(2)ー⑫
ガベルが微妙な箇所を触らないよう気遣いながら押し上げると、
「いや、本当に申し訳ありませんでした……気をつけてたんですが」
そう言いながら後ろからやって来た他の雇われ者を先に行かせつつ、その女性はガベルに頭を下げる。
「まあ、気にするな。それにしても随分と軽装に見えるが……」
ガベルがそう指摘すると、相手は自分の姿を眺めながら、
「軽装ですか、確かにそうかもしれませんね……でも、軌道車の警護ってそこまで危険な事も無いでしょう?」
そう言って背中に担いでいた背囊を背負い直す。確かに革鎧どころか厚手の布地の衣服に、護身用の短刀程度と軽装猟兵のガベルより身軽に見える。
「取り敢えず、通路で立ち話もしてられんか。座る場所が有ればいいがね」
「そうですね、動き出したら揺れるでしょうし」
結局、そのままより一旦腰を落ち着けようと二人は同意して客車の席に向かった。
炭鉱街に限らず、この世界では多人数を一度に運べる輸送手段は海路の大型船しか存在しなかった。陸路に於いては四頭立ての六輪馬車が最大であり、そこまで大きくなると軍事用か貴族の私用でしか扱われなかった。だからこそ、蒸気機関を利用した乗り物がこうして走る事は新たな時代の幕開けに繋がる証しだった。
「……おおぉっ!!」
「動いたっ!?」
……ごごんっ、と先頭の軌道車から次々と後ろの車両に振動が伝わり、遅れてゆっくりと車両同士の間隔が伸びるように進み始める。すると乗車出来なかった見物人の中から子供達がはしゃぎながら次々と飛び出し、立ち入り禁止の柵の外を並行しながら走って車両を追いかけ始める。
「ひゃああぁ〜っ! すっげぇえぇーーっ!!」
「おにぃちゃんっ!! まってよーっ!!」
「きゃはははっ!! はやいはやいぃーっ!」
口々にそんな事を叫びつつ子供達は走って軌道車を追い掛けるが、やがて更に加速を続けて巡航速度に達した車両から引き離されて見えなくなる。それでも最後の一人になった男の子に手を振っていたガベルが窓を閉めると、
「子供がお好きなんですね、ずーっと手を振ってたんですもの!」
向かい側に座った女性にそう指摘され、何となく気恥ずかしくなってしまう。だが、ガベルは敢えて取り繕うつもりもなく、
「そうだな、子供は嫌いじゃない。ただ何と言うか……接し方が判らない」
そう言って照れ隠しに小さく笑う。そんなやり取りをしていた二人だが、彼女はやっと肝心な事を思い出したようだ。
「……あっ、ごめんなさい! さっきはありがとうございました! 私はリンベル、港町の【海鳩】ってギルドに所属してます!」
「俺はガベル、さっきの炭鉱街のギルド所属だ。港町……って、ポートモラールか。随分遠い町じゃないか」
ガベルは頭の中で地図を辿り、ポートモラールが炭鉱街から馬車に乗って三日はかけないと辿り着けない場所だと気付く。そしてそれは単に距離的な問題だけではなく、その旅程に掛かる出費と報酬の比率を考えると今回は決して良い仕事とは言えなかった。
「はい、確かにそうです……でも、ポートモラールの手前まで軌道車が来る予定なので、少しでもお役に立てれば良いかなって感じで……」
そう説明するリンベルに、ガベルは自分と同じように郷里を愛する者なのだろうと共感を覚える。今まで同業者と接してきても単に同じ目的を果たす為、一時的に行動を共にするだけだった。だからこそ、彼女のひたむきな態度は見ていて心地良かった。
出掛ける前、ガベルはロキシーに気楽なご旅行だと言われ少しむっとしたが、
「珍しいですよね、特配で昼食が出るなんて」
そう言いながらリンベルが車内員から配られた携帯食の封を切った時、彼は確かに気楽なご旅行かもしれんなと一瞬だけ思う。
中身は薄く焼いたパンに塩味の砕いた煮魚を挟んだ物、そして細長いサラミが三本。それだけの軽食に近い量だが満腹になり眠くならない配慮かもしれず、ガベルは淡々とそれを食べ終わる。だが、リンベルはそれを両手で持ち、まるで小動物のように細かく噛みながらゆっくりと味わい、
「……食が細い方なので、これでも夜まで何も要らないかもです」
そう言って恥ずかしそうにそれが入っていた紙包みを几帳面に畳んで荷物の中に仕舞った。
「あの、ガベルさんはどう思います?」
唐突に食事を終えたリンベルがそう尋ねると、ガベルは意図を掴めないまま彼女の顔を見る。
「どう思うと言われてもな……」
「あ、済みません! 私ったらせっかちで……あの、この軌道車に危険が差し迫るとしたら、どんな事だと思いますか」
ああ、その事か。ガベルは質問の意味を理解し答える。
「そうだな、例えば……この軌道車に積まれている荷物の中に価値の高い物が積まれていて、それが狙われるかもしれん」
「それは有り得ますね。でも、この車輌の何処に保管してあるか判らなければ、乗り込んで当てずっぽうに探す他ないでしょうし」
リンベルの言うようにもし高価な通貨や宝石が積まれていたら、必ずつけ狙う輩は現れる。だが、本数が増え狙いを絞れなくすれば多少は減るかもしれない。しかし残念ながら今の所はこの軌道車だけだ。
【 ……お乗り合わせの皆さん、当車両は現在順調に進んでいる 】
と、その時。車内に設置された増幅型伝声筒の音響箱から男性の声が響く。
【 これからも問題無く進むであろうが、警備担当者は一両目まで来て欲しい 】
その声がガベル達を召集したのだと気付き、二人は顔を見合いながら席から立ち上がった。




