(2)ー10
夜になり自分の仕事に向かうルモを見送った後、ガベルは珍しく宿の食堂で一人飲んでいた。酒量を多く飲む訳では無かったが、その日の夜は静かに孤独に浸っていたかった。
「……あんたが一人飲みかい? 明日は雪になりそうだねぇ」
そんなガベルに宿主のマザレが話し掛けながら食堂に現れ、彼の向かい側にドスンと腰を下ろす。無論、その手には新しい酒とグラスを一組持っている。
「たまには付き合わせてもらうよ、いいだろ?」
「……好きにしてくれ」
「なぁーにカッコつけてんの! 酒なんて斜に構えてやるもんじゃないよ!!」
マザレはガベルと調子を合わせず、彼の酒瓶をちらりと見てからグラスを二つ並べ、きっちり同じ量を注ぎ入れる。
「宿代込みだからね、要らないとは言わせないよ!」
そう言って片方を持つと、もう片方をずいとガベルの前に突き出す。彼は一瞬マザレとグラスを交互に見比べてから、黙ってそれを受け取った。
「……じゃ、そうだねぇ……あんたがこれからもきっちりかっちり宿代払う為、元気に働けるように、乾杯!!」
「むぅ……それじゃ、マザレの健康と部屋がもう少し広くなるよう祈って、乾杯」
「何だいそりゃ!」
寄りによってそんな事を口走りながらマザレがグラスを掲げるので、ガベルも仕方なく調子を合わせてやる。
「……それにしてもねぇ、あんた最近仕事忙しいんじゃないぃ?」
「そんな事は無い、とは思うが……」
世間話の糸口にでもするつもりか、マザレにそう言われガベルはつい言い淀む。ギルド会館の仕事は具体的に二種類有り、一つは炭鉱街に絡む観光(炭鉱に巣食う虫系の魔物駆除)の引率係である。もう一つが典型的な荒事系の仕事、要するにギルド会館を介して第三者が彼に個人的な依頼を請け負う。先の方はいずれ先細りすると彼は考えつつ、一定の需要はあるので断わるつもりは無い。
「まぁ、廃坑の害虫退治はそこそこやっている。一石二鳥だから気長に続けるさ」
廃坑に巣食う害虫の魔物は魔石が得られる為、これからの事を考えると悪くない。但し、いずれ需要が高まり儲かると競争が激しくなりそうだ。
「じゃあ、ギルドの仕事はどうだい?」
「そっちは……そこそこだな」
流石につらつらと話せる内容ではなく、ガベルはそう言ってはぐらかす。ギルド会館が仲介して請ける仕事は、それこそ彼の真骨頂といえるかもしれないが……炭鉱街が平和な状況では、そこまで需要が高まるとは思えない。それにここが重要なのだが、ガベル自身がその方向でいつまで続けられるのか判らないのだ。
「……ま、危ない橋はそうそう渡り続けられやしないからねぇ」
「俺は軽業師じゃないからな、そのうち転げ落ちかねん」
「冗談でもあんたが死んだら困るんだよ! うちの宿はガベルとルモで持ってるようなもんなんだからねぇ!」
不意にマザレにそう言われ、ガベルは少し面食らう。確かに宿の他の借り手はほぼ全員が彼女の貸金業の債権者で、健全な宿屋とは言い切れない。だが、改めてマザレに言われ自分が他の誰かの役に立っていると実感出来る。
「……そうか、判った」
ガベルがそう返すと、マザレは満足げに頷いてからグラスを煽った。
翌日、まだ酒精を顔の周りに漂わせながらガベルは律儀にギルド会館へ向かう。炭鉱街の通りはやや早めの朝という事もあり、早番と遅番の交代時間で行き交う人の数は多い。出勤前に朝飯をかっ込むつもりで食堂のメニューを覗く者や、朝食を済ませ足早に所属先に急ぐ者が忙しなく歩を進める。そんな雑踏に混じりながら、やや二日酔い気味のガベルは軽く朝食を済ませるつもりで一軒の店に入った。
「……肉かい、魚かい」
その店は至極判り易いメニュー構成で、朝食は肉(どの獣かは日によって変わる)か魚の二種類しかない。頭の禿げ上がった主人が席に着いたガベルにそう尋ねると、少しだけ考えて答える。
「ああ、魚で」
「魚だったらパンだ、スープは要るかい」
「頼む」
たったこれだけのやり取りで蒸し上がった魚と酢漬け野菜、そして堅焼きパンにトマトスープの組み合わせがガベルの前に置かれる。主人に代金を手渡すと、スプーンとフォークを差し出してくれる。代金を払わないと両方出てこない為、いちいち食い逃げ云々を疑う必要も無くて楽なのだろう。
「そう言えば、あんたは参加するのかい」
早速食べようとしたガベルに主人がそう尋ね、何の事かと考える。
「ここの街から隣町まで鉄輪が行くようになるだろ、それの警護を募集してるが」
「ああ、その話か……」
主人にそう答えながらパンを齧り、初めて運行が開始する鉄輪の話を思い返す。炭鉱で使われているトロッコを巨大にしてスチーム機関で動く車で牽くという話で、その警護に乗り込む者を募集しているとか。そこそこの報酬だから競争もありガベルは参加する気は無かったが、改めてそう聞かれるという事はまだ募集は打ち切られてないのだろう。
「街の未来を担う花形事業だからな、失敗させたくないから人数を増やして更に募集しているそうだ。まだ間に合うから試しに行ってみたらどうだい」
石炭以外に乗客や貨物も運ぶ計画だけに、警備に神経を巡らせているのかもしれない。まだ間に合うなら、一度行ってみる価値はあるだろう。それに……たまには平凡な仕事も良い。
「……ああ、そうだな」
ガベルがそう言って頷くと、主人はにたりと笑いながら厨房に戻っていった。




