2ー(11)
(……これが、軌道車か?)
ガベルは鉄輪の大きなレール上に鎮座する、スチーム機関の牽引車を眺めながら心の中で呟く。錆止め塗料の無骨な黒色に染まった外殻、そして巨大な転輪を駆動させる押し棒と隅々に張り巡らされた蒸気管。今まで炭鉱街で育ち様々な石炭駆動の機械をさんざん見てきたガベルだが、その彼でも見上げる威圧的な大きさに目を見張る。
「おいっ、蒸気が出るから離れてくれ!」
と、傍に居た機関士らしき男が彼に向かって叫び、言われたガベルは慌てて下がる。
……ぶしゅううぅーーーっっ!!
すると牽引車から猛烈な蒸気が下方に噴射され、辺りはもうもうと立ち込める白い煙で見えなくなる。
「気をつけろよ! あれに巻き込まれたら火傷しかねんから!!」
「ああ、済まん……ところで、管理事務所は向こうかい」
「……ん? ああ、あんたも募集の警備員か。向こうで合ってるよ」
ガベルが尋ねると、機関士は慣れた口調で説明する。
「レンガ積みの建物に入って正面の部屋で面接してるよ、詳しい話はそこで聞いてくれ」
「有り難う、助かる」
礼を言いながら離れるガベルを見送り、機関士はふと思い出した。
「……あれ、あの人……ギルド会館のガベルじゃないか? いや、人違いじゃないよな……」
ガベルの後ろ姿に機関士はそう呟き、少し考え込む。
「……で、滑り込みだった訳かい」
「ああ、まだ枠は有ったが他所のギルドからも募集があってぎりぎりだった」
ギルド会館に戻ったガベルがギルド長のロキシーに報告すると、うちは構成員が少ないからなと渋い顔になる。
「地元のギルドに声が来ないなんて、水臭いったらありゃしない……評判は悪くないのにさ」
実際、ガベルの活躍のお陰で新たに二人、新規の構成員が増えた。ここ十年で全く増えなかったにも関わらず、である。だが、それはそれ、これはこれである。他所の土地で実績を上げても地元ではどうかと言えば、結局はガベルも観光客の引率の方が比率は高いのである。
「どちらにしても、今回みたいな仕事で認められるしかないさ」
「でもねぇ、派手さに欠ける仕事だよ……呑気にトロッコ乗ってりゃ終わるんだろ」
「さぁ、どうかな」
ガベルはそう答えて椅子の背もたれに身を預け、天井を仰ぎ見る。ギルド会館の天井から下がった大きな照明が見えるが、クモの巣がかかり少々煤けている。以前に見た印象から随分と寂れた気もするが、それは自分だって同じだろう。
「で、いつ出発するんだい」
「……明後日、だったと思う」
「何だい、だったと思うって。ちゃんと調べておかないと置いてけぼりだろう」
ガベルがうろ覚えで返答すると、ロキシーは呆れたように彼を睨みつける。その視線にガベルはやれやれと思いながら頭を掻き、無駄足にならないようもう一度軌道車の管理事務所に行く事にした。
「……かのように様々な後援者の皆様のご尽力で、軌道車の運行が……」
軌道車出発の朝。ガベルはお定まりの挨拶を聞きながら、口元に手を当てて欠伸を噛み殺していた。出発式には軌道車管理会社のお歴々と炭鉱街の権力者、そして街が所属する共和国の重鎮やら金持ちやらが多数集まっていた。もし、この会場で何者かが大暴れすれば共和国の経済が相当影響を受けるかもしれない。等と無意味な妄想を巡らせていたその時、
「……ベイン氏は特にこの軌道車への期待も厚く、熱心にお声を掛けてくださっていました!」
ふと聞き覚えのある名前に、ガベルは何処で聞いたか思い出そうとする。そしてそれが例の魔導士協会絡みの依頼で首を跳ねた相手の名だと気付き、彼は複雑な気分になる。裏では違法なクスリの売買に絡んでいたあの男が、表では炭鉱街の事業に投資していたのだから。
「では、軌道車の運行を開始致します!!」
しかし、ガベルの思惑を余所に運行式は順調に進む。沢山の機関士達が軌道車に取り付き、大量の石炭を次々と焚べて水タンクを更に加熱していく。既に早朝から焚き続けていた機関部から周囲に熱が波動のように伝播し、その圧は離れた場所にいたガベルにも感じられた。
「さて、そろそろ乗り込んでくれ! 折角雇ったあんたらが乗り込まなかったら台無しだからな!!」
管理会社の監督官が手を叩きながらガベル達に声をかけ、周りとは異なる装いの集団が乗客(多くが関係者やその家族だが)とは違う客車に案内され乗り込んでいく。
「お、ハシゴかけて乗り込むのか……」
「こりゃあ女子供にゃ大変だぞ」
護衛の雇われ人は軌道車の係員達がハシゴを支え、それを使い慎重に乗り込むが隣の客車のハシゴには手すりが有り、足元が覚束無い人も問題無く乗れる配慮はされているようだ。
「……んあっ!?」
だが、雇われ者の中には運動神経が優れた者ばかりではないようで、ガベルの前で小柄な身体が足を滑らせてハシゴから落ちかける。
「おっと……大丈夫か」
「はっ、はい……済みません……」
ガベルが背中を支えてやると、その軽さと声で相手が女性だと判ったがそのまま客車まで押し上げてやった。




