね、首切られちゃったら苦しいよね? だから私が楽にしてあげるよ!」
決して刃先の長くない短刀を煌めかせながら、リンベルはそう告げて相手の眼窩を貫く。そして相手が倒れるより先に離れると、新たな犠牲者を求め次の相手の元にヌラリと動く。
「何だこいつ「んー、遅いなぁ」
二刀使いの相手が警戒するもリンベルは間合いを一気に詰め、片手で短刀を巧みに操り翻弄する。突きを繰り出して片方の短剣で防がせ、その間に突き出される短剣を首を回して回避する。そして首を傾け横目で見たまま、半身の姿勢を維持し手首と肘の回転だけで双剣を防御一辺倒に抑え込む。
「くっ、速いっ!?」
「ん〜、それはつまんない返しだね」
だが、苦戦一方の相手を涼しい顔のまま圧倒していたリンベルは、飽きたのか不意に真下から綺麗に爪先で顎を蹴り上げる。突然、脳を揺らされ白眼を剥く敵の額に逆手に持った短刀を突き刺し、肘で軽く押すと相手はゆっくり倒れていく。
「う〜ん、全然ドキドキしないなぁ……こんなんじゃ物足りないよぅ……」
リンベルはそう呟くと光を失った魔石を手の平から下に落とし、また新たな魔石を掴む。
「……魔石が無くなるのが先か、それとも……みんな居なくなっちゃうか、どっちが先だとガベルさんは思う?」
そう言いながら振り向いたリンベルの顔は、今までガベルが見てきた人間の表情の中で一番光り輝き、そしてその眼は人形のように空虚だった。




