(2)ー8
ギルド会館でガベルはアベラから詳細な事は全て聞いていたが、やはり彼女の情報収集能力は別格である。その調査報告は一切の妥協や迷いは無く、ただ一点の真実を深掘りする為にどんな努力も厭わない姿勢が垣間見え、ガベルは舌を巻いた。
「全は急げ、だが……事が事だけにしくじりたくは無い」
しかし、かといって途中で人違いです、と言って矛を収める類いの仕事ではない。間違いだけは決して起きてはならない案件だ。
「俺一人でやるが、万が一間違えが起きたら……その時は介錯してくれ」
支度を終えて出立する間際、ガベルはロキシーにそう告げる。
「馬鹿な事を言うな、そんな時は連帯責任でギルド会館の職を辞すさ。後の事はアルマが引き継ぐ」
「じっ、冗談でもそんな事言わないでくださいっ!!」
不意にそう言われ、彼女はネコ耳をピンと立てながら憤り、ガベルとロキシーは二人で顔を見合わせながらフッと小さく笑った。
「……は〜い、次の方どうぞ〜」
疲れから漏れた溜め息の後、間の抜けた軽い声と共に廊下で待つ相手にその人物が声をかける。気さくな声に応じて現れたのは、炭鉱街の組合所属の町医者を訪問するような患者では無かった。
「これ、昨夜の上り……」
若い男はそう言いながら布袋を懐から取り出し、町医者の女に手渡す。
「……これっぽっち?」
「仕方無いだろっ! クスリの配分が少ないし……」
「あのねぇ、相手の足元をちゃんと見たぁ? こっちは慈善事業でクスリをばら撒いてるんじゃないって判ってるぅ?」
間延びした口調は変わらなかったが、町医者の声色に優しげの欠片も無い。
「忙しい合間を縫って丁寧に調合してさぁ〜、今のあんたが売る相手の中毒度合いを予測してぇ〜どんだけ苦労してっか、判ってるのぉ?」
「そんなん知らねぇよっ! こっちは儲かるからってそんだけで……」
若者がそう言い訳しかけた瞬間、女の表情ががらりと変わり相手の胸倉を掴むと空いた片手で若者の耳をひっ掴む。
「っぎゃっ!?」
「……あのねぇ〜、人間の耳ってすごぉくデリケートなのぉ……知ってるぅ?」
そのままギリギリと掴んだまま捻じると、若者は悲鳴と共に苦しみ始める。だが、暴れて抵抗する素振りを見せずただ苦しむ姿を見て、やっと女は手を離してやるがご丁寧に顔面目掛けて膝蹴りするのは忘れない。
「……あ、があぁぁ……」
「……ウジ虫が調子乗るなよ?」
当たり前のように過度な暴力を振るいながら、女は少し気が晴れたのか声色を元に戻しながら青年の背中を踏みつける。
「あのねぇ? 私もそろそろ次の段階に進めようと思ってんの判るぅ?」
「……は、はい……」
「だ〜か〜らぁ〜、あんた確か妹が居たでしょ? そいつにも売り子させたげるぅ〜!」
「……そ、それはっ!」
背中を踏みつけられたまま、青年が首をねじ曲げて何か言おうとするが女は許さない。一歩前に進み、青年の頭に靴の裏を当てて強く踏み締める。
「逆らう気ぃ? バッカだねぇ〜そんな事したら、あんたの母親に与えてた分はカットしちゃうけどぉ〜?」
「……わ、判ったよ……」
「あ〜れ〜ぇ? イヌのくせに喋ってるぅ! ……ほら、返事はワンで良いんだよ、ほらぁ!!」
「……わん……」
「返事が小さいっ!!」
女は言葉尻に合わせて景気良く踵を落とし、青年の顔が勢い良く床の上でバウンドする。すると鼻血か何か、赤い液が床の上に伸びていくが女は気にしない。
「……イヌ以下の分際でいちいち言わないと判らないって、本当に最低……っ?」
女は何かに気付き、医務室の外に視線を巡らせる。だが、窓の外には沈みかけた夕陽の光が舞い散って特に何も見えない。
(……今、誰か居たような)
女は自分の勘が何かを知らせようとしたのかと気にするが、その拍子に自分を炭鉱街に送り込んだ暗部の女が最後に言った事を思い返す。
『……くれぐれも派手にやり過ぎて目立つな。それと、あそこじゃガベルって男に気をつけろ。一度目をつけられたら、絶対に逃げられない』
はっ、と気付いた女は青年の背中から離れ、医務室から廊下に出ると隣の執務室に駆け込んで机の引き出しを次々と開ける。そこには沢山の布袋が無造作に詰め込まれ、それらを傍らに投げ出されていた大きな背囊に押し込んでいく。
「……くそっ、くそっ……私は悪くないっ! こんな田舎町にほっ放り出しといて、何が裏工作よ、何が成功への第一歩よ……」
「……ネズミの引っ越しか? 随分荒れてるな」
口汚く誰かを呪いながら逃げる支度をしていた筈の女は、不意にそう言われて振り向くと知らない男が戸口に立っていた。
「困っているなら、手伝おう。但し、引っ越す先が今より快適な保証は出来んが」
落ち着いたその口調は何処か安心出来る雰囲気だったが、女は確信する。この男は殺し屋だ、きっと。だから瞬時に切り替える。
「あのっ、引っ越しじゃなくて……見逃してください! 私、無理矢理させられてて、困ってて……これ全部あげますから!!」
じゃらっ、と硬貨の詰まった布袋を見せてから背囊に入れ、ガベルに向かって突き出す。そのずっしりと重そうな中身と女の顔を見比べながら、ガベルは考える。
「……そうだな、それじゃこうしよう」
ガベルはそう言いながら、女が差し出した背囊を掴んだ。
「こいつの中身が百万を超えていたら、君を見逃そう。だが、一枚でも欠けていたら……」
そう言って結ばれていた紐を解いて覗き込もうとした瞬間、女は隠し持っていた魔石を握り締め詠唱を試みる。
「……【深き水底の主よ、
だが、その詠唱はそれ以上続かなかった。ガベルは背囊を片手に持ったまま曲刀を抜き、女の細い首を一刀で斬り離す。
「悪いが、この前の不手際と同じ轍は踏まん」
ぷしっ、と血飛沫を首元から噴きながら女の身体が倒れるのを見届け、ガベルは執務室から出て行った。
「……けほっ、けほ……ああ、死ぬかとおもたぁ」
……だが、女は死ななかった。いや、正確には死んでいなかった、だが。落ちた筈の頭をずりりと伸びた腕が掴み、切断面を押し当てながら立ち上がり鏡を見ながら位置を固定して立ち上がる。
「……あいつがガベルかぁ、ホントに話通じなそぅ……」
女はそう言いながら背囊を背負い、診療所から抜け出して夕闇に溶けていった。




