(2)ー7
【大地の慈母】教会に潜入して数日後、穏やかな日常に戻ったガベルである。例の盗賊狩りの噂は確かに彼を一時的に忙しくさせたが、いつまでも続く訳では無い。但し、平穏というのは貧困と紙一重の世知辛い商売である。
「……暇になると金が無い」
「お前が暇だと、ギルド会館が枯渇する。何でも良いから稼げ」
あくびと共にそんな事を呟くガベルに、書類の処理をしていたロキシーが睨み付ける。無論、そう言われても今のガベルに新たな依頼は無い。
「……観光客は?」
「申請は無いな」
「……害虫駆除は?」
「……無い」
ロキシーの無情な言葉にガベルは天を仰ぐが、仕事の依頼が無ければ手練れのガベルも只の無職と紙一重である。だが、天は彼を見放さなかった。
「……暇かい、ガベル」
ギルド会館の扉を開けて入ってきた人物は、そう言いながら話し掛けて来る。無論、ガベルの名前を知っている者は幾らでも居るが、
「……剣技に長けた益荒男も、仕事が無ければ只のゴブリン以下」
人目を惹く流麗な姿に似合わぬ尻切れな独特の言い回しに、ガベルは露骨に嫌な顔をする。
「この前は随分と世話になったな、アベラ」
「お陰様で私の立ち回りも楽になった、感謝している」
そう言って彼女が軽く頭を下げ、ふわりと微笑む。その様子を眺めていたロキシーがガベルの背中を突っ付きながら、ひそひそ声で囁く。
「……おい、ルモが居るのに結構お盛んじゃないか、ガベル?」
「ロキシー、こいつがアベラだ。俺を置き去りにした張本人さ」
ガベルがそう強調すると、アベラはそんなつもりは無かったと弁明する。
「私は非戦闘員、ガベルは戦闘要員。互いの役割りを忠実に守った結果、悲しき行き違いが起きただけ」
「何が悲しい行き違い、だ。お前、あの時確かに笑ってただろ」
「さあ、そこは覚えていない」
何を言われてものらりくらりと躱す彼女に、ガベルも諦め気味で口を閉ざす。だが、そんな空気を読んでかアルマが来賓用の茶器を少しガチャつかせながらアベラの前に置く。
「……ガベルさんのお知り合いか存じませんが、御用が無ければそちらをお飲みになったらお帰り頂けますかぁ〜?」
「ふむ、それは失礼。少し度が過ぎた」
どうやら一連のやり取りはアベラ流の冗談だったらしく、不意に姿勢を正すと声色を変える。
「……今一度、改めてガベルに仕事を頼みたい」
「ふん、俺に用が有るなら最初からそう言って欲しい」
流石にやられっ放しで攻守替えを狙ったガベルだが、アベラはやはりもう一枚上手だった。表情を変えず、ただの一声でその場の空気が変わる。
「……汚れ仕事、それもかなりの」
アベラは持ち込んだ話を、聞く者全てに箝口令を強いた上で語り始める。
「ガベル、炭鉱街で最近流行っているクスリを知っているか」
「……クスリ?」
「そう、疲労感を和らげ快適な睡眠に導くクスリ。服用は簡単、粉にして鼻から吸い込むだけ」
聞き慣れない話題にガベルが耳を傾け、その内容を吟味する。何処から流行り始めたのか不明だが、安価で入手出来るそれは小さな紙包に分けられた顆粒を砕き、鼻から吸い込むだけで即座に効き目が現れるそうだ。
「……それだけなら、何も問題無い」
アベラはそう前置きし、外部に漏らさぬよう厳命した理由を明かす。
「問題は、クスリの効果が直ぐ弱くなる事。正確にはクスリに服用者が慣れて効き目が薄くなり、服用量が増える」
「安いなら、多く使えば済むだろう?」
ロキシーの提案をアベラは首を振って退ける。
「同じクスリを増やしても、いずれ効かなくなる。そして服用者は売り主にこう訴える、『もっと強いクスリを譲ってくれ、幾らでも出す』と」
「……そんな都合の良い話は……あるのか?」
「当然、売り主の狙いは最初からそこ。次に出てくるのは、もっと強くて激しい効き目。但し使い過ぎると、夜中に突然目を覚まして家人全て皆殺しにして通りに出て、自分の首を切る」
「……寝首掻き父、だったか。確か、そんな話がたまに聞かれる」
アベラはガベルの補足に頷き、副作用は各々違うが一部の者は錯乱し凶行に及ぶと付け加える。
「だが、それがあんた達とどんな関係がある」
「クスリの出所、魔導士協会ゆかりの者。それだけで理由になる」
話しながら彼女は指で髪先を摘み、解すように擦り合わせる。それがアベラの癖だと皆が気付いた時、彼女がまた話し始める。
「……魔導士協会は、技術発展の為に様々な薬品も扱う事を協会所属員に許可している。だから、クスリを作る輩もたまに出るが協会は一切妥協しない」
「漸く話が判ってきた、つまりアベラが出向いた理由は……」
ガベルとロキシー、そしてアルマの三人の視線を受けながらアベラが答える。
「そう、馬鹿な所属員の処分。ガベルに頼みたいのは、クスリをばら撒いてる愚か者と協力者の消去。関わった者全員を殺してくれれば、魔導士協会は見合う報酬を支払う」
ガベルを含め、アベラの持ち込んだ仕事の内容はギルド協会の規定違反だと全員が理解していた。だが、そのまま放置して無関係を装おようにも見逃せないのも事実である。
「……そうは言っても、炭鉱街にクスリが今以上に蔓延するのも困る話だな」
ガベルがそう呟くと、当然だとロキシーも同意する。
「金が有る奴はまだ良いだろうけど、それ欲しさで他人を殺す連中が出たら他人事じゃ済まされない」
「……ただ、クスリの出元がな」
ガベルとロキシーはそう言い交わし、複雑な顔になる。だが、その最中でも一人だけ元気な者が居た。
「何言ってんですか!! 炭鉱街の一大事じゃないですか! しかも義憤に駆られの大仕事ですよ!!」
……そう、アルマだけは妙に張り切っている。今にも一人先行していきそうな勢いである。だが、本人曰く。
「……でも、私って血を見るような事は出来れば避けたいって言うか……だからギルド会館の受け付けしてますしぃ……」
と、この調子であった。




